私は自分の味覚にまったく自信がない。酒好きのフリーライターとして飲食店を取材することもあるのだが、どこで何を食べても飲んで美味しくて、「うまいなぁ!」と思い、「この美味しさをどう表現すればいいのだろうか……」と最後にいつも悩む。そもそも味に対する語彙に乏しいから、何を食べても「美味しい!」「うまい!」とばかり言ったり書いたりしてしまう。
そんな私だが、食べ物や飲み物の味わい自体ではなく、それを味わう場所やシチュエーションには多少のこだわりがある。
たとえば、これは私の実体験なのだが、20代の頃に富士山に登ってみようと思い立ち、普段ほとんど運動しないくせに無謀にも挑戦した夏があった。途中、へとへとになってたどり着いた山小屋の売店でカップラーメンが売られていたので、お湯を注いでもらって食べたのだが、それが鳥肌が立つほどに美味しかった。いつも家で食べているのとまったく同じ製品なのに、十倍、いや百倍ぐらいに美味しく感じた。