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数多のヤクザを自供させてきた元マル暴刑事の「コミュニケーションの極意」

集英社オンライン / 2022年7月14日 16時1分

日々、犯罪者を取り調べる刑事たちは、どのように言葉だけで相手を説き伏せ「究極の本音」ともいえる「自供」を引き出しているのだろうか。数々の事件を解決に導いた警視庁の元マル暴刑事・櫻井裕一氏に聞く。

「顧客の本音を聞き出すには」「上司を説得するには」など、コミュニケーションに悩みを抱えるビジネスパーソンは多い。では、日々犯罪者を取り調べる刑事たちは、どのように言葉だけで相手を説き伏せて「究極の本音」ともいえる「自供」を引き出しているのだろうか。

2021年に著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』を出版した、警視庁の元マル暴刑事・櫻井裕一氏に、ビジネスにも生かせる「コミュニケーションの極意」を聞いた。

「命を人質にされた相手」を説得するには

――著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』を拝読しました。身内同士の争いで殺人を犯したヤクザを取り調べ、自供へと導く場面は、息を呑むような緊迫感でした。

ヤクザもんの背後には組織がありますから、そう簡単には口を割りません。『マル暴』にも書きましたが、場合によっては、組織から「裏切れば身内も含めて皆殺しにするぞ」と脅しが入ることもあります。その状況でも、自供を引き出さないといけないのが、マル暴の仕事です(櫻井さん、以下略)。

――命を人質に取られている相手を説得するのは、究極の交渉です。しかし櫻井さんは、最初からそうした交渉術を身に付けていたわけではないですよね。

もちろんです。警察学校を卒業した後に配属された赤羽署での交番勤務時代には、ヤクザもんの扱いに手を焼きました。昭和のヤクザもんは、今と違ってやりたい放題。我が物顔で街を闊歩し、少し肩がぶつかっただけのカタギをボコボコにして、大怪我させたりする。しかも制服の警察官をハナから馬鹿にしていて、110番通報で現場に行っても「マッポはあっち行ってろ!」と歯牙にもかけない。

―どうやってヤクザに毅然と向き合えるようになったのでしょうか。

マル暴を目指すようになったころから、街にいるヤクザもんに意識的に声をかけるようになりました。最初は相手にもされませんでしたが、だんだんと顔と名前が覚えられて、顔見知りになっていく。冗談も交わしました。「今日は泊まり勤務だから、悪さをしたら俺が捕まえにいくからな」とか(笑)。

そのうちに「ヤクザも人間だな」と感じるようになりました。暴力的で悪いやつらなんだけど、本質的には我々と同じ人間なんですよ。金がなければ苦しいし、身内が死ねば悲しい。ヤクザもんは喜怒哀楽の「怒」が突出しすぎているだけで、備わっている感情は普通の人間と同じなんです。育った環境の影響で、普通とは異なる道を歩んでしまっただけで。

そういうふうに考えると「ヤクザは怖い」とは思わなくなります。「警察官対ヤクザ」という関係性ではなく、「人間対人間」として向き合えるようになるんです。

―相手の人間性に目を向けることが大切だと。

そうです。それは取調べでも同じです。ヤクザもんは組織を背負っている。そういう相手をどうやって自供させるかといえば、人間性に訴えるしかない。人間性といっても「かあさんが〜夜なべをして〜」などと歌って、泣き落とすわけじゃない。しっかりとホシの性格や背景を押さえて、人間対人間で向き合うことで「櫻井って刑事は信用できる」と感じ取らせるのが大切なんです。

信用を得るためには「よその話はしない」が鉄則

――「信用される」ことは、ビジネスの現場でも非常に重要だと思います。ヤクザに自らを信用させるうえで心がけていたことはありますか。

まずは、相手のことを深く知ることです。特に大切にしていたのは組織の沿革。ホシの組織の成り立ちから、今に至る流れを徹底的に勉強します。それが相手の心を開かせる第一歩です。

ビジネスでも同じじゃないですか。商談の相手が自社の歴史や商品に精通していれば、「信用できる人だな」と思うでしょう。

――たしかにそうですね。

私は現職時代に、ヤクザ実録物の映画や書籍に片っ端から目を通しました。それに、ホシを逮捕する前には、相手組織の歴史を改めて見直して取調べに備えたものです。若いヤクザもんは組織の歴史を知らないことが多いから、こちらが教える側になることもありました。「お前のところの初代はな…」とかいって懇々と語ると「へぇー」と感心されるわけです。

――相手を上回るほど、相手の組織について知るようにした、と。そのインプットを面倒に思ったり、手間を惜しんだりする人は多そうですが……。

ダメダメ。そこは惜しんじゃいけないんです。仮に簡単な基礎知識だけ大まかに把握したとしても、人間は一人ひとり違いますから、基礎知識だけではカバーしきれないコミュニケーションも当然出てきます。

その部分に対処するためには、深い勉強が必要になる。新卒の入社面接を受けるときは、その会社のことをしらみつぶしに調べるでしょう。それと同じ姿勢で臨まないと、本当の意味での信用は得られないと思いますよ。

それともう一つ、信用を得るうえで重要なのが「よその組織の話はしない」ということです。例えば、稲川会のホシには稲川会の話しかしない。「住吉会はこう、山口組はこう」なんて話は絶対にしません。もちろんさまざまな組織の情報は入ってくるので知っていますが、それは絶対に言っちゃいけないんです。

――それはなぜでしょう。

例えば、商談の席で、相手の会社の競合他社の内情をペラペラ話したとしますよね。相手はどう思うか。「この人はウチのことも他社にペラペラ話すんだろうな」と思われますよ。すると相手は心を閉ざして、本音を話さなくなる。信用は一気に崩壊します。

ヤクザもんも同じで「この刑事は口が軽いな」なんて感じたら、絶対に身を固くしますね。だから私は、取調べでホシに「他の組はどうなんですかね」と話を振られても、「分かんねえなあ」「どうだろうなあ」と必ずはぐらかしていました。

――話しすぎる方の背景には、自らの優秀さや知識量を誇示したい自己顕示欲があるような気もしますが。

いくら「俺はすごいんだ! 頭がいいんだ!」と誇示したところで、「お前に興味ねえよ…」と思われたら、交渉はそこで終わりでしょう。目指すべきなのは、優秀さを分からせることではなくて、信用されることです。人間として信用されれば、何も働きかけなくても、自然と相手から本音を話してくれますよ。

「できないことは、できない」と言うべし

――「相手を深く知る」「よその組織の話はしない」。ビジネスパーソンが生かせるコミュニケーション術だと思います。そのほかに、取調べで大切にしていたことはありますか。

嘘をつかないことです。私は、取調べの技術指導を行う取調技能指導官でもあったので、若手刑事などに講義をする機会も多かったのですが、「嘘をつくな」と必ず教えていました。要するに、できないことは「できない」と言えと。

取調べでホシはいろいろなことを要求してきます。これをやってほしい、あれはできないのかと。もちろん、逮捕されているホシの処遇には厳格な規則がありますから、大抵の要求には答えられない。しかし経験の浅い刑事は、ホシの供述を引き出すために、そこを曖昧にして期待を持たせるようなことを言ってしまう。それは絶対にダメなんです。

変に期待を持たせてしまうと、要求が実現しなかったときに、取り返しのつかない失望を与えてしまう。だから、絶対に嘘はついちゃいけないんです。「規則で決まっているからできないんだ」とハッキリと伝えなきゃいけない。

――できないことは「できない」と言う。営業などの交渉でも必要になりそうです。

相手を期待させておいて、それができないとあとから分かったときの失望は絶大です。個別の商談だけでなく、相手との付き合いそのものが終わってしまうかもしれません。そうならないためにも、しっかりと「できません」と言える心構えはしておいたほうがいいでしょう。

暴力団本部に乗り込むのは日常茶飯事

――顧客や上司とのコミュニケーションに悩みを抱えるビジネスパーソンは多いと思います。何かアドバイスはありますか。

いろいろと話しましたが、私は誰かに習って、これらの教訓を得たわけじゃありません。すべて経験から築いていきました。取調べに同じパターンのものは一つとしてありません。人間は一人ひとり違うからです。だから、ホシとのコミュニケーションの仕方を相手によって変化させられるようになるまでに、多くの経験が必要でした。

ビジネスも同じじゃないですか。まずは経験を重ねる。そのなかで試行錯誤して成長していく。そもそも経験を重ねないと「成長したい」という意欲も湧いてこないと思います。

――「まずは経験」だと。

いくらパターンを学んでも、いきなりヤクザもんとガチンコで対決できるような人間はいませんよ(笑)。 私も経験を重ねるなかでヤクザもんに対峙できるようになったんです。よってビジネスパーソンにも、苦手な上司や取引先から逃げずに、積極的にコミュニケーションを重ねていくことをお勧めしますね。

取材・文/島袋龍太、撮影/塩川雄也

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