『ボクシング・マガジン』休刊! 元名物編集長が振り返る「疑惑の判定」
集英社オンライン / 2022年6月29日 11時1分
1956年の創刊以来、ファンから長年愛されてきた『ボクシング・マガジン』が2022年8月号で休刊となる。前回は同誌編集長を務めた原功さんに辰吉丈一郎さんとの思い出を伺ったが、後編では編集部時代のエピソードを伺った。
ボクマガ時代の仕事の流儀
――ボクシング・マガジン編集部時代に、気をつけていた編集方針とかはありましたか?
編集方針というか、ワクワクする感覚を忘れないようにしていましたね。「プロは仕事として取り組むべきだから冷静でないといけない」という人もいるだろうけど、こちらが面白いと思えないと、読者の方にもその面白さは伝わりませんから。
――熱量がそのまま誌面になる?
そうですね、ただし、専門メディアとして取材した情報を伝える立場でもあったので、我々の主義主張をなるべく抑えて誌面構成をするようにしていました。まず大切にしていたのは何が起こっているかという一次情報を正確に伝えることです。
――でも、疑惑の判定とか時々ありますよね? 編集部内で意見が分かれることは?
判定について意見が分かれることはありますよ。例えば鬼塚(勝也)さんのタノムサク・シスボーベー戦は判定について世間で大きな議論となりましたが、編集部内でも「タノムサクの勝ちだった」という声が多数だったんです。でも、それを誌面で書くことはなかった。ボクシングはWBCとかWBAとか、第三者の認定機関がジャッジをつけるものであって、その判定をメディアである我々は尊重するスタンスでしたから。
1泊7万円の宿で、激闘直後の畑山隆則とコウジ有沢で対談企画
――一方でモノクロページでは、香川照之さんの「熱病的思考法」やジョー小泉さんの「ボクシング・アラカルト」、郡司信夫さんの「ガゼット座談会」など、個人的な考察や私見を前面に出した名物企画も多くありました。
あー懐かしいですね。香川照之さんの連載は私の前任の編集長だった山本(茂)さんの頃に始まった企画かな。誰かが招待したのか編集部に遊びに来たんですよ。まだ香川さんが東大の学生で、今は世界的なボクシングカメラマンとなっている福田直樹さん(香川さんと小、中、高校の同級生)と一緒に。
あとから聞いた話では、香川さんはそのとき「うわ、仕事でマーロン・スターリングの話をしている!」って、羨ましくて仕方なかったそうです。
モノクロのページもユニークな企画が多くあった
――原さんが編集長在任中、とくに思い出深かった企画は?
よく引き受けてくれたなあと思ったのは、98年春の畑山隆則さん×コウジ有沢さんの対談ですね。2人が戦った日本タイトルマッチは凄く話題になったんですけど、その試合直後に、戦った者同士が本音で試合内容を振り返ったら面白いんじゃないかという企画で。
で、両陣営にダメもとで頼んだんですけど、どちらも快く承諾してくれて、試合の3週間後くらいに急遽対談することが決まったんです。帰宅の際に新宿でエスカレーターに乗っているときに承諾の電話をもらった瞬間は、そりゃあ涙が出るくらい嬉しかったですね。それだけでなく、畑山さんが所属していた横浜光ジムの当時のオーナーが、「せっかく2人が対談するんだから」って1泊7〜8万円もする宿を先方の負担でわざわざ用意してくれて。
畑山隆則氏とコウジ有沢氏の対談記事。「試合の3週間後によく成立したよなあと今でも思う」(原さん)
――殴り合った者同士が、ぎくしゃくせずに話なんてできるものなんですか?
まあ、元々彼らは陣営同士含めて仲が悪かったわけではないし。対談そのものは2時間たっぷりやったかな。物凄く盛り上がって、終わってから宿にあったカラオケルームで、当時流行っていたKinKi Kidsの『硝子の少年』をデュエットしてましたね。それも誌面にちゃんと載せましたよ(笑)。
――逆に、これはやってしまったなという思い出は?
さっきチラと名前が出たボクシングメディアの業界で大先輩である郡司信夫さんの取材のときに、2時間全部テープが回っていなくて録音できてなかったことですかね。慌てて電話したら全く怒らず許してくれて、翌日また取材を受けてくださりました。こんな大人になりたいなあとその時強く思ったので、今日の取材、もし録音できてなくてもまた来ますよ(笑)。
休刊は残念だがボクシング人気は落ちていない
――この度は、ボクシング・マガジンは残念ながら休刊となります。これはどのようなことが背景にあると思いますか?
まず専門誌という「メディア」と「競技」の関係性からいうと、両者の在り方はこの100年間ずっと変容を続けてきたんです。
もともとボクシングって会場の観客の前だけで行われていたスポーツで、テレビ放送もなかった。アメリカの例にすると、1920年代にラジオ放送が始まって、その後、テレビ放送とクローズド・サーキット(劇場などでスクリーン上映)があって多くの人がボクシングを観戦する機会が増えていった。
その結果、1980年代に(シュガー・レイ・)レナードや(マービン・)ハグラーなどのスター選手が生まれ、会場を通じて集まった視聴料が彼らの莫大なファイトマネーにつながっていった。で、その流れで80年代にはPPV(ペイ・パー・ビュー)が始まって、また新しくボクシングを観るスタイルが変わった。
――ボクシングとメディアは時代の変化にあわせて伴走してきたと。
そうです。メディアの変遷と一緒に、ボクシング市場や競技も成長していったと思うんですよ。具志堅用高さんや辰吉さんのテレビ中継で30%、40%を超える視聴率を叩き出していた時代と、DAZNやAmazonプライムのネット配信を通じてボクシングを視聴する今の観戦スタイルは違って当然。でも村田諒太選手や井上尚弥選手の試合は、サービスに加入してでも観たいと思う。
テレビで放送されなくなるのが、その競技の人気の低下を示すわけではないと思いますし、むしろ以前より誰もがスマホさえあって配信契約すればボクシングを観られるいい時代になったと思う。
1億や2億のファイトマネーでは安い
――私事ですが、中学生の頃、自分が住んでいた兵庫県では畑山隆則対崔龍洙の第1戦や、渡辺雄二がウィルフレド・バスケスに挑んだ試合は世界戦なのに放送されなくて死ぬほど悔しかったんですよね。現在はYouTubeで配信される興行もあって、今の若い人の方がボクシングにリーチしやすい状況かもしれません。
見方によってはそうでしょうね。それに今も、井上尚弥選手のような素晴らしいボクサーもたくさんいるわけですし、決して悪い時代ではない。
ボクシング・マガジンの2022年7月号。井上尚弥対ノニト・ドネアの試合が表紙を飾る
――井上尚弥選手といえば、リング誌のPFP(パウンド・フォー・パウンド。米国の伝統あるボクシング専門誌が全階級のボクサーを格付けしたもの)に選ばれ、話題となっていました。
彼は別格ですね。40年以上、身近でボクシングを見てきましたが、能力という点では歴代ボクサーのなかでも最高傑作ではないでしょうか。取材するとわかるのですが、ボクシングに対する姿勢も含めて文句のつけどころがない選手。1億円や2億円のファイトマネーでは安いと感じるくらいです。彼のように、今は今できちんとスター性のある選手はいて、ボクシング人気が決して落ちているわけではないと思うんです。
――では、ボクシング・マガジンという専門誌の休刊についてはどうお考えですか?
これはメディアと競技の関係というより、紙媒体という形態の問題でしょうね。たとえば私が編集長をしていた頃の広告は……(手元にあった1990年代のバックナンバーをめくって)、なんとジムの広告だけで30P以上もある。広告ページが多すぎるという指摘もあったけれど、見方を変えればそれも情報のひとつなんです。特に地方の読者にとっては。それに実売の利益だけでなくこの広告収入も大きな収入で、当時は四国のコンビニエンスストアに試験的に並べてみるくらい収支にゆとりがあった。
でも、こういうことも「昔は良かった」という話ではなく、時代の変化なので仕方ないことだと思います。メディアの形は変わっても、今後もボクシング界でスター選手は出てくるでしょうし、人気は続いていくものだと願っています。
*
取材中も、終わったあとも驚くくらい物腰やわらかだった原さん。懐が深そうで、やはり黄金期のボクマガ編集長は違う。
郡司信夫さんや原さんを見習って、自分もいつかもし、誰かに頼んだICレコーダーの取材録音ができてないことがあっても、笑顔でさらっと許せるような先輩になりたい。
原さん、そして『ボクシング・マガジン』、夢をありがとう!
取材・文・撮影/田中雅大
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