暑い夏が近づきセミが鳴き始めると、リヴァー・フェニックスのことを必ず思い出す。
そのとき彼は鞍馬の山道で私の前を登っていた。背負ったリュックを放り投げたいほど私は背中に汗をびっしょりかいていたが、リヴァーはケロッとして私の前をどんどん行く。鞍馬寺の前でハイヤーを降り、リヴァーと6歳年上の彼女のアリス、通訳の私と数人のスタッフで、奥の院魔王殿を目指して歩き始めて、10分ほど経ったころだった。
足元を見ながらみんなのスピードについていこうと登っていて、ふと気になり顔を上げ、初めてリヴァーの姿が消えたと知ったときは、「どこへ行ったのよ」と、と戸惑うよりも腹が立った。だが、しばらくして、彼を見失う心配はまったくないと確信した。リヴァーはしばらく行くと必ず私を気にしてか振り返り、かなりこちらが遅れているのを確かめてから、山道から外れて、姿を消す。何度かそれを繰り返されたが、彼は必ず帰ってくる。見失う心配はまったくなかった。
ガス・ヴァン・サント監督、キアヌ・リーヴス共演の『マイ・プライベート・アイダホ』(1991)のPRのために、2度目の来日を果たした1991年9月。東京での仕事を終え京都まで足を伸ばして、京都の老舗旅館“柊屋”に2夜宿泊。その中日、鞍馬の山に登ることにした。誰が言い出したかは、記憶にない。