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タバコも酒もOK!? 終末期は自宅療養のほうが幸せに生きられる理由

集英社オンライン / 2022年6月30日 17時1分

人生の終末期には「病院で治療する」以外にも、治療をやめて「家で生き抜く」(つまり「家で死ぬ」)という選択肢がある。在宅緩和ケア医が教える穏やかに死ぬための本『家で死のう! ――緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンンャ/フォレスト出版)から一部抜粋・再構成してお届けする。

病院で死ぬか? 家で死ぬか?

今から30年前、私は大学病院のかけだし外科医として、手術や抗がん剤治療に明け暮れる毎日を送っていました。そのころ目の当たりにした光景は、今でも思い出してつらい気持ちになります。

終末期の患者さんの多くは、抗がん剤などの治療で体がボロボロになった末、点滴や胃 ろうなどのたくさんのチューブをつながれて、病室のベッドの上で寝たきりとなっていま す。むくみで手足はパンパンになり、自力でトイレに行けなくなってからも、家族からは「頑張れ」「あきらめないで」と言われ続け、朦朧とする意識の中、過酷な延命治療の果てに亡くなっていくのです。



苦痛に顔を歪ませて亡くなっていった患者さんを前に、家族は涙を流し、「これでよかったのだろうか……」と後悔の念にも苦しめられ、医師や看護師は言葉もなく、病室にはただただ重苦しい空気が立ちこめるばかりでした。

そんなつらく悲しい死の現場に何度も接するにつれ、医療は終末期の患者さんに何ができるのかと考え、自問自答を重ねました。「緩和ケア」という言葉がないころから、つらくない終末期を考えながら外科医をしていたのです。

そして、外科医を17年で終わりにして、病院の終末ケアではなく、「在宅緩和ケア」という、誰もやっていない新しい分野を開拓する決断をしました。

私は14年前から「在宅緩和ケア」を自らの専門とし、これまで2000人ほどの患者さんを自宅で看取ってきました。その経験から、自宅できちんと看取ってあげれば、死は決してつらいものではないことを確信したのです。

在宅緩和ケアで穏やかに暮らす選択肢

私の在宅緩和ケアの現場では、病院で治療をやめたり、あるいははじめから治療を拒否した患者さんが、専門の医師や看護師やケアマネジャーなどの在宅スタッフたちの支援を受けながら、自宅で穏やかに暮らしています。

すでに死が近い終末期にもかかわらず、点滴などのチューブをつけている人や、酸素マスクを使っている人はごくわずかです。それどころか、食べたいものを食べたいときに食べ、家族との思い出話に花を咲かせ、テレビ番組に笑い声をあげたかと思えば、愛煙家はタバコまで嗜み、大好きな日本酒を寝酒に飲んでいる人もいます。

亡くなるギリギリまで自分の足でトイレに行くことなんてふつうで、外出をしたり、ゴルフを楽しんでいる人さえいます。

終末期の患者さんは、病院の手厚い医療から離れても、すぐに亡くなることはなく、こ うして生きたいように生きられる。そして、患者さんと家族が感謝の気持ちを伝えあって、 最期は眠るように穏やかに亡くなっていけるのです。

自宅で看取りを終えた家族は、悲しみや絶望ではなく、人生を最後まで自分らしく生き抜いた患者さんに、「おめでとう」と声をかけたいような、そんな満足感さえ表情に表れていることも少なくありません。

そもそも死は苦しいものじゃない

緩和ケアとは、重い病を抱えている患者さんやその家族の心身のさまざまな苦痛を予防したり、やわらげたりする医療のことです。一般的には病院の緩和ケア病棟で受けることができます。緩和ケアを専門とする医師のほとんどは病院の勤務医です。

一方、私は開業医として緩和ケアを行なっています。終末期に自宅で暮らしたい患者さ んをサポートするので、「在宅緩和ケア医」と名乗っています。

病院での治療をやめて、自宅で生きることを選んだ患者さんの中には、すぐに亡くなってしまう方もいます。しかし、その最期は、病院で見られる絶望的な「死」とはまったく異なり、みなさん穏やかな表情で亡くなっていきます。

私は病院医療と在宅緩和ケアの両方を見てきた立場として、こう断言します。「終末期の患者さんは、病院での延命治療をやめて、自宅に戻ってすごしたほうが人間らしく生きられる」と。

病院の医師は、人間の死がこんなにも穏やかなものだとは知りません。

病院が当たり前に行なっている治療をやめて、上手に支援すれば、多くの人が苦痛から解放されて、最期のときまで穏やかに生き抜くことができるのです。

人が死ぬということ

人は誰もが死にます。

だんだん元気がなくなり、だんだん食事がとれなくなり、だんだん歩けなくなり、寝ている時間が長くなります。そのうち水も飲まなくなり、トイレにも行かなくなります。そして、深い眠りに入って意識がなくなると、ついには呼吸が弱くなり、とうとう呼吸が止まります。それと同時に、心臓が止まる。

これが、人が死ぬということです。

その人の病状や残された体力によって、この経過が1日でくる人もいれば、数年かけて訪れる人もいます。基本的には、そこに悶え苦しむような体の苦痛はありません。

以前の私もそうでしたが、病院の医師はこのことを知りません。病院には治療の末に亡くなる患者さんしかいないからです。病院では死なないように懸命に治療した結果、患者さんは必ず亡くなっていきます。だから、治療するほうも治療されるほうも、精神的にもつらい。

穏やかな死とは、飛行機がゆっくりとソフトランディングしていくようなイメージです。経年劣化によってエンジンや翼はボロボロになってしまったけれど(歳をとって体中病気だらけだけど)、無理して燃料を詰め込まず(無理して食事や水分をとらず)、機体が骨組みだけになっても(ガリガリに痩せても)、死という運命に抗わずに、ゆったりと自分のペースで飛び続け、いつのまにか着陸している。そんなイメージです。

低空飛行となってゆっくりと着陸すれば、死は決してつらくありません。そして、このような穏やかな死を迎える場として、自宅ほどふさわしい場所はありません。

今の日本において、病院で穏やかに死ぬことは簡単ではないからです。

家で死のう! ――緩和ケア医による「死に方」の教科書

萬田緑平

2022年6月22日

1540円(税込)

単行本 240ページ

ISBN:

978-4—86680-924-3

眠るように
穏やかに死ぬための本
――なぜ病院で死ぬことは苦しいのか?

なぜ、病院で死ぬのは苦しいのか?
死そのものは本来、苦しいものではありません。しかし、病院で治療を続けると、体力の限界まで「生きさせられる」から苦しいのです。
――私はこの本で、人生の最終章には、「病院で治療する」という選択肢以外にも、治療をやめて「家で生き抜く」(それはつまり「家で死ぬ」)という選択肢があることを知ってほしいと思います。

病院での治療をやめて、自宅で生きることを選んだ患者さんの最期は、病院で見られる絶望的な「死」とは異なります。私は病院医療と在宅緩和ケアの両方を見てきた立場として、こう断言します。
「終末期の患者さんは、病院での延命治療をやめて、自宅に戻ってすごしたほうが人間らしく生きられる」

後編『なぜ、病院で死ぬのは苦しいのか? 緩和ケア医が明かす「死の現場」』はこちら
(7月1日17時公開予定)

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