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“エンパワーメント映画”の元祖! 50年前の伝説の映画『WANDA /ワンダ』

集英社オンライン / 2022年7月9日 13時1分

監督・脚本・主演を務めたバーバラ・ローデンのデビュー作にして遺作となった1970年の公開の『WANDA /ワンダ』は、イザベル・ユペールやソフィア・コッポラ、ダルデンヌ兄弟など名だたる映画人が絶賛する幻の傑作。数奇な運命を辿った、元祖“エンパワーメント映画“の背景に迫る。

ハリウッドではまだまだ女性監督が少ないという現実

一般に“エンパワーメント映画”と呼ばれるジャンルの定義は、実は人によってかなり幅がある。女性(あるいは性的マイノリティ)の権利拡大に積極的に寄与している作品、といった捉え方から、単純に“女性監督による作品”、あるいは“カッコいい女性主人公が活躍することで、女性を元気にしてくれる作品”と広義に捉える人も。ここでは、男性目線での女性像ではなく、女性たち自身の立場から、“自分たちが共感できる女性キャラクターを映画で示そうと試みた作品”とする。



そもそも、監督が女性である場合にだけ“女性監督による作品”とわざわざ強調されること自体、それがまだまだ少ないからだ。米アカデミー賞は今年で94回を数えるが、その歴史の中で、2017年の第89回まで女性が監督賞にノミネートされたのは『セブン・ビューティーズ』(1975)のリナ・ウェルトミューラー、『ピアノ・レッスン』(1993)のジェーン・カンピオン、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)のソフィア・コッポラ、『ハート・ロッカー』(2008)のキャスリン・ビグローの4人のみ。受賞したのはビグローだけだった。

『ノマドランド』で作品賞、監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督。フランシス・マクドーマンドに主演女優賞ももたらした。
代表撮影/ロイター/アフロ

だが、直近の5年間では、『レディ・バード』(2017)のグレタ・ガーウィグ、『ノマドランド』(2020)のクロエ・ジャオ、『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)のエメラルド・フェネル、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021)のジェーン・カンピオンの4人がノミネート。ジャオとカンピオンのふたりが2年連続で受賞しているのだから、時代は確実に変わってきてはいる。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でアカデミー監督賞を受賞したジェーン・カンピオン監督
AP/アフロ

女性にとって演じたい役も演じさせたい役も少なすぎる

女優として一時代を画した人がプロデュースに進出した例だと、古くはサイレント時代のメアリー・ピックフォードが女優引退後にプロデューサーとなっているし、1972年に自らのプロダクションを設立し、『愛のイエントル』(1983)以降監督にも進出したバーブラ・ストライサンドなど先駆者がいた。

近年だと、リース・ウィザースプーンが「女性の役柄に幅がないから」という理由で製作会社を立ち上げてTVシリーズ『ビッグ・リトル・ライズ』(2017)を製作・主演し、エミー賞8部門、ゴールデングローブ賞4部門受賞と気を吐いている。注目の女性監督ジョージー・ルーク監督の『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(2018)でエリザベス一世を演じたマーゴット・ロビーもまた、自ら『ドリームランド』(2019)をプロデュース。強盗殺人で指名手配中の主人公を演じ、好意的な批評を勝ち取った。

だが、他人の企画では本当に演じたい役が巡ってこないという理由で、女優が自身で製作・脚本・監督・主演を兼ねて映画を作って先駆けといえるのは、『WANDA /ワンダ』(1970)であるに違いない。ペンシルヴェニア州の炭鉱町の主婦だった主人公が、『ドリームランド』のヒロインと同様、銀行強盗に加担することになるという、“放浪する女性”を描いた幻の傑作だ。

バーバラ・ローデン監督が生み出した幻の傑作『WANDA /ワンダ』

『WANDA /ワンダ』で主役のワンダを自ら演じたバーバラ・ローデン監督
©1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS

バーバラ・ローデンの『WANDA /ワンダ』は、まだ“エンパワーメント映画”などという言葉すらなかった1970年に製作され、同年の第31回ヴェネチア国際映画祭で『フェリーニの道化師』と並んでプレミア上映された。最優秀外国映画賞を受賞したものの、アメリカ国内ではほとんど黙殺され、日本でも、長らく「聞いたことはあるが誰も見たことがない映画」に甘んじてきた。

かくいう筆者もこのたびの初公開に合わせて行われた試写で初めて見たのだが、本作の世界的な復権と、劇場公開されることになった背景には、マーティン・スコセッシ設立の映画基金とGUCCIの支援によるプリントの復元作業、そしてイザベル・ユペール、ソフィア・コッポラといった映画人たちの熱烈な支持があったことを知った。

同時代の男性たちに過小評価され、女性批評家たちにも嫌われた理由は?

©1970FOUNDATION FOR FILMMAKERS

ローデン演じる主人公ワンダは、目的地もわからずに人との出会いと別れを繰り返し、彷徨いながら生きてきた女性。たまたま知り合って一夜を共にした男が銀行強盗を企て、その手助けをしながら人生を彷徨っていく、という、ある意味で場当たり的に生きている受け身の存在のように見える。

実はその点が、ポーリン・ケイルのような同時代の女性映画批評家たちに嫌われた。もっと積極的な意思をもって自分の人生を切り開いていくヒロイン像のほうがフェミニズムの立場からは支持しやすかったのだろうか。だが、ワンダは「私には主婦業は向いていない」と子供の親権も手放して夫と離婚、自ら放浪の人生を選んでおり、行きずりの男と誰とでも寝る訳ではなく嫌な相手であれば徹底的に拒絶する。つまり、ワンダはただ状況に流されるだけではなく、自己決定権を常に行使しているのだ。

1970年当時にこういったヒロイン像が男性に居心地の悪い思いをさせ、男性観客や圧倒的多数派の男性評論家たちに過小評価された可能性があることはわからないでもない。が、バーバラ・ローデンを擁護して作品を正当に評価しようとする女性批評家やフェミニストが現れなかった理由のひとつは、彼女が映画業界の“権威”そのものである、アカデミー作品賞・監督賞ダブル受賞2回(『紳士協定』1947/『波止場』1954)の巨匠エリア・カザンの妻だったことも関係していそうだ。

エリア・カザン監督に叩きつけた決別宣言としての『WANDA /ワンダ』

©1970FOUNDATION FOR FILMMAKERS

女優としてのバーバラ・ローデンは、カザンの『草原の輝き』(1961)で、主人公ウォーレン・ベイティの姉の役を演じたくらいしか知られていないが、舞台ではアーサー・ミラーの戯曲『アフター・ザ・フォール』のブロードウェイ公演(1964-65)でトニー賞を受賞した実力者。だが、以前から夫婦同然の関係だったカザンと1966年に結婚すると、夫の名声の陰で仕事をセーブし、カザンの子を産み育て、社会的には“エリア・カザンの妻”に甘んじてきた。だから、そのローデンが映画を作ったとしてもカザンという権威の庇護の下で機会を与えられたと思われたのではないか。

しかし、実際にはカザンとの結婚生活は破たんしており、新聞記事で見つけた事件に着想を得て『WANDA /ワンダ』のシナリオを完成させた彼女は、プロとしてカザンに監督を依頼したものの断られたのだという。ローデンは、たった11万5千ドルの製作費を捻出するのに6年を費やし、「彼女に独立の映画製作者になれるだけの資質があるとは信じられない」と言うカザンに対する決別宣言として、脚本・監督・主演を兼ねて映画を作り上げたのだ!

今こそ元祖“エンパワーメント映画”を堪能してほしい!

前述のごとくヴェネチア国際映画祭で賞を得るなど、ヨーロッパでは全く新しいアメリカ映画として喝采を浴びたものの、ほどなくローデンは乳がんに侵され、たくさん書いていたというほかのシナリオをひとつとして映画にする機会を持てぬまま、1980年に亡くなった。バーバラ・ローデンのデビュー作にして遺作ともなった『WANDA/ワンダ』は、「半永久的に保存する価値がある作品」825本の1本(2021年末時点)として、カザンの『紳士協定』、『波止場』、『エデンの東』(1955)、『アメリカ アメリカ』(1963)と並んで、2017年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。――半世紀前に、こんなに格好よく生き、死んだ女性映画人がいたことに思いを馳せ、元祖“エンパワーメント映画”を堪能してほしい。


文/谷川建司 構成/松山梢


『WANDA /ワンダ』(1970)WANDA 上映時間:1時間43分/アメリカ
ペンシルベニアの炭鉱町に住むワンダ(バーバラ・ローデン)は、夫から離別され、子供も職も失い、有金すらもすられてしまう。フラフラと夜の街を彷徨い歩き、一軒の寂れたバーでMr.デニス(マイケル・ヒギンズ)と名乗る傲慢な小悪党と知り合ったワンダは、彼に言われるがまま、犯罪計画を手伝うハメになる……。

配給:クレプスキュール フィルム
7月9日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
©1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS

公式サイト
https://wanda.crepuscule-films.com

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