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賢人イニエスタが激怒!? プロスポーツに求められるモラルとは何か?

集英社オンライン / 2022年7月21日 14時1分

途中交代に不満でイニエスタが激怒!? 世界的名サッカー選手にして人格者と名高いイニエスタの行為からプロスポーツに求められるモラルについて考える。

謙虚で温和な世界史上最高のサッカー選手

2022年7月9日、J1リーグ第21節ジュビロ磐田対ヴィッセル神戸(ヤマハスタジアム)の一戦で、”小さな事件”が起こった。

神戸のスペイン人スター、アンドレス・イニエスタが後半途中で交代を命じられた。ピッチを去り際、不満そうな顔を見せている。そしてベンチ前で足を振り上げ、何かを蹴る仕草をしていた。

試合後、その不服従と規律を欠いた行為が批判の的になった。質問を受けた神戸の吉田孝行監督は「絶対にあってはいけない」と強調した。クラブ内外へのアピールのためか、「子供たちに見せられない」とまで言った。



しかし、ことさら責めるような行動だったのか?

イニエスタは世界的サッカー選手である。FCバルセロナの中心選手として長く活躍し、あらゆるタイトルを獲得。スペイン代表としても二度の欧州選手権優勝、一度のワールドカップ優勝を経験している。

そのプレーは38歳になった今も、言語を絶する。仙人を思わせる細身の身体だが、相手の力を利用し、簡単に入れ替わる。そして卓越したビジョンと輝かしい技術で、魔法のようなプレーを展開。肉体的利点を使わず、破格のボールゲームをする点で、「世界史上最高のサッカー選手」と言えるだろう。

だからと言って、至って驕りはなく、謙虚で温和な人物だ。

故郷のクラブであるアルバセテが財政的にクラブ消失の危機にあった時には、真っ先に手を差し伸べた。ユース時代の親友、ダニ・ハルケを心筋梗塞で亡くした後、南アフリカW杯で決勝ゴールを決め、Tシャツにメッセージで追悼した話は語り草である。

神戸でも誰にでも分け隔てなく接し、親日的な姿勢を崩さず、サッカーに対する姿勢は誰よりも模範的だ。

真のチャンピオンとしてのメンタリティ

そのイニエスタが、交代後に何かを軽く蹴った――。

試合全体を見れば、情状酌量の余地があるのは分かる。イニエスタは前半から何度となく、神がかったスルーパスを通している。クロスに入り、ゴールにも迫った。後半に入っても攻撃をけん引し、相手ディフェンスが寄せられないポジションを取ってプレーメイク。高い位置でボールを持つと、ワンツーを使いながら次々と守備を篭絡した。

それでも交代を命じられることになった。スコアレスのまま、ピッチを去らざるを得ない。その無念さに身を捩り、衝動を抑えられなかった。

「試合で負けて一番怒っているのは、実はアンドレス(イニエスタ)だよ。温厚そうに見えるし、それがアンドレスだが、勝負事にはなかなか折り合いをつけられない。だからこそ、彼は真のチャンピオンなんだ」

かつて神戸を率いたファン・マヌエル・リージョはそう語っていたが、今回の”小さな事件”の真相は、この証言にすべて集約されている。

負けず嫌い、勝者のメンタリティ、王者の資質、呼び方はいろいろあるが、勝ち進んでいく選手は、”敗北”を強く憎む。ここで言う敗北とは試合の負けもその一つだが、自分のプレーが思うようにチームの勝利に直結しない、など、ふがいなさ全般を指す。その反発心は、裏返せば虚栄心のようにも受け取られるが、うまくいかない自分を許さないことでプレーを叱咤し、さらに進化を遂げられるのだ。

無論、そのプロセスで直接的な悪意をぶつけてはならない。審判に頭突きをしたり、監督の胸倉をつかんだり、同僚選手を殴ったり、敵に対して罵詈雑言を喚き散らしたり、人への「暴力」は言語道断である。引かれるべき一線はあるだろう。

闘争心むき出しの選手とどう向き合うべきか

しかし、イニエスタは一線を越えていない。

交代する大迫勇也とは両手をタッチし、整然とピッチに送り出している。監督とひと悶着があったわけでもない。ベンチの前を通りながらチームメイトやスタッフとあいさつする中、やや不満げな顔を見せ、ぶつぶつと口を動かしたが、一連の儀式をやり切った。その最後に何かを蹴っただけで…。

スペインでは、この程度の悪感情が出ることはしばしばで、モラルをとやかく言う輩はいない。

監督を含めた周りは、戦いで熱くなった選手とどう付き合うべきか、心得る必要がある。ピッチに立つ選手は闘争心むき出しで戦っているだけに、普通の状態ではない。交代に対して選手が明らかに不満を抱えている場合、交代時に握手など求めないことだろう。一時的に熱くなった選手に「服従」を求めるような握手や不要の声掛けは、とても危険である。

なぜなら選手自身、手を伸ばし、首肯することが「自尊心の降伏」に思えるからだ。

そこで手を振り払った場合、自らを追い込むことになる。しかし、理性で自制できない。本能的にそれを振り払ってしまうことがあるのだ。

例えば今年4月、セレッソ大阪の乾貴士が交代時に監督の手を振り払い、ベンチに戻っても悪態をつき、退団にまでこじれてしまった。行動の責任はすべて乾自身にあるとはいえ、同情の余地もある。納得できない交代で、公然と服従を求められるのは、大恥をかかされた気分になる。

そこで揉めたことが大きく煽られて、退くに退けなくなったのではないか。

賢人イニエスタも、一人の人間

監督が交代を命じた選手に手を指し伸ばし、その返しを要求するのはエゴの一部である。あるいは心からの労りの場合があったとしても、封建的な関係が滲む。

時として、とても尊大に映る悪手だ。

海外の有能な指導者は空気を読む。怒りをため込んでいる選手の去り際には、むしろ取り合わない。不満分子になるなら改めて対話するが、健全な集団では、「あの時は熱くなってしまった」と反省する選手がほとんどだ。

一過性の出来事を周りが誘発させ、煽り、「子供に見苦しい」ともっともらしい”お叱りの言葉”を吐き、何の意味があるのか? 真面目さや勤勉さは悪いことではない。安易なモラルの押し付けは、スポーツ自体をつまらなくするだけだ。

賢人イニエスタも、一人の人間である。目の前の一戦に人生を懸けて熱く戦い、それが交代でややネガティブな方に出たのだろう。「年齢を考えて次もあるから温存」というベンチの判断を頭ではわかっていても、「今日はせっかく、いいプレーができているのに」という口惜しさで…。

「戦術的な交代。イニエスタも、大迫も勝利に貢献してくれた」

監督がそう軽くあしらえば、十分の一件だったと言えるだろう。

取材・文/小宮良之 写真/Getty Images

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