5月、吉祥寺駅のほど近くにオープンした「Babusya REY(バブーシャ レイ)」。ウクライナ人家族が作るウクライナの家庭料理を提供している。土日祝日の11時〜15時だけ、オープン前のバーを間借りしての営業だ。
メニューは日本でもよく知られたボルシチのほか、店のロゴデザインにも採用しているヴァレーニキなどあまり認知されていない現地メニューも登場。どれもウクライナで日常的に食べられている家庭の味だ。
本家ウクライナのボルシチに行列。避難民家族が吉祥寺で営むレストランを訪ねる
集英社オンライン / 2022年7月1日 13時1分
今年5月、東京・吉祥寺のバーを間借りする形でウクライナ料理店がオープン。避難民を含むウクライナ人家族が調理する家庭の味が評判を呼び、週末のみのオープンながら行列をつくる人気となっている。日本ではあまり馴染みのないウクライナ料理の魅力と、レストラン開業への思いを聞く。
評判が広まり行列のできる店に
オープン後、SNSなどで評判が広まり、今では行列のできる人気になっているという。お店がある2階から階段、そして外へと列が続いているほど。
「この間はボルシチが18リットル売れましたね」
店を切り盛りするヴィクトリヤ・ヴォグダノヴァさんが説明する。バー仕様の狭いミニキッチンでは大変な作業だ。
彩り鮮やかなボルシチのセット
1番の人気メニューであるボルシチは、スープを赤く色付けるビーツとキャベツや肉を具材にしたスープだ。豆とビーツのサラダ「ヴィネグレット」とガーリックバターで味付けしたパン「パンプーシュカ」を添えて提供される。これがウクライナでは定番のセット。
Babusya REYのボルシチは、具材はビーフで、スープにはチキンとビーフを用いるヴィクトリヤさんの母から受け継いだレシピ。あっさりめの味わいで肉と野菜の滋味が染みる。店名の「バブーシャ」(おばあちゃん)の通り、まさにおふくろの味だ。
「今できることをしたい」
オープンの立役者となったのは、小笠原裕典さん・ヴィクトリヤさん夫妻だ。
ウクライナ出身のヴィクトリヤさんは語学留学をきっかけに日本に暮らし、キックボクサーの小笠原さんと日本で出会って結婚した。
ヴィクトリヤさんは情勢のキーポイントともなっているドネツク州の出身。家族が戦火から逃れるため日本に避難した。今年3月から父母、そして姉と甥、さらに遅れて5月に姉婿、と合わせて5人が合流。避難民認定を受け、住宅支援などを受けて生活している。避難してきた家族は、平日は日本語学校に通っており、甥は日本の中学校に転入した。
左から小笠原裕典さん、ヴィクトリヤさん、エウゲニアさん、アントンさん
姉のエウゲニアさんは美容外科医、姉婿のアントンさんは運輸関係とそれぞれ手に職があるが、日本での生活のために「今できることをしたい」とレストランのオープンを決意。
「ウクライナは自炊の機会が多く、よく料理をしますからみんな料理人ですよ。ペリメニやヴァレーニキはみんなで仕込んでいます」とヴィクトリヤさん。
母のレシピそのままに、人気メニューのチキンキーウはアントンさんが担当するなど家族総出で作る、文字通りの家庭の味だ。
裕典さんは家族も近隣で飲食店を経営する根っからの吉祥寺っ子。Babusya REYが間借りするバーも裕典さんの弟が経営している。そのような背景が、入国から2ヶ月というスピード開店を可能にした。
今回の取材は、主に日本語が堪能なヴィクトリヤさんと裕典さんに通訳しながら話していただいた。
素材の味、奥行きを味わう
緑の皿がペリメニ、青い皿の手前がヴァレーニキ、奥がブリヌィ。他にもチキンキーウなど人気メニューがまだまだある
ペリメニやヴァレーニキといった餃子のような料理は、ウクライナやロシアなどではファストフードのようにも展開され高頻度で食べられているいわば国民食。これらを中心に据えることからBabusya REYのメニュー作りは始まり、少しずつメニューを増やしている。
「僕が、ペリメニが好きというのが出発点ですね」と裕典さん。「ただわかりやすさはやはりボルシチかなというのと、デザートも出したくて最初のメニューが固まりました」
茹でたペリメニ。世界中に広がる餃子風の料理の一種だ
日本ではボルシチはロシア料理の印象が強いが、と話し出すと「違う違う!」とヴィクトリヤさんが笑った。
「ボルシチは、もともとはウクライナの料理だったのがロシアなどに広がりました。ペリメニはロシア料理でウクライナでもよく食べるメニューですが、これは中国の餃子が出どころだと思いますね」
茹でペリメニは香味野菜が効いている。つるんとした食感も手伝ってどんどん食べてしまう魔性の味!
ボルシチもペリメニもスメタナという発酵乳製品と共に食べるのが定番だが、日本では手に入らないためサワークリームなどを用いて近い味わいのクリームを作って添えた。Babusya REYでは揚げペリメニも提供している。
「スメタナもそうですが、日本では手に入りにくい食材が多いですね。いろいろ工夫して仕入れています。ビーツはキロ単位で仕入れていますが、今はフリマアプリが一番手に入る(笑)。ディルは自家栽培にも挑戦中です」
調味料を多用する代わりにディルやネギといったハーブを用い、素材の味、奥行きを感じられるのがウクライナの料理。そこにスメタナで酸味・まろやかさが加わると、忘れられない美味となる。
「日本は料理に砂糖を入れることに驚きました。砂糖とお醤油の味ですよね。ウクライナでは料理に砂糖を使うことはあまりありません」
一方でデザートの類はしっかり甘い。
トヴァローグを包んだナリースニキ。焼き立ての温かいところを食べる
「手作りチーズのクレープ」という名前で提供しているクレープは、ウクライナではナリースニキ、ロシアではブリヌィと呼ぶ。リースは葉っぱだから、葉のように薄いということだ。このようにデザートとして食べることもあるが、ひき肉などを包んで食事にすることも多い。
包んだトヴァローグは牛乳から自作したもの。淡白なカッテージチーズのようなものだ。トヴァローグの淡白な味わいと練乳とのコラボレーションが何気ないようでいて抜群。乳脂肪分の使い方がうまい土地なのだなと感じさせられる。
ウクライナ人客が来訪し、ベリーのヴァレーニキが懐かしいと喜んだそう
ヴァレーニキも餃子のようなもの。ウクライナではナリースニキ同様、デザート風の具にしたり食事向きの具にしたりして食べられており、Babusya REYでもキノコとマッシュポテトを具材にした食事用のメニューも提供している。
デザート風ではベリーが入ることが多い。現地ではさくらんぼを入れるそうだが、手に入りやすいイチゴでアレンジしている。
もっちりした小麦粉生地と果実の甘さ。派手ではないが思い出しては食べたくなるような、郷愁を誘う素朴な味わいだ。
ウクライナスタイルを体験してほしい
「本当はもっといろんなメニューを出したいけどコンロが足りないですね!」と物足りない様子のヴィクトリヤさん。現在は提供していないが日本で紹介したい料理がまだまだあるようだ。
「ウォッカを飲んでサーロをつまむウクライナスタイルも体験してほしいです」
サーロは豚のあぶらみの塩漬け。真っ白い脂の塊でインパクトは抜群だ。「ウクライナ料理でこれだけは好きじゃない」と苦笑する裕典さんに「お酒と一緒ならおいしいでしょう」と反論するヴィクトリアさんを見ると、日本でいう納豆のような立ち位置の、クセが強いだけに愛されている一品なのだろう。
「それからボグラーチも。3種類のお肉を使うスープです」
ハンガリーのグラーシュに似た、ビーフシチューのようなイメージのスープだ。きっとボルシチ同様、素材の味がからみ合う美味しい料理なのだろう。なんとか日本語で説明しようと相談してくれるヴィクトリヤさんたちのテンションからはその愛され方が想像され、客としてはぜひ提供してほしいと願うよりほかない。
バー仕様の小さなキッチンで行列をさばいている
想像以上の人気にボルシチの鍋も足りておらず、営業中に再度の仕込みが必要になってしまうとのこと
料理を楽しんでくれたらそれが嬉しい
日本で好きな料理を尋ねると、やはり寿司だと顔をほころばせてくれた。
「地元では海の魚はあまり手に入らないんです。日本ではフレッシュな魚が食べられると父が喜んでいます」
またナリースニキの食べられ方と比較すると日本のクレープは「違う!」と感じるようで、「シンプルな食べ方も広がってほしいですね」と語る。
食事を楽しむ一方、避難先で新しい商売を展開するということに万感の思いがあるはずだ。アントンさんは「自分の両親は故郷に残っている。苦しい気持ちしかない」と言葉少なに話す。
「私たちは常に銃声が聞こえる地域から来たけど、悪いニュースにばかりフォーカスせず料理を楽しんでくれたらそれが嬉しい」とエウゲニアさん。それを受けてアントンさんも、「ウクライナ料理で気になるものがあったら、メニューに試してみるからメッセージして」と話してくれた。
食文化に国境があるわけではない。世界中に餃子のようなものがあるし、ボグラーチにしてもスロヴェニアやハンガリーと共通する料理だ。同じものが広範囲で食べられる一方で、家庭ごとの小さな個性も生まれる。美味しいものを分かち合うことが少しでも心に平穏をもたらせばと願う。
Babusya REY
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-25-4吉祥ビル2F
営業:土曜・日曜・祝日11時〜15時
※営業時間は変更の可能性もあり。インスタグラムで確認を。
@babusya.rey
取材・文・撮影/宿無の翁
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