「欲望だらけの世を、言葉でつかまえる」増島拓哉×SHUN(歌人・ホスト・寿司職人)『路、爆ぜる』刊行記念対談
集英社オンライン / 2025年2月1日 12時0分
小説すばる連載中から好評だった増島拓哉さんの最新刊『路、爆 ぜる』がいよいよ刊行されます。
【関連書籍】『路、爆ぜる』
行き場のない少年少女がたむろする大阪・ミナミの「グリ下」。
そこへ吸い寄せられるようにやってきた高校生の椎名和彦が、犯罪者集団の激しい抗争に巻き込まれていくノンストップ長編です。
小説すばる連載中から好評だった増島拓哉さんの最新刊『路、爆 ぜる』がいよいよ刊行されます。
行き場のない少年少女がたむろする大阪・ミナミの「グリ下」。
そこへ吸い寄せられるようにやってきた高校生の椎名和彦が、犯罪者集団の激しい抗争に巻き込まれていくノンストップ長編です。
刊行を記念して、デビュー作『闇夜の底で踊れ』と『トラッシュ』で大阪の闇社会を描いてきた増島さんと、新宿歌舞伎町でホストから寿司店大将になり、『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』が話題を呼んでいる歌人のSHUNさんにご登場いただきました。
大阪と東京の「夜」をそれぞれ小説と短歌で描いたお二人の対談をお楽しみください。
構成/タカザワケンジ 撮影/山本佳代子
欲望に忠実な人を書こう
――さっそくですが、SHUNさん『路、爆ぜる』をお読みになってどうでしたか?
SHUN めちゃくちゃ面白かったです。本当に楽しい時間をすごさせていただきました。
僕はつい自分と引き寄せて読んでしまうんですが、まず主人公の椎名和彦が元バスケ部の高校生ですよね。僕もバスケをやっていたんです。椎名はポイントガードで、身長からいって難しいけれどダンクを決めてみたいという夢を持っている。でも、父親が職を失い、バスケ部をやめてコンビニでバイトをしていて、ある種の絶望状態ですよね。しかし、あり余ってるエネルギーがあるわけで、この行き場のないエネルギーがこれからどこへ向かっていくんだろうと、ワクワクしました。
増島 ありがとうございます。SHUNさんはバスケをやってたんですね。バスケ部に設定したのは単純な理由で、うちの兄貴がバスケ部やったんです。身長も僕と同じぐらいで高いほうではなく、ポイントガードで。
SHUN そうなんですか。うわ、バスケ出てきたと思って(笑)。椎名が中学時代に同じバスケ部にいた連中と再会したあとに「八月。新月。真っ黒な夜空に、無数の星が瞬いていた」。ほかにも空の描写が印象的ですよね。とくに最後の空の描写は鳥肌が立ちました。
増島 ありがとうございます。心理描写の代わりに風景描写をやるっていう、ベタやけどやっちゃえって感じですね(笑)。
SHUN いや、美しいなと思いましたね。その反面、『路、爆ぜる』には悪いやつがたくさん出てきてグロい描写もあるじゃないですか。ミナミの顔役を名乗る若者たちと、愚狼會 という格闘技ジムを根城にする半グレ集団とか。強そうなやつがいっぱいいますけど、どうやって考えたんですか。
増島 『HUNTER×HUNTER』の幻影旅団っていう盗賊集団があるんですけど。
SHUN もちろん知ってます。
増島 それが愚狼會のモデルですね。
SHUN そうだったんですか。
増島 モデルっていっても、とっかかりだけで全然違ってますけど。顔役は七つの大罪。マンガのじゃなくて聖書のほうの。傲慢、貪欲、邪淫、憤怒、貪食、嫉妬、怠惰でしたっけ。そこから、強欲はこいつやなとか、一人一人、当てはめていった感じです。結局、それも書いているうちに離れていきましたけど。
SHUN 面白いですね。愚狼會はトランプからあだ名がつけられているんですけど、僕はクイーンが好きですね。
増島 タランティーノの『デス・プルーフ in グラインドハウス』っていう映画があるんですけど、クイーンはそれに出てくる殺人鬼(スタントマン・マイク)が出発点です。
SHUN クイーンはなかなかの変態というか。残虐な一方で、殺されそうになるくらい責められるのが好きっていうヤバいやつですよね。ホストやってると、そういう性癖を持ったホストもいるんですよ。その反対にそういうお客さまと出会うことも多々あるので、そんなことも思い出しました。
増島 クイーンを含め、欲望に忠実な人をいっぱい出そうと思ってました。多くの人は理性で抑えてるから事件を起こしたりはせんけど、欲望に忠実な人やったらこうなるのかなって。
SHUN 欲望。そうですね、歌舞伎町なんて欲望だらけですよ。僕も歌舞伎町でホストをやろうと思ったのは、人生を一発逆転させたかったからなので。それに、僕がホストを始めた時代はとくに、何かしらからドロップアウトした人間がホストクラブに多かったですね。
『路、爆ぜる』の椎名は高校からドロップアウトしますけど、僕も高校で普通の道から外れて、十代でホストになってのし上がるしかない、と欲望に忠実にホストを続けました。同僚だったほかの子もバンドをやってたけど売れなくなったり、アイドルやってだめだったり、そういうエネルギーが集まってくる場所でしたね。
増島 そうなんですね。欲望って誰でも持っていると思うんですよ。今、世界中で戦争やらテロやら、ひどい悲劇がいっぱい起きてますけど、正直、そういうことに対して強い問題意識を持っていない僕と、自分の欲望のままに率先して悪いことしてるやつって、そこまで大きく違わへんな、延長線上やなって思いますね。『路、爆ぜる』にセブンっていう高校生が出てくるんですけど、何に対しても冷淡なんです。悪党としての自覚があまりないまま悪いことをしている。残念ながらセブンの精神性は僕と近いかなって気がします。『ドラゴンボール』のフリーザみたいなめちゃくちゃ純粋な悪ってあまりいないなと思っていて、かといってヒーローに憧れたところで絶対になれないわけで。
SHUN 確かにそうですね。
増島 アル・カポネってアメリカの禁酒法時代のギャングは、当時にしては珍しく黒人差別はしなかったという話を聞いたことがあるんです。悪だけでもないし善だけでもない。みんな二面性があるよなって思いますね。
過去にまつわる歌はカメラが遠い
――増島さん、SHUNさんの『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』に付箋をたくさん貼ってますね。
増島 最初、面白い歌に全部貼ろうと思ったんですけど、勉強できないやつの教科書みたいになってしまいそうで、このへんにしときました。短歌は正岡子規の『子規歌集』と、俵万智さんの『サラダ記念日』しか知らない状態で拝読したので、はたして歌を味わえるだけの知識と感性があるかなって不安やったんですけど、めちゃくちゃ面白かったです。
SHUN ありがとうございます。
増島 短歌の世界でご自身の人生をたどるみたいな形式の歌集が珍しいのかどうかは分からないですけど、ページをめくっていくことでちょっとずつ見えてくるSHUNさんの世界があって、連作短編みたいな面白さがありました。そう思いつつ、「傘立てに溜 まるしずくは垢となりやがて乾いてまた雨を待つ」のように、日常を歌ってこれだけで独立している歌もいいなと思いました。
SHUN うれしいです。この歌は短歌を本格的にやろうと思ったきっかけの一つなんですよ。僕の短歌の先生の一人でもある小佐野彈さんが、「この歌をつくった子は絶対、新人賞に応募したほうがいいよ」って歌会で言ってくれて、それがきっかけで短歌に熱が入ったんです。
増島 すごくいいなと思いました。あと「午前五時煙草咥 えベランダへ隣の家の朝食は鯖 」も好きです。
SHUNさんの短歌は、センセーショナルな話題に関してはドライで距離があって、むしろ料理の短歌のほうがウェットな感じがするのが意外でした。僕のような料理をあまりしないような人間からしたら、料理って作業っぽいのかなと思うんですけど、SHUNさんの歌からは情緒的というか、肉感的な感じが伝わってきて、その視点の違いがすごく面白いと思いました。
SHUN 視点ということでいうと、自分の人生や過去に関わる歌は、それを捉えているカメラがかなり遠くにあるかもしれないです。自分に対してちょっと無責任といいますか。でも、きっとそれはあまりにカメラを近くし過ぎてしまうと、僕の精神がもたないからという気もします。自分から離してバランスを取るようにしてるのかもしれないですね。料理については、今の自分が夢中になれるものなので、カメラがぐっと近づいても大丈夫なんだと思います。
文章からワードをくりぬいて詠 む
――SHUNさんは私的な経験を短歌にしている。増島さんは自分が経験していないことを物語にしている。対照的でもありますよね。
SHUN 『路、爆ぜる』を読んでいて、作者はどんな人だろうと想像したんですよ。バスケやってて、格闘技もやってて、犯罪チックな悪いことも知っていて、みたいな。どんな人なんだろうと。じゃなければ、どんなすごい取材能力を持っているんだろうとか。恐ろしいなと思いました。対談前に、ちょっとビビってましたね。今お話ししていて想像と違ったので、どうやって書いたんだろうって思いました。
増島 どうやって……。めっちゃ適当かも。適当って言ったらあれですけど。
SHUN (笑)。最高っすね。お会いして納得したところがあります。思考の真面目さとか。
増島 どうですかね。短歌と違って小説は文章量があるので、自分を出さなくてもごまかしが利くのかなって思いますけど。
SHUN 「小説すばる」に連載していたんですよね。毎回何枚ぐらい書いたんですか。
増島 一回七十枚ぐらいですかね。
SHUN すごいですね。文章表現もすごく好きで、これってもう既に短歌じゃん、という箇所がいくつもありました。さっきも言いましたけど空とか風景描写がいいんですよね。
増島 ありがとうございます。文章は大沢在昌さんから影響を受けてますね。大沢さんが、流れが停滞したら風景描写をしろ。空か地面か街を書けみたいなことをどこかでおっしゃっていて、会話が多なったなと思ったら、風景描写に逃げてました。
でも、街の描写っていっても、知ってる場所しか書けないので、その辺はやっぱり実体験に即してますね。食い物とかお店とか、実在しているものがほとんどで、自分の好きな店ばっかです。知らないと書けないので、今、歌舞伎町を舞台に小説を書いてくださいって言われても、行ったことがないので書けません。SHUNさんはエッセイとか長い文章も書かれるんですか。
SHUN 「歌舞伎町で待っている君を」っていうエッセイの連載を「幻冬舎plus」っていうウェブマガジンでやってます。エッセイでは短歌をつくる過程を書いている感じですね。基本的にいつも頭の中であれぐらいの文章がばーってあって、その中から好きなキーワードをくりぬいて短歌をつくってるイメージです。
長い文章の中から言葉を抜いたり、どんどん削っていく作業が好きなんですよね。そうすると言葉の意外な組み合わせが見つかる。短歌には今までにない言葉の組み合わせが求められると思うので、そういうやり方がいいのかなって。
増島 僕も文章を削るのは好きですけど、SHUNさんのように、こんなかっこよくはそぎ落とせないですね。
SHUN そうですか? 格闘シーンの描写が最小限の言葉じゃないですか。「刃物を逆手に持ち、何度も振り下ろす。血が迸り、悲鳴が谺した」。ケンカの時間が短いのもリアルだと思いました。
増島 長い戦いはどうやってもアクション映画には勝てないなと思って、短い格闘シーンと少ない言葉でやってます。
SHUN ぎゅっとしてる。そこが面白い。
コロナで金を儲けたぜ、と思えるように
――『路、爆ぜる』はコロナ禍の大阪が舞台です。今読んで、ああ、こうだったと思い出す読者も多いと思います。
増島 僕が大学三年生の終わりぐらいにコロナが流行し始めたので、大学生活の最後の一年間、まるまるコロナにつぶされたんです。コロナやったからこその出会いとかもあることはあるんですけど、総じてクソみたいな期間やったなと思って。コロナ禍に設定したのは、書き始めぐらいはまだコロナ禍だったということもあるんですけど、コロナで一つ小説を書けば、コロナで金を儲けたぜ、って後々思えるな、と。そういう浅はかな動機です(笑)。
SHUN コロナ禍の時は歌舞伎町も大変でした。すごい疎外感がありました。ホストクラブはとくに悪者扱いだったので、自分がばい菌になったように思っちゃいました。同じ東京の中なのに実家に帰れなかったんですよ。何か言われそうで。もちろんホストクラブも営業できなかったですし。
ちょっと面白かったのが、マスクしてるから売れるホストが現れるんです。ただ、その後、マスクを外すと売れなくなる(笑)。つらい。それはそれで面白い―って言ったら語弊がありますけど。
増島 それぞれのコロナ禍があったということですね。僕自身は自粛はしてなかったんです。けど、僕が一人で自粛しないで出歩いても、町がシャッターだらけだったんであんま意味はなかったかと(笑)。バーへ行っても八時で閉められて「すみません」ってマスターから謝られて。
SHUN お酒、飲みます?
増島 めっちゃ飲みます。『路、爆ぜる』に出てくる酒は事実に即してます。好きなお酒ばっかり出してますね。
SHUN やっぱそうっすよね。お酒の描写もいいんですよね。最初に椎名が酒を飲んで「ボンドのような味がする」とか「口を閉じたまま、ゲップをする。苦い」とか。メモっちゃいましたもん。
増島 妻が言ってたんです。妻は酒、飲まないんですけど、一口くれって言われて渡したら、ボンドの味がするって。
「トー横・グリ下大短歌大会」!?
SHUN 『路、爆ぜる』で好きな流れがあるんです。澤田っていう昔気質 の刑事が娘に「子供に綺麗事を言うのが、大人の役目や」って言う場面があって、その後に椎名がグリ下の子たちに綺麗事を言う。その流れがめっちゃよかったです。
増島 うれしいです。今回は、その娘、伊織がお気に入りのキャラでしたね。ヒロインの凜より伊織のほうがかわいいなと、内心思いながら書いてました。
SHUN 父親との会話がいいんですよね。ポンポン言いたいことを言って。父親と伊織の「この世界は、美しい」「りょ」っていう会話もよかったです。
増島 キャラが勝手に動いてくれはしないんですけど、勝手にしゃべってはくれるんで。
SHUN 『路、爆ぜる』は大人って何だ? って話でもありますよね。
増島 そうですね、僕ももう二十五歳なので、大人にならなあかんなと。子供の側に立っているだけではだめで、大人の目線でも物事を見てみるみたいなことをやってみようと。四つ上の仲のいいいとこが子供を産んで、その赤ん坊を抱いてたら「子供っていうのはこういうもんやな。僕は子供じゃないな」と。
これから大人になるグリ下の子たちにも読んでほしいですけど、どうやったら届くかな……。近づいていって、タバコ、吸う? って話しかければいいんですかね。
SHUN 位置取りですね。僕もトー横で歌会をやってみたいと思ってるんですけど、トー横キッズの中に入って、地面に座ったほうがいいかなとは思ってますね。
そういえば、『路、爆ぜる』を読んでメモした中に「トー横・グリ下大短歌大会」って書いてます(笑)。面白そうですよね。関西弁の短歌がもともと好きなんで、どんな歌になるのか見てみたい。増島さんはどうですか? 増島さんがどんな短歌をつくるのか気になっちゃいました。
増島 僕には無理ですね。圧倒的に知識がないんです。
SHUN 知識がなくてもチャレンジできるのが短歌の魅力なんですよ。『路、爆ぜる』の中にもかっこいい表現がいっぱいありますし。
増島 短歌をつくるとっかかりが分からないですよね。小説の場合は、書きたいシーンとか会話が何個か頭に浮かんで、それを無理やりがっちゃんがっちゃんつなげていく。足し算みたいなやり方でやっているんですけど、短歌は引き算の美学みたいなものですよね。そんなそぎ落とされた芸術をつくれる気がしないです。
SHUN いや、増島さんの文章から切り出したらとんでもない歌が出てきそう。
増島 本当ですか? 短歌は三十一文字ですけど、百四十字くらいもらえたらいいんですけど。がんばってみます。
「小説すばる」2025年2月号転載
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