東北一の歓楽街、仙台市国分町。キャバクラやスナックなどがひしめき合うこの街の一角に、昭和レトロな門構えの小さな店がある。ハンバーガーやサンドイッチなどを提供する「ほそやのサンド」だ。
仙台市民に愛されて約70年、老舗ハンバーガー店が守り続けるもの
集英社オンライン / 2022年7月17日 16時1分
宮城県仙台市に、日本最古と評判を取るハンバーガー店がある。シンプルな具材に掛けられるのは秘伝のソース。だがわずか12席の店が大震災、コロナ禍とくぐり抜けてこられた理由はそれだけではない。店を守る親子に取材した。
創業70年余で130万個以上売れた
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仙台市国分町のど真ん中に店を構える「ほそやのサンド」
創業は1950年。米マクドナルドが日本に初出店する20年以上も前から存在するこの店は、日本に現存する最古のハンバーガーショップと言われており、長い間、仙台市民をはじめ、多くの人たちの胃袋を満たしてきた。
看板商品の「ハンバーガー」(税込350円)だけで、一日40〜50個売れる。創業から70年余りで累計販売数は130万個以上。作り置きをせず、客からの注文が入ってからパテを一枚一枚丁寧に焼く。手間ひまかけたこその美味しさが人気の秘密だ。
「出来立てが一番美味しいからね。それを食べてもらいたい」と、2代目オーナーの細谷正弘さん(69)は話す。
さっそくハンバーガーをオーダーすると、ジューという音とともに、店内には牛肉を焼く香ばしい匂いが充満する。5、6分ほど経って、「お待たせしました」とカウンター越しにお目当てのものが出てきた。
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国産牛を使ったパテは、見た目以上にボリュームがあって、腹持ちがいい
市内のパン屋に特注するバンズに、具材はハンバーグと玉ねぎのスライス、それにオリジナルのソースのみ。素朴だが、後を引く美味しさだ。
「親父の代からいろいろと試してみたけど、結局、オリジナル(ハンバーガー)が一番うまいということが分かったんです」
父であり、初代オーナーの細谷正志さんから店を引き継いで12年。ハンバーガーのレシピは基本的に変わっていない。
「甘めのパンに、辛めの味付けのソース。それに肉の旨みがある牛100%のパテ。同じレシピで他の人が作っても、多分真似できないと思う。そのくらいの域に達したと思っています」と正弘さんは自信をのぞかせる。
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基本的にレシピは先代オーナーのときから変わっていない
ほそやのサンドは1950年に山形県神町(現・東根市)で産声を上げた。戦後、米軍基地のNCO(下士官)クラブで働いていた正志さんが当時は珍しかったサンドイッチやハンバーガーの調理技術を教わり、多くの人たちに食べさせたいとオープンした。
「ハンドバックください」と言われたオープン当初
国分町に出てきた当初はあまり売れずに苦労した。
「一番町(仙台を代表する商店街)の旦那衆から、サンドイッチやハンバーガーといっても皆わからないよと忠告されて、ひどいときはお客さんから『ハンドバッグください』と言われたみたい」
そんな中で店の売り上げを支えてくれたのは、東北学院大学など近隣の学校に勤めている外国人の先生たちや、新しいもの好きの新聞記者などだった。彼らが宣伝してくれて、徐々に仙台市民にも浸透していった。
そして、71年にマクドナルドが東京・銀座に第1号店を出したことで、日本人にとってハンバーガーが身近なファストフードになった。その影響は大きく、ほそやのサンドにもこれまで以上に客が詰めかけた。店の前の通りは、「虎屋横丁」ではなく「細谷横丁」と呼ばれたほど。
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店内の様子
二枚貝の研究者からの転身
両親が切り盛りするハンバーガー店の息子として生まれ育った正弘さんだったが、自身は50歳手前まで飲食業とは無縁のキャリアだった。
大学卒業後、二枚貝専門の研究者として、東北大学の教授が立ち上げた水産関連の研究所に就職した。仕事は充実し、インドネシアやニュージーランドなど海外を転々とした。
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細谷正弘さん(左)と、長男の暁裕さん(右)。真ん中に立つのは、店のマスコット人形のダンディーくん
ところが、1989年に母が亡くなったことで状況が徐々に変わり始める。
「親父からは何も言われなかったけど、店を手伝ってくれていたもう一人の方からはよく電話で『いずれ戻ってこないと駄目だぞ』と諭されました。私も兄弟がいればそっちに任せられるが、なにぶん一人っ子なので」
01年、意を決して48歳で研究所を退職。店に立った正弘さんはすぐに新しいメニューの開発に挑戦した。その中で今なお人気商品となっているのが「ジャンボバーガー」だ。パテはハンバーガーの倍となる130グラムで、味付けにグレイビーソースを使っている。
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二重線でメニューから消してある「オープンサンド」は失敗作だとか
正弘さんは正志さんの右腕として、店を盛り立てた。02年にはハンバーガーの売り上げが累計100万個を突破した。
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テイクアウト用の紙袋。レトロ調のデザインがいい
今なお変わらずこの店が愛される理由はいくつかある。冒頭に述べた、他にはそう真似できない美味しさに加えて、約10年変えていない価格も魅力的。国産牛100%で作るハンバーガーが350円と、値ごろ感がある。本音はもう少し値上げしたいが、「お客さんが喜んでくれるからギリギリまでやろうと思います。コロナの助成金で多少余裕もできたので、まだ頑張れるかな」と正弘さんはつぶやく。
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オリジナルの包装
味以外の人気の秘密
客層もが幅広い。年配客ばかりの日もあれば、若いカップルが多い日もある。中には親子3世代の常連客もいる。「なぜそんなに皆さん通い詰めるんですか?」と問うと、「いや、わからないですよ」と正弘さんはぶっきらぼうに答えたが、しばし沈黙の後、こう口を開いた。
「親父がよく言われていたのは、人柄の良さ。皆さんが食べに来てくれたのは、親父の人柄がにじみ出てくるハンバーガーだからじゃないですか。その点、私はつっけんどんで、あまり喋らないし、冷たく暗いですよ(笑)」
正弘さんの長男で、現在は共に店で働く暁裕さん(31)も、正志さんの人柄を懐かしむ。
「おじいさんは本当に優しい人でした。怒られことはほとんどない。歳を取ったらああいう人になりたいなと思っていました」
正志さんは2010年に83歳で亡くなる直前まで店に立ち続け、最後までハンバーガーに人生を捧げた。
「工夫を重ね、ハンバーガーのレシピを変えないで済むほど高いレベルにしたのは親父のおかげ。うちの神さまみたいな人ですから。ありがたい話です」(正弘さん)
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店内の奥には正志さんの写真が飾ってある
客の「美味しかった、ありがとう」が励みに
年中無休も、ほそやのサンドの売りだろう。長年休まずに店を開け続ける原動力は何か。
「お客さんからお金をいただいて、さらに、美味しかった、ありがとうと声をかけてもらえると嬉しいですよ。そこまで言ってもらえるなら、やれる限りはやっていこうかなという気持ちになります」
一方で、長く商売をしていると辛い目にもあう。
「ときどき思い出すのが、東日本震災以降、来なくなっちゃったお客さんがいるんですよね。それまではよく通ってくれた、名前も知らないお客さん。沿岸部に住んでいたんだよね……。天国に行ってから、あのときはこうだったんだよと話ができればと思っています」
コロナ禍でもほそやのサンドは休みなく営業を続けてきた。ただ、まだ以前のような状況には戻っていない。「コロナになってからは仕入れを7割ほどに減らしています。夕方までには売り切れて、早めに店を閉めちゃっているのが申し訳ない」と正弘さんは首を垂れる。
コロナ禍が終息して、12席しかない店内で客同士が肩を寄せ合いながらハンバーガーを頬張る姿を見たいと、正弘さんは願っている。その先に見据えるのは、創業100年という目標だ。仙台の人たちにハンバーガーを知らしめた初代の思いを絶やさず、これからも2代目、3代目でこの暖簾を守り抜いていく。
撮影・文/伏見学
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