YouTuber・ベテラン中学生ことベテランちをご存知だろうか。
「【極限】灘高校から東大理三受けるやつあるある【医学部】」
「【天才と紙一重】灘校落ちこぼれ列伝【逸話】」
など、灘高校から東大理Ⅲという日本最高峰の学歴をフリに、エッジの効いたあるあるネタや受験ネタで人気を集めている現役大学生YouTuberだ。
東大医学部YouTuber・ベテラン中学生を生み出したオススメ名著5選
集英社オンライン / 2022年6月28日 13時1分
秀才なのか? アホなのか? 大学受験の最高峰「東大医学部」の肩書きを掲げながら、バカバカしいネタ動画やトーク動画を投稿し続けるYouTuberベテラン中学生(通称:ベテランち)。YouTube動画の端にチラチラ映る書棚が気になったので、東大医学部が生んだ奇才・ベテランちがどんな本を読んできたのか、どんな本をオススメするのか、本人の自宅を直撃した。
「ダサい」と思われがちなYouTubeをはじめた理由につながる1冊
「東大医学部」という華々しい肩書きとバカバカしさのギャップが生み出す笑いが武器のYouTuberベテラン中学生ことベテランち。だが、やはりそこは現役東大生。時折、YouTubeの画面の端に映り込む本棚には気になる本がズラリと並んでいる。
そんなYouTuber・ベテランちに、彼の人生に影響を与えた本を5冊ピックアップしてもらった。
『GO』金城一紀(角川書店)
小学校低学年から児童書ではなく一般向けのエンタメ小説を読み漁っていたというベテランち。まず最初に本棚からピックアップしたのは、在日コリアンの高校生の青春を描いた金城一紀の小説『GO』だ。
「『GO』で特に惹かれたのが“カッコつけ方”なんですよね。主人公の男は女の子の家のシアタールームで昔の映画を観たり、ジャズを聴いたりするんです。そういう昔のサブカルに詳しいヤツってカッコええな、と小学生ながらに思ってました。
序盤のシーンでは、主人公の男が友達のパーティーに参加してイヤホンで落語を聞いてるんですよ。『音楽パーティーには来てるけど、俺は落語を聴いてるぜ』っていう。その距離の取り方というか、中二病っぽいスタンスがカッコいいんですよね。
また他にも金城一紀のいくつかの作品に触れた幼少期の読書体験は、現在のYouTube活動にもつながっているという。
「この本は冒頭で『ロミオとジュリエット』の引用から始まるんですけど、同じ金城一紀の『フライ,ダディ,フライ』という小説ではMr.Childrenの『光の射す方へ』の歌詞を引用してるんです。引用ひとつとっても、あえてメジャーど真ん中のJ-POPの歌詞を引用するっていう、徹底して自分のスタイルがある感じがいいですよね。
ストレートにカッコつけるだけじゃなくて、あえて野暮に見えるようなこともするっていう。僕自身、単にセンスがいいだけなのもカッコ悪いなって思ってるからYouTuberっていう一見ダサいことをやってるところはあるんで。そういう意味で、影響は受けたかもしれません」
「こういうまっすぐな作品を好きじゃなくなったらダメやな」と思う1冊
『リアル』井上雄彦(集英社)
受験指導専門の進学塾で飛び級するほどの秀才ぶりを発揮し、名門・灘中学に入学したベテランち。その頃には小説よりもマンガを好むようになり、福満しげゆきなどの作品を愛読してたという。特にハマったのが、車椅子バスケを描いた井上雄彦の『リアル』だった。
「当時からサブカルの芽生えみたいなのはあったんで、マンガも音楽も人と違うものを知ってるのがカッコいい、みたいな感じはありました。『リアル』は王道のスポーツマンガではないですけど、“マンガ力”がめちゃくちゃ高いというか。中高とサブカルに傾倒していったんですけど、こういうまっすぐな作品を好きじゃなくなったらダメやな、と思いましたね」
スポーツ漫画に夢中になる一方で、男子校の進学校という特殊な環境でのバランス感覚も意識していたという。
「中高と男子校で育ったんで、『男の子性』との距離の取り方はけっこう意識していました。周りもみんなそれぞれ思うところはあったんでしょうけど、基本的にはよくある男の子社会というか、スポーツやってるやつとか面白いやつとか強いやつがカッコいい、みたいな空気はあったんで。そこに乗っかりすぎず離れすぎず、みたいなことは常に考えてましたね」
費用対効果の合わない難問にロマンを感じた1冊
『入試数学の掌握』近藤至徳(エール出版社)
高校3年生からは東大理Ⅲ合格を目指すべく、受験勉強に本腰を入れはじめたベテランち。特に点数の差がつきやすい数学では「問題の意味すらわからない」とレビューに書かれるほど難解な『入試数学の掌握』を愛用していた。
「『総論編』『各論実戦編』『各論錬磨編』の3冊あるんですけど、めちゃめちゃ難しいんですよ。難しすぎて費用対効果が合わないから、理Ⅲ志望の人でも全員やってるわけじゃないですね。僕もめちゃくちゃ数学が好きっていうわけじゃなかったですけど。
もともと『遊戯王』とか『デュエルマスターズ』とかのカードゲームが好きで、数学もどれくらい早いペースで構造化できるかっていう、ゲームとしての楽しさがあって、そこを楽しんでました。本や漫画の趣味と同じく、参考書も普通の人がやらないようなものや、ちょっと人と違うようなものをやってましたね」
また、高校時代はクイズ研究会の活動に打ち込み、全国大会で準優勝。そうした経験も受験の数学で活かされたという。
「クイズの世界でも『この知識は持っていて当たり前』とか『この知識を持っておくと差がつく』とかそういう情報戦があって。このジャンルは来年出そうやな、とか考えながら知識を入れて、戦うためのロジックを構築していくんです。そういう世界観が好きなんで、難解な数学の問題もゲーム感覚で楽しんでました」
異様さと美しさが同居する1冊
「胡桃の戦意のために」平出隆(思潮社)
一年の浪人を経て東大理Ⅲに合格し、晴れて東大生となったベテランち。神保町の古本祭りでたまたま穂村弘のサイン本を手にしたことをきっかけに、短歌の世界に足を踏み入れた。現在もYouTuberベテランちとしてではなく本名の「青松輝」名義で、詩歌の活動にも熱を注いでいる。
「もともと短歌には興味があったんで、短歌サークルに入って短歌を作るようになりました。それをきっかけに小学生以来の文学への関心が戻ってきて、大学1年生の頃から現代詩や文芸批評の本も掘っていった感じですね」
特に感銘を受けたのが、平出隆『胡桃の戦意のために』(思潮社)。111編の詩がボックス状にレイアウトされており、異様さと美しさが同居するインパクトのある詩集だ。
『胡桃の戦意のために』帯裏の写真。画像提供/ベテランち
「余分なものを削ぎ落として、詩として書くべき言葉だけを残したような詩集なんです。詩という表現形式に対する自己言及的な“戦意”と、“胡桃”に代表される美的なモチーフの操作のあいだに、〈きみ〉とのある種ロマンティックな関係性が生まれていく。それでいて詩集全体としてはシンプルで清潔な印象を与える、ソリッドな作風に惹かれました」
短歌から派生して、文芸批評への関心も
同時に、蓮實重彦や浅田彰といった批評家にも関心を持った。なかでもベテランちの心を掴んだのは、柄谷行人『批評とポスト・モダン』だった。
「柄谷行人の文章は、余計な修飾を省いて誰でも読める平易な文体でありながら、内容は実はかなりエモーショナルでポエティックだと思っていて、そこが好きですね。
『ポストモダンの思想家や文学者は、実はありもしない標的を撃とうとしているのであり、彼らの脱構築はその意図がどうであろうと日本の反構築的な構築に吸収され、奇妙に癒着してしまうほかない。これを消費社会のせいにすべきでない。』
っていう一文とか、めっちゃイキるやんっていう(笑)。でも、こうやって否定していった先に必要な言葉だけを残していくってスタイル自体はすごくロマンティックだと思って。個人的にも80年代の思想に関心があるので、他にも色々読んでいます」
YouTuberとして制作とパフォーマンスのバランスを学んだ1冊
『東京、音楽、ロックンロール』志村正彦(ロッキング・オン)
そして2020年、「YouTube始めたら登録者10万人くらいいけるんちゃうかな」と思い立ち、ヌルっとYouTubeをスタート。最初は「東大理Ⅲ生のカレー」など仲間内に向けたネタ動画を上げていたが、徐々に登録者数が伸びはじめ、「引くに引けなくなって」YouTuber・ベテランちとして本格的に活動するようになる。
「規模は小さいですけど登録者が増えて『ベテランち』として振る舞うようになって、表に出て仕事をしている人がどんなことを考えているのかが気になったんですよね。特にミュージシャンって、孤独に音楽制作と向き合うことと大衆に向けてパフォーマンスをすることという、相反する活動を両立しているわけじゃないですか。
彼らがそういう矛盾をどう消化してバランスをとっているのかに興味があって。特にYouTuberは視聴者のニーズに寄せたことを際限なく言えてしまうから、そこのバランスが重要だなと思うんですよね」
さまざまなミュージシャンやタレントの本を読み込んでいく中で、特に思い入れがあるのがフジファブリック・志村正彦の日記が収録された『東京、音楽、ロックンロール』だという。
「志村さんって『線の細い天才』みたいなイメージが強いけど、日記を読んでいるとプロのミュージシャンとしての覚悟が伝わってくるんですよ。喉のポリープで入院したり、体調が悪い中でも曲を作ったりっていうことが書かれている中で、『若者のすべて』が完成した日のことも書かれていて。そういう表現者としての喜びも苦しみも描かれてるのがいいんですよね」
エンタメ小説、スポーツ漫画、批評、短歌に至るまでさまざまなジャンルの本に親しんできたベテランち。笑いに比重を置いた自身のYouTubeチャンネルでは「ノイズになる」という理由であまり表には出していないが、本棚には他にも専門書からエンタメ書籍まで、幅広いジャンルの本が並んでいた。
「僕は勉強論者なんで、世の中的には勉強じゃないとされていることも勉強でなんとかなる、っていうのがこれまでの経験でわかってきたというか。読んでみて結果的に役に立たなくても、本を買って環境を整えたことが後から生きてくることもある。だからできるだけ本を集めて知識を入れておくっていうのは、昔から一貫しているかもしれないですね」
YouTube界の異才・ベテランちを形づくったのは、学生時代からの文学への偏愛とゲームへの探究心だった。こうした読書遍歴を踏まえてYouTubeの動画を観てみると、今までとは少し違った「ベテランち」の姿が見えてくるかもしれない。
取材・文/山本大樹
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