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10年で売上23倍「アナログレコード人気再燃」を支えるのは若い世代だった

集英社オンライン / 2022年7月3日 11時1分

今や音楽の楽しみ方といえばデジタルの配信サービスが主流だが、数年前からアナログレコードの売り上げが大きく伸びている。米国ではCDの売上を超え、日本でもこの10年で約23倍という爆発的な売れ行きだ。しかも米国のレコード購入者の約6割は30代前半以下。レコードを知らない世代が、アナログ盤を新しいツールとして所有する背景と、その魅力を解説する。

売り上げはこの10年で爆発的な伸び

音楽ファンなら、現代における音楽の聴き方が、デジタル配信やサブスクリプション中心に進んでいるのはとうにご存じだろう。さらに近年は、意外にもアナログレコードの人気が再燃し、各メディアでも頻繁に取り上げられている。

人気のアナログレコードは入荷するとすぐ売れてしまうという(撮影協力/HMV record shop 新宿ALTA)


米国では2020年に、アナログ盤の売上が34年ぶりにCDを越えた。英米よりも配信サービスの普及が遅れたためにCD文化が根強く残り、時に“ガラパゴス”と揶揄される日本でも、レコードに関しては同様の傾向が見られる。

アナログレコードの売上が底をついた2010年の1億7000万円を基準にすると、2021年はそこから約23倍の39億円と、約10年で爆発的な伸びを見せているのだ。

2021年年間レコード生産実績公表 (出典/日本レコード協会)

こうしてアナログレコードに人気が集まるのには、どんな理由があるのだろうか?

もちろん音楽的・文化的・社会的、そして業界的な様々な事情や風潮が、微妙に絡み合った結果であるが、それらを整理分析していくと、大きな流れがいくつか見えてくる。

音を「飛ばせない」楽しみ

ひとつは世代的な背景だ。CDが音楽市場に浸透したのは80年代後半。それ以前にアナログレコードに親しんでいた音楽ファンは、今はもう50歳代になっている。そうしたオヤジ世代がアナログに回帰するのは、ある意味ノスタルジーと言えるだろう。

でも昨今のアナログブームを支えるのは、圧倒的に若い世代だという。米国の調査機関によれば、米国のレコード購入者の約6割は、30代前半以下。つまりレコードを知らない世代が、まったく新しいツールとしてアナログ盤の魅力に触れているのだ。

中森明菜や竹内まりやなど、懐かしいジャパニーズ・ポップスのレコードも(撮影協力/HMV record shop 新宿ALTA)

レコードの最大の魅力は、音の良さである。物理的には、CDのシャープなデジタル・サウンドに勝るはずはないのだが、CDは人間が聞き取ることのできない20kHz以上の高周波域をカットしている。それが影響しているのか、硬質でキツい音と認識されてしまうのだ。

対してアナログは、レコード針と盤との接触音=ヒス・ノイズや、盤面に付着したチリやホコリを音として拾ってしまう欠点があるのに、それを含めて“柔らかくて耳に優しい”とされる。

若い世代には「新鮮なツール」と受け止められているレコード・プレイヤー(撮影協力/HMV record shop 新宿ALTA)

レコード盤をターンテーブルに乗せて針を置くと、パチパチとスクラッチ音がして音が鳴り出す。そのジャケットの手触り、ハンドメイド感。CDならばワン・プッシュでスキップして簡単に好きな曲、好きな部分だけを選べるが、レコードだとプレイヤーの前へ行って、自分で慎重に針を動かさなければならない。そうした手間が、逆に音楽への愛着を深めていくのだ。

「ギター・ソロを飛ばす」のと真逆の楽しみ方

最近、「今ドキの若いリスナーは、ギター・ソロが出てくるとそれを飛ばしてしまう」なんて話題がSNSでバズった。でもそれができるのはデジタルだから。アナログLPなら、作り手はA面B面それぞれの曲順を考え、ストーリーを忍ばせて“作品”を創り上げる。リスナーはそれを受け止め、作り手の意図に考えを巡らせる。だからアーティストもリスナーも成長し、アーティスト・パワーは増幅される。

30cm四方という圧倒的な大きさのパッケージも魅力的だ。ジャケットが一種のアートと見なされ、音楽の持つ作品力やストーリー性、そこに込められたメッセージを、ユーザーに視覚でダイレクトに伝えるのである。

レコードジャケット自体にアート性を感じるユーザーも多い(撮影協力/TOWER RECORDS新宿店)

こんな風に、形のない音楽がパッケージとして形と意味を持った時、人は音楽を“モノ”として認識し、所有の喜びを感じ始める。デジタル世代は、その70〜80年代的「音楽」の感覚を得て、かつて体験したことのない新しいモノとして受け止めている。

入り口として、1〜2万円で購入できるリーズナブルなアナログ・プレイヤーが用意されるようになったことも、彼らを後押ししている。いま大ブームにあるシティ・ポップ熱再燃も、また然り。そこでイメージされる永井博や鈴木英人のイラスト・ジャケは、70〜80年代文化のアイコンだ。

火付け役は「レコード・ストア・デイ」

アナログが人気を集めるようになったのは、2008年に米国でスタートしたレコードの祭典:レコード・ストア・デイによるところが大きい。

世界中のレコードショップとアーティストが手を結び、アナログレコードを手にする面白さや音楽の楽しさを共有するイベントで、アーティストたちは開催日に新曲や貴重な未発表曲、ライヴ音源などの作品をアナログ盤でリリース。ビッグな著名アーティストがレアな限定盤を出すことも多く、しばしば世界各地で争奪戦が繰り広げられる。

レコード・ストア・デイ今年のグローバル・アンバサダーは、テイラー・スウィフト。彼女はコロナ禍で倒産しそうだった店を応援するため、若い客層をレコード店に誘致する活動も行っている(提供/東洋化成 RECORD STORE DAY JAPAN事務局)

レコード・ストア・デイは既に日本でも定例化しており、日本独自のスピンオフイベントとして、夏に行われる『シティ・ポップ・オン・ヴァイナル』、11月の『レコードの日』が誕生した。

新型コロナに見舞われてからは、密を避けるために分裂開催を実施するようになったが、それでも当日にはショップに多くの人々が詰めかけ、目的のレコードを買い求めている。昨2021年には、アニメのレコードに特化した『アニソンon VINYL』も開催された。

だが、再び成長を続けるアナログ盤市場にも、暗い影が忍び寄ってきている。復活ブームがあまりに早く世界へ拡散したため、需要と供給のバランスが崩れてしまったのだ。

CDにその座を奪われたアナログ盤の生産工場は、多くが閉鎖されたり、CD製造に乗り換えたりして、世界に数えるほどしかなくなった。それこそ日本では、レコードをプレスできる生産メーカーは1社だけという時期もあったほどだ。

そこから2018年に、大手ソニー・ミュージック・グループが約29年ぶりにアナログレコードの自社一貫生産を再開。現在は数社がレコード製造を行ない、海外からの発注にも対応する。逆に発売スケジュールの関係から、国内レコード会社が海外メーカーに生産委託するケースも少なくない。

急速なブームで生産が追いつかない

それでも世界的アナログブームには拍車が掛かる一方。そのうえ、世界に2社しかなかったラッカー盤(アナログレコードの製造に必要不可欠な、一番最初に音溝を削る原盤のこと)製造工場のひとつが火事で焼失してしまったり、レコードの原材料である塩化ビニール樹脂が原油価格高騰の影響を受けたり、問題は山積だ。

そして今年2月には、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発し、コスト高と原料不足が深刻だ。最近では製造のオーダーをかけても、納期に8ヶ月〜1年が必要という厳しい状況に陥っていると聞いている。

その一方でユーザーサイドには、レコードを買ったはいいが、実は全然聴かない、ただ持っているだけ、という人が少なくないらしい。Z世代の音楽ファンだと、レコード・プレイヤーを持っていないのにレコードを購入する、ジャケットを眺めているだけで満足、そうした本末転倒派も多いそうだ。

こうなると、音楽を楽しむはずのレコードが単なるグッズと化してしまうワケで…。いくら売り上げが伸びていても、そんな拡散の仕方をしていたら、アナログレコードはまた時代遅れの長物に戻りかねない。

思い出すのは、2015年のグラミー賞授賞式でプレゼンターを務めた故プリンスが、最優秀アルバム賞の発表スピーチで言い放った言葉だ。

「Albums, Remember Those? Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter. (みんな、アルバムを覚えてる? アルバムは今も大事だよ。本とか黒人の命と同じで、アルバムは今も重要なモノなんだ)」

当時の「ブラック・ライヴス・マター」に掛けた発言だが、フィジカル(レコードなどアナログなメディア)であるアルバムの存在意義に言及し、音楽が使い捨ての享楽ではなく、生きた芸術であるコトをアピールしたのだ。

筆者は、現在のようなアナログ隆盛が長く続くとは思っていない。でも音楽好きの皆さんには、サブスク、ダウンロード、CD、そしてアナログレコードと、目的やリスニング・スタイルに見合ったメディアを正しく選んでほしいもの。レコードはきっと、溝に刻まれた音楽を、何度も何度も、擦り切れるほど聴いてほしいと願っているはずだから。

撮影/苅部太郎

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