米TikTok騒動から日本が得られる教訓…トランプの剛腕に戦々恐々の日本企業ができる対策とは
集英社オンライン / 2025年2月7日 7時0分
第47代大統領に就任したドナルド・トランプが就任直後からさっそく、ムチャクチャな放言を連発している。ニュースで見ている分には対岸の火事のようにも思えるが、アメリカでビジネスを展開している日系企業や日本人にとってみれば、たまったものではない――!?
排他主義的なトランプと日本企業
不法移民の排除、性別は2つだけ、WHO脱退…。剛腕で知られるトランプ大統領が帰ってきた。
アメリカのドナルド・トランプ大統領は、1月20日に就任するや否や、ジョー・バイデン率いる民主党政権の政策をひっくり返そうとする勢いだ。
「カナダを51番目の州に」と発言したり、反りが合わない国に対して関税25%をちらつかせるなど、波紋を広げている。
そんな先行きが不透明なトランプ政権下で、日本企業はどのように対応すべきなのか。 国際政治学者で上智大学教授の前嶋和弘氏に話を聞いた(以下、「」内は前嶋氏のコメント)。
日系企業の現地法人は大歓迎
日系企業 はアメリカが「自国第一」の保護主義的な政策を進めると考え、ヨーロッパの企業以上に積極的にアメリカでの現地法人化を進めてきた。
「アメリカに工場を建て、現地で人を雇用し、『メイド・イン・アメリカ』の製品を生産し、成長すること自体には問題ありません。これはバイデン政権でも歓迎されており、基本的にトランプ政権でも変わることはないでしょう」
そのため、仮にトランプ政権によって関税が引き上げられたとしても、アメリカ国内で製造を行なう限り、それほど大きな打撃にはならない。しかし、カナダやメキシコに進出している企業にとっては今後、懸念が生じる。
「1994年のNAFTA(北米自由貿易協定)成立以降、日本企業はカナダとメキシコで製造した製品を関税なしでアメリカに輸出することができました。
ただ、トランプ大統領は今月1日、この2カ国からの輸入品に25%の関税を課す大統領令に署名したため、事業環境が大きく変わる可能性もあります」
政権が変わるたびに、企業を取り巻く状況も大きく変化する。こうした中で投資先を誤ったとされるのが日本製鉄だ。
「同社は最悪のタイミングで、もっとも不適切な場所に進出しようとしました。
これまで日本企業の進出先といえば、南部のテネシー州、テキサス州、フロリダ州、ノースカロライナ州などが定石。
これらの州は企業にとって魅力的な地域で、例えばテキサス州には州の法人税がありません」
さらに、日本では問題視されるかもしれないが、アメリカ南部の州には労働組合がほとんど存在しない。
「日本人にとって労組とは『業務の改善を訴える組織』ですが、アメリカの労組は日本のそれ以上に戦う存在であり、もはや企業の敵とも言えます。さらに、アメリカの労組は民主党を支持する利益団体です。
そこで、共和党は労組を弱体化させるために、多くの対策を講じてきました」
象徴的なものが「労働権法」である。
「これは『労組に入らない権利を労働者に保障する』というもので、企業に入社した際に社員の労組への加入を義務付けない内容になっています。
これにより南部では労組が組織拡大できず、力を持たない状況が続いています」
テスラがトヨタを買収したらどう思う?
結果、全米の労働組合の組織率はわずか9%。アメリカに労組はほとんどないようなものだが、それでも残っている州の企業というのは、労組との関係が良好ではなく、問題を抱えていることが多い。
そんな、労組が集中しているのが「ラストベルト(さびついた工業地帯)」なのだ。ここはかつて自動車や鋼鉄産業で栄えたものの、日本車などの輸入製品の登場によって衰退した地域である。
「日本製鉄は、ペンシルベニア州ピッツバーグという、労組の影響が強いというだけではなく、ラストベルトの中心地にあるUSスチールを買収しようとしたのです。つまり、労働者たちの気持ちを無視したかたちです」
しかし、労組は民主党を支持する立場にあるのに、なぜ当時のバイデン大統領は「国家安全保障上の懸念」を理由に、買収禁止命令を出したのだろうか?
「安全保障とは、製鉄を継続することと同時に、サプライチェーン(※)を守ることを指しています。(※原材料の調達から生産、流通、販売に至るまでの製品の供給の流れ)
日本製鉄は粗鋼生産量において現在世界第1位の中国の鉄鋼メーカーグループ『中国宝武鋼鉄』の傘下にある『宝山鋼鉄』と合弁会社を設立しており、このことが懸念の発端となりました。
対米外国投資委員会(CFIUS)は、『中国との合弁を持つ日本製鉄がUSスチールを買収することで、結果的に中国資本がアメリカに進出するのではないか?』と疑問視していたのです」
そこで、日本製鉄はこの懸念を解消するために中国との合弁を解消した。しかし、同社は世界2位の鉄鋼メーカーでもある欧州のアルセロール・ミタル(AM)と共同で、インドのエッサール・スチールを買収している。
「結果として、『この買収はアメリカ最大の鋼鉄産業を外国の支配下に置くようなものであり、国家安全保障および重要なサプライチェーンにリスクをもたらしかねない』とCFIUSは判断し、バイデン大統領は買収を許可しない決定を下しました」
つまり、現地法人化自体は問題ないが、アメリカの政治文化や南部とラストベルトの違い、さらに労組の力を見誤ると、大きな痛手を負う可能性があるということだ。
「80年代、多くの日本企業がアメリカに進出しましたが、東部に進出した企業の中にはその後、南部に移ったところも少なくありません。その理由は労働組合の力が非常に強かったからです。
労組をめぐるアメリカの政治文化は今も変わらない部分が多いので、日本企業は今一度その認識をするべきでしょう」
日本製鉄はUSスチールを買収せず、その資金でアメリカの現地法人をさらに拡大させ、アメリカ人の雇用を引き続き増やすほうが得策だったかもしれない。
「アメリカ最大手のUSスチールを日本製鉄が買い取るというのは、もっともアメリカが嫌がる行為。
日本に置き換えて考えてみてください。もし、テスラがトヨタを買収したいと言い出したら、トヨタの社員は雇用がなくならないために受け入れたとしても、関連企業の人々は不安になるはずです」
テスラがトヨタのエンジン技術には興味を示しても、細かな部品は必要ないとなれば、愛知県三河地方などに多くあるトヨタ関連会社は大きな影響を受けることになる。
こうした状況を考えれば、USスチールが外国企業に買収されることに対するアメリカ人の懸念も、さもありなんと思われる。
「トランプ大統領はバイデン政権で決まったことをすべて破棄すると期待している人もいます。しかし、順を追って見てみると、トランプ大統領はバイデン政権になる前にこの買収に反発しました。
いずれにしても、アメリカの政治文化を理解せずに進めた戦略であり、大きな失策だったと言えるでしょう」
TikTokの命運…アメリカに買収されるしかない?
他方で多くのアメリカ人にとって関心があるのは、TikTokの行方だろう。
このアプリをめぐっては、2024年4月に、親会社の「字節跳動(バイトダンス)」がアメリカ事業を売却しなければ、国内でアプリを実質的に禁止する法律が超党派の賛成多数で可決された。バイデン大統領の署名を経て、今年1月19日に施行されることが決まっていた。
この法律に対して、バイトダンス側は「表現の自由を侵害し、憲法に違反している」として差し止めを求める訴えを起こした。
しかし、昨年12月、連邦控訴裁判所は「法律は憲法と照らし合わせても問題がない」と判断し、訴えを退けたのだ。
そんな中、1月19日にトランプ次期大統領はTikTok禁止法の施行を延期する意向を表明したため、同アプリはサービスを再開。
ただし、引き続きアプリの売却を求められており、そうでなければアメリカでの利用禁止が確定するという状況が続いている。TikTokは日本企業以上に苦境に立たされている。
「トランプ大統領は『中国に個人情報が流れる』と主張し、第1次政権末期の2020年にバイトダンスとの国内取引を禁止する大統領令を発表しました。ただ、時間切れで議会での審議は進みませんでした」
ところで、議会との関係をみると、議会の立法の前に大統領令を発令するというのは、そもそも順番が逆である。
「立法化された法律を解釈して政策に落とし込むのが、大統領令の役割です。しかし、議会は簡単に動かせません。トランプ第2次政権で大統領令を連発しているのも、このような事情があるからです」
2024年の大統領選挙は「トランプ圧勝」という印象が強いが、実際にはすべての州の平均支持率は1.5ポイント差という、今世紀で最も僅差の戦いだった。
下院での議席数も共和党220席、民主党215席と接戦で、これほど拮抗した議会はあまり例がない。
つまり、議席数が拮抗しているため、大統領の一存では議会を動かせないのだ。
「アメリカでは党議拘束がないため、議会運営が難しく、大統領が法律を作るには、議会を動かして法案を成立させ、自ら署名する必要があります。しかし、議会を動かせない状況では、大統領令を多用するしかありません」
そこで、第1次トランプ政権を引き継いだバイデン政権は就任直後、一度「TikTok禁止」令を撤回した。
その後、議会での議論を進め、民主党と共和党が一丸となって法案を成立させ、最終的にTikTok禁止が正式に決定された。
TikTok騒動で日本企業が得られる教訓
つまり、トランプ政権が強行した政策を、バイデン政権は議会を説得し、正式な法律として成立させたのだ。
「そして、トランプ大統領が再び就任しましたが、すでにTikTok禁止は法律として成立しています。アメリカでは議会の権限が強いため、大統領が法律の運用を変更することはできても、法律そのものを無効化することはできません。
ただし、大統領にはその法律を解釈し、政策に落とし込む過程で法律の施行を遅らせることもできるため、TikTokに対する規制を4年間延長することは可能かもしれません」
トランプ大統領は就任日の1月20日に新法の適用を猶予する大統領令を出し、「私はTikTokが好きだ。我々の事業を中国に渡したくない」と発言した。
「結局、TikTokをめぐる問題の本質は、中国に情報流出しているのかという懸念にあります。すでにアメリカ国内の政府機関ではTikTokの使用が全面禁止されています。国務省や大使館職員も使用しておらず、大統領選挙では候補者だけが例外的に利用していました。
2020年の大統領選挙では特に民主党のバイデン陣営が積極的に活用していたため、トランプ大統領はこれに反発し、TikTok禁止を強く主張するようになったのです。
ただ、昨年の大統領選挙ではトランプ陣営もハリス陣営に負けないほどTikTokでの発信を続けました。同アプリの影響力はトランプ大統領も体感しているはずです」
日本製鉄以上にTikTokの命運はトランプ大統領に握られている。ここで日本企業が得られる教訓はなにか?
「例えば、中国で製造した製品をカナダなど第三国経由でアメリカに輸出するような『迂回貿易』について、現在アメリカ政府は強く取り締まりを進めています。日本製鉄が中国の鋼鉄メーカーと合弁会社を運営していたことが、CFIUSに疑問視されたように、今後、中国が関連するビジネスには慎重になるべきでしょう」
郷に入れば郷に従え――。日本企業は、まさにこの言葉の通り、アメリカでの事業展開を進めていく必要がある。そして、他国企業の状況を対岸の火事と傍観するのではなく、いつ自分にも火の粉が降りかかるのかを意識しなければならないのだ。
取材・文/千駄木雄大
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