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82歳で初海外の漫画家・つげ義春「海外翻訳版が長年刊行されなかった理由」

集英社オンライン / 2022年7月6日 10時1分

『アングレーム国際漫画祭』に招かれて82歳にして初めて海外に行った漫画家・つげ義春。『つげ義春 名作原画とフランス紀行』(新潮社)に収録されたフランス誌「ZOOM JAPON」の漫画祭に招かれる前のインタビュー(【聞き手】ジャンニ・シモーネ【訳】浅川満寛)から一部抜粋・再構成してお届けする。

漫画家・つげ義春、世界へ

2019年はマンガファンにとって「つげ義春の年」として記憶されるだろう。

長い間、ほんの少しの例外を除き、外国のファンはつげの物語を日本語でしか読むことができなかった。しかし、今年からフランス語版(訳注=版元はCornélius)と英語版(訳注=同Drawn & Quarterly)がついに出版開始される。どちらも1965年から1987年までの全作品を収録(訳注=全7巻)。これらの翻訳の承認をつげから得られるよう説得するのに、実に約10年がかかっている。



この81歳(インタビュー当時)の作家は、その波乱に満ちた人生と作品の特質の両方から、一種の「異才」と見なされている。最後のマンガを描いてから30年以上が経つつげは、マスコミやマンガ界とのほとんどすべての接触を拒否し、親しい友人の間で連絡を取り合うだけで、世間の監視から「消える」ことを試みている。「ZOOM JAPON」が、彼の住んでいる調布でこの独占インタヴューのために会うことができたのは非常に幸運なことであった。

「ZOOM JAPON」第87号(2019年2月)表紙

編集者の浅川満寛には、今回の会見に欠かせない協力をしてもらい、会話の場にも同席いただいた。

水木プロで働くために調布に引っ越し

――あなたは調布に長い間住んでいますね。調布はどんなところでしょう?

うーん……何というか……まあ、嫌いじゃないですね。最初にここに引っ越したとき、1966年頃でしたが、その頃はまだこのへんは田舎の村みたいだったんです。それまでは東京の都心に住んでいたのでびっくりしてね。当時まだ馬車を使って物を運んでいて。ごみごみした都心の方から引っ越してきたでしょう。周りに人がほとんどいない、静かな場所を見つけたのですごく……満足でしたね。そういう場所が自分に合ってるので。

――今はそうでもない? それほど好きではないでしょうか?

そうね。全然変わっちゃいました。もちろん、お店も、なんでもあるのでとても便利ですけど、特に駅周辺は少しごちゃごちゃしていてうるさいでしょう。自分の好みとはちょっと合わないです。

――水木プロ(原注=水木しげるのスタジオ)で働くために調布に引っ越したのですね。水木さんの仕事はどうでしたか?

悪くはなかったですよ。特別どうってこともなかったですけど。ってのは当時水木さんはすでに有名だったからあんまり知られてませんが、自分は実際、水木さんより2、3年早くマンガを描き始めたんです。だから水木さんから教わることは特にありませんでした。

僕が水木プロで仕事を始めたときに、もう若いアシスタントが何人かいたんです。背景を描く人はいたんですが、キャラクターを描ける能力と経験のある人が必要だったので、僕に声を掛けたんですね。水木さんは特に女性を描くのが苦手でしたから(笑)。

――あなたの女性キャラクターは確かにとてもかわいいですね。私のお気に入りの1人は「海辺の叙景」(単行本『つげ義春 名作原画とフランス紀行』収録)に登場する若いファッションデザイナーです。

実際、鬼太郎(原注=水木しげるの代表作『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公)以外、キャラクターをほとんど描いてました。

つげ義春と水木しげる

――仕事以外で水木さんと一緒にどこかに行ったりは?

なかったですね。水木さんは僕よりかなり年上だったし、共通点はホントに何もなかったから。共通の興味とか会話の話題もなくてね。水木プロ内でも、話すのは全部仕事についてでした。水木さんも静かなタイプですし。

(浅川満寛)でも、一度水木プロで旅行に行ったことがありましたよね。

ああそうね、行きました。北温泉(訳注=栃木県那須町)にね。

(浅川)つげさんと水木さんは性格的にもかなり対照的ではないですか? つげさんは真面目な、物事を深刻に捉えるタイプですが(笑)、水木さんはわりと楽観的で。

そうでもなかったですよ。水木さんは普段おどけて見せてたけど、実際はすごく繊細な人でしたから。

(浅川)実際、つげさんは水木プロではキャラクターを描くだけじゃなかったんですよね。当時、『ゲゲゲの鬼太郎』はアニメにもなってたし「少年マガジン」で週刊連載されてましたから、水木さんは毎週の締め切りに追われていて、ストーリーのアイディアがでなくなるとつげさんに助けを求めたと池上遼一さん(訳注=当時、水木プロのアシスタントの1人だった)から聞きました。「ゲゲゲの鬼太郎」のストーリーの中には、つげさんが考えたものもあるかもしれませんね。

――2019年から、あなたの作品はフランス語と英語の両方に翻訳されます。かなり長い待ち時間でしたが。

フランス語版と英語版の『つげ義春全集』より、それぞれの「ねじ式」(右/Cornélius, 2019)と「紅い花」(Drawn & Quarterly , 2021)の表紙。撮影=筒口直弘[新潮社]

なんでそんなに時間がかかったかですか……これは説明するのが難しいね……。僕はずっと人から注目されるのを避けてきたんですよ。脚光を浴びるのが苦手でね。静かに過ごしたかったんです。日本語で言うと「いて、いない」と言うんですが……。社会と関わりを持たずに隅っこの方に暮らして、とにかくほとんど目立たないようにという。

12時間くらい布団に入って…でもそれも悪くない

――あなたが生み出した多くの物語の中で、特に好きなものはありますか?

うーん……これまた難しいね……。だってもう頭が老化しちゃって、どんどん忘れちゃうから(笑)。

――(旅行中に撮った写真を何枚か見せながら)どうやってこの写真(温泉にいる裸の中年女性のグループが写っている)を撮ったんですか? つまり……あなたは男性ですから。

インタヴュアーが「どうやって撮ったか」と訊いているのは、この写真。
1969年8月に岩手県北上市・夏油(げとう)温泉で撮影。『つげ義春の温泉』(ちくま文庫、2012年)より一部画像処理して転載。

実は、この写真を撮ったのは女房なんです。でもそんな難しくないですよ。東北の混浴温泉ですけどね。田舎の山奥なんかだと混浴はまだ一般的なんじゃないかな。見てのとおり、写真に撮られることをみんな楽しんでるでしょう。

おもしろいのは、女の人の方が男よりも混浴に抵抗がないんだね。男性に裸を見られるのにも慣れてるし、恥ずかしがることもないんです。逆にこっちが変に意識してしまうと、向こうも気にしちゃう。

――地元の人々ですか?


いや、ほとんどは旅行者ですね。田舎だと生活のリズムも季節に従うから、農家が何もすることがない冬は時間がたくさんあるんですよ。そういうときは昔から、温泉でときを過ごして、普段きつい仕事で溜まった疲れを癒すんです。

――なぜそういう場所に魅力を感じるのですか?

古いだけじゃない、崩れて消えかけているようなものがなぜか好きなんですね。何かが消え去っていく過程で、時間の経過が人や物の痕跡を残す……そういうものに魅力を感じたんです。その意味で本州の最北端は最高だったんですよ……いい時期でしたね……。

立石(訳注=慎太郎)さんって友達とよく旅行したんですが……立石さんも数年前に亡くなっちゃいました。ただ北といっても北海道はそんなに興味なかったので行ったことないんです。いろんなものがわりと新しい感じがしたので。

――最近はあまり旅行してないみたいですが。

もう旅行に行くような体力がないんです。最近はもう、どこかへ行くといってもお買い得品目当てに近所のスーパーを自転車で回るぐらいで、主婦みたいな生活ですよ。洗濯をして、食料品を買いに行って、1日3食用意するだけで他に何もできない。

昔みたいに音楽を聴くとか映画を見るとか、本を読んだりする時間はほとんどないです。かわりによく眠りますね。僕ぐらいの年齢だと6時間程度の睡眠で十分らしいんですけど12時間ぐらい布団に入ってます。最近の生活はまあそんなもんですね。でもそれもそんなに悪くないです。

『つげ義春 名作原画とフランス紀行』(新潮社)

つげ義春 つげ正助 浅川満寛

2022年6月30日

2750円(税込)

単行本(ソフトカバー) ‏ 192ページ

ISBN:

978-4-10-602302-6

国際漫画祭に招かれて82歳の初海外、その全旅程に密着。さらに「海辺の叙景」等7作の原画を全頁掲載。新たな「つげ義春」を発見!

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