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さらば甲子園! 鳥谷敬が述懐する「阪神タイガース、最後の1日」

集英社オンライン / 2022年6月26日 13時1分

プロ野球界屈指の遊撃手として活躍した鳥谷敬。彼は2019年、どんな思いで阪神タイガースのユニフォームを脱いだのか。誰にも言わなかった苦悩を初めて明かした著書『明日、野球やめます 選択を正解に導くロジック』より一部抜粋、再構成してお届けする。

このまま終われない。もう一度勝負したい。

2019年9月30日。レギュラーシーズン最終戦。相手は中日ドラゴンズ。すでにシーズンを戦い終えた3位・広島とはゲーム差なし。負ければ4位、引き分けでも勝利数が上回る広島が3位となる。クライマックスシリーズに進出するには、引き分けさえ許されない。

自分にとっては、阪神タイガースのユニフォームを着て戦うのは最後になるかもしれないということで、みんなが試合前に背番号1のTシャツで迎えてくれた。



「まだ引退するって決まったわけじゃないけど……」と思いながら、バックスクリーンを背に写真を撮ると、自然と笑みがこぼれる。

気を遣ってもらって「先発出場を」という話もいただいたが、チームにとって大切な試合。2019年シーズン限りでの引退を表明していたランディ・メッセンジャーにとっては、本当にラストゲームになる可能性があったので、自分のことだけを優先するわけにはいかない。これまでの流れを考えて、丁重にお断りさせていただいた。

試合前、かつて同じ阪神タイガースのユニフォームを着て戦った赤星憲広さんから声をかけてもらい、こう問われた。

「現役を続けようと思った時に、家族の反応はどうだったの?」

チームが変わるということは、生活環境が変わるということ。もし関西以外を本拠地とするチームに移籍が決まった場合、単身赴任の形になるだろうとは考えていた。正直に言うと、家族を関西に残したままになるというのは、自分のなかでも引っかかっていた部分だった。でも、「どういう形でもいいから野球を続けてほしい」と嫁さんや子どもたちが言ってくれていた。

「もし、家族から、お父さん……もういいよって言われていたら?」

赤星さんから再び質問を受ける。もしそう言われていたら、素直に引退していたかもしれない。このまま終われない。もう一度勝負したい。そう思わせてくれた最終的な決め手は、家族の声だった。

甲子園での最後の打席

4万6000 人を超える大観衆。3点をリードした7回裏の先頭打者として、代打で甲子園のバッターボックスに向かう。スタンドには紺色に白字で「鳥谷敬」の名前が染め抜かれたタオルが無数に掲げられていた。

手作りの応援ボード、たくさんのワッペンがついたオリジナルユニフォーム、いい時も悪い時も声援を送り続けてくれたファンが奏でるヒッティングマーチ……。

ライトフライに倒れたものの、ベンチに下がる時に聞こえたのは、間違いなく人生で一番大きな歓声だった。

8回表から、そのまま遊撃手として守備についた。審判の方と挨拶を交わし、丁寧に足元の土をならしながら、見える景色を味わい、かみしめる。

「鳥谷!」
「鳥谷〜〜!」

まるで直前に逆転タイムリーヒットでも打ったかのような盛り上がりに、自分のこれまでの歩みと、今日この場所を守る意味に思いをはせる。ライトスタンドに向かって、帽子に手をやりながら軽く頭を下げる。

「ありがとう」

試合を藤川球児さんが締め、マウンドでみんなと勝利のハイタッチを交わす。チームはシーズン最後の6試合を6連勝でフィニッシュ。広島に代わって3位に滑り込み、2年ぶりにクライマックスシリーズ進出を決めた。

もしも野球の神様がいたら

ベンチに戻っても、スタンドから自分の名前を呼ぶ声がやまない。こういう時にはマイクの前でファンに向かって何か話せばいいのかもしれないが、そういうことができる性格ではない。期待されても困るんだけどな……と思いながらも、走ってベンチから飛び出した。

スタンドのボルテージが一段と上がる。せめて感謝の気持ちを伝えようと、帽子を取って、右手を上げる。一塁アルプスからライトスタンドはもちろん、レフトスタンドから三塁アルプスまでも、見渡す限りの大観衆。本当に割れんばかりの鳥谷コールをいただいた。

「君がヒーローだ。鳥谷敬」

走ってベンチに戻ったあとも、バックスクリーンにヒッティングマーチの歌詞を添えた映像が映されていたらしい。さすがに、もう一度出ていくわけにもいかない。コンサートのアンコールじゃないんだから……。スタンドの声を背に、ロッカールームに引きあげた。

実は守備につきながら、もし野球の神様がいて、自分が何かをもっているとしたら、最後は打球が飛んでくるのではないかと思っていた。自分で言うことではないけれども、野球の神様に普段の姿勢を評価されたとしてもバチは当たらないはずだ。

だが、打球が飛んでこなかったので、やっぱり何ももっていなかったのかと思い、そのことを試合後の取材で話すと、インタビュアーの方にこう言われた。

「鳥谷選手にとって、今日が最後ではないからでは?」

確かに……。言われたとおりであってほしいと思った。

「甲子園でショートの守備につけるかどうかはわからないんですけど……」
「ここからまた、そのポジションに立てるようにやっていきたい」

写真/共同通信社

明日、野球やめます
選択を正解に導くロジック

鳥谷 敬

2022年6月24日発売

四六判/224ページ

1,650円(税込)

ISBN:

978-4-08-781722-5

プロ野球界屈指の遊撃手として、阪神タイガース・千葉ロッテマリーンズで活躍し、2021年シーズンをもって引退した鳥谷敬、引退後初の著書。

「40歳まで遊撃手を守る」「試合に出続ける」という目標をみごとに体現したプロ野球人生18年間。
NPB歴代2位の1939試合連続出場、遊撃手としては歴代1位となる667試合連続フルイニング出場という輝かしい軌跡を辿るとともに、誰にも言わなかった苦悩の日々を初めて本書で明かします。
さらに、プロ野球という個性派集団の中で“ポジション”を守り抜いた著者ならではの思考・発想も紹介!

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