名著『スマホ脳』の著者が断言!「幸せ」をゴールにしてはいけない理由
集英社オンライン / 2022年7月20日 11時1分
現代では4人に1人がうつや強い不安といった精神的な不調を経験するといわれている。多くの人が精神的に苦しまず、幸せに生きる方法はないのか? 『スマホ脳』著者、アンデシュ・ハンセン氏が最新作『ストレス脳』で説く「幸福への向き合い方」にそのヒントがあるという。
「幸せ」になりたいなら幸せを無視すること
ハンセン氏の新刊『ストレス脳』の最終章にあるのが「幸せの罠」。それは幸福幻想論とでもいうべき、幸せの概念を覆す内容になっている。
「幸せ(happiness)については、もっと真剣に受け止め、しっかり研究されていくべきものと思います。いままでそうした研究があまりされてきませんでした」
研究の世界では「幸せ」の定義は、すでになされてはいる。
「幸せとは、人生の方向に対する長期的な満足度と定義されています。この幸せには、他人との関係性を保てているか、また、家族、友人、人びとのために貢献できているかといった要素が必須です」
つまり、幸せとは、この瞬間において最高の気分であることではなく、長期的に自分の人生に意義を感じられること、となる。たしかに瞬間的なよい気分よりも、人生の意義を見いだすぐらい長期的な意義を得ようとするほうが、より幸せになれるような気がする。
ところが、『ストレス脳』で、ハンセン氏はこう述べるのだ。
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スウェーデンで現役の精神科医として勤務するハンセン先生
<その定義に賛同できて、幸せになるために最大限の努力をしたいなら、一番重要なのは幸せを無視することだと私は思う>
瞬間的か長期的か云々でなく、まずそもそも幸せなんて考えないほうがいいというのである。根底を覆されたような気分だが、もちろんそうすべきとするハンセン氏の理論がある。
広告が提示する幸せの押し売りに要注意
「私たちは、常に経験と期待を比べながら生きています。けれども、『自分の経験からすると、期待をかなえるのは自分には無理』と感じ、むしろ不幸な気持ちになってしまうのです」
経験より期待が高すぎるということか。だとすれば逆に、「これなら自分でもかなえられそう」と感じられるぐらいの期待をかなえようとすれば、幸せになれるかもしれないのでは?
だが、現代社会がそれをさせてくれない。
典型例として、ハンセン氏は広告の存在を挙げ、「広告はすべてプレッシャーになります」という。
「たとえばビーチで友だちと遊びながらドリンクを飲んでいる光景が広告では描かれます。こうした表現のすべてが、広告を見た人たちにはプレッシャーになるのです」
どの広告も、この商品で幸せを得られると期待を抱かせ、「幸せは自分で選ぶものだ」と迫ってくる。「たまには最悪な気分でもいいんだよ」と諭してくれるような広告はない。
私たちは、理想的な幸せのイメージで期待を提示する広告を大量に浴びながら日々過ごしているわけだ。では、広告が訴えてくる数々の理想的な幸せを、私たちはどれだけ実現できるだろうか。美しい南国で夕焼けをバックに仲よさそうな人々が過ごしているようなひと時を、自分もかなえられるだろうか。多くの人が多くの広告に対し、「自分の経験と比べたら、この期待に添うのは無理」となるのが自然だろう。
「人間の進化という意味では、これらのプレッシャーは非現実的といえます。人間にとっての本来のプレッシャーとは、新しいことをするための動機づけの感情です。失敗が明らかなら、その動機は消えてしまいます」
情報を浴びれば浴びるほど、自分はそこに示された幸せをかなえられそうにないと感じるようになる。フェイスブックでみんなからこんなに幸せですという情報を大量に浴びせかけられると、人は自分は孤独な人間だと感じてしまうということを、ハンセン氏は『スマホ脳』でも指摘していた。
幸福感は消えてしかるべき
自分の経験からすればかなりの背伸びをしたりして、どうにか幸せを得られたとしよう。だが、その幸せはすぐに消えてしまう。さきほどハンセン氏は、「ヒトにとっての本来のプレッシャーとは、新しいことをするための動機づけ」といった。
つまり、新しいことをするには動機づけが必要となるが、もし仮に幸せがずっと続いたら、もうそれ以上、人は動機づけされなくなり、新しいことをしなくなってしまう。これは、脳にとっては困った事態である。脳は、その人を生き延びさせ、遺伝子を残すために、感情というしくみで、その人に新たな動機づけをあたえ続けなければならないのだから。
満足が続いたら、新しい食べものを探すモチベーションは起こらない。
このことから、<幸福感は消えてしかるべきなのだ>とハンセン氏は述べている。
幸せは人生の目的ではない
現代社会で幸せを得ることはかなりむずかしく、逆に幸せへの期待がプレッシャーになる。
たとえ幸せを得られたとしても、その幸せはすぐ消えてしまう。ここまでのハンセン氏の話をまとめるとこうなる。
いま世界では、ウェルビーング(Well-being)の考えが広まっている。この言葉は、1946年の世界保健機関(WHO)憲章草案で、「健康」を定義するなかで用いられたもの。ウェルビーングそのものの定義はいろいろと言われているが、持続的な幸福と説明されることが多い。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)のゴール年は2030年。ポストSDGsの新たな世界目標を有識者たちが考えているなかで、ウェルビーングを推す声もあるという。
だが、ハンセン氏の話からすると、幸福を想起させるウェルビーングをゴールに掲げた世界は、うまく進んでいけるのだろうかと疑問符がつく。世界中の人たちが新たなゴールとして示された幸福のかたちを強く意識し始め、自分の幸福と他人の幸福をいまより比べるようになり、みんながプレッシャーや諦めを感じるようになりはしないだろうか。
幸福を実現できた人は、さらに脳の働きによって新たな行動を動機づけされ、幸福の過度な追求に走ることにならないだろうか。
「幸せとは、人との関係性のなかで生じる副産物なのだと私は考えています。幸せはゴールにはなりません」
ハンセン氏は、こう言い切った。
取材・文/漆原次郎 通訳/久山葉子
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