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なぜITベンチャーが「授乳室」を作っているのか。Trim社が思い描く日本の子育ての未来像

集英社オンライン / 2022年7月22日 13時1分

日本の出生数は過去最少を記録し、妊娠出産支援や子育て環境の整備が大きな課題に。そんな環境下で個室型授乳室を展開するTrim株式会社は、アプリ事業から現在の事業へ軸足を移したという。その真意を聞いた。

厚生労働省によれば、2021年の出生数は81万1,604人。前年を約3万人下回り、調査開始以来過去最少を記録した。今や、妊娠・出産の支援や子育て環境の整備は、国の最重要課題となった。そうしたなかで、独自のアプローチで子育ての課題解決に挑む企業がある。横浜市に本社を置くTrim株式会社だ。

同社が提供しているのは、可動型ベビーケアルーム「mamaro™️(ママロ)」。畳一畳ほどのスペースで授乳、おむつ替え、離乳食などが行える個室型のベビーケアルーム室だ。プライバシーが確保されており、男性も利用しやすいため、子育て世代から厚い支持を得ている。2017年の販売開始以来、商業施設や駅などに導入が進み、2022年7月には導入台数400台を突破した。


mamaro™️(外観)

なぜ、ITベンチャーであるTrim社が「授乳室製造」という“大掛かり”なビジネスに乗り出したのか。その経緯やmamaroに込めた思いを、代表取締役の長谷川裕介氏に聞いた。

mamaro開発の経緯―アプリでは「お出かけの課題」は解決できなかった

――今月、mamaroの導入実績が400台を突破されたとお伺いしました。おめでとうございます。

長谷川さん(以下略):ありがとうございます。コロナ禍で既存の授乳室は多くの利用者がいるため、抵抗を感じる方が増え、mamaroのような個室授乳室が求められているようです。最近では、商業施設や自治体の施設だけではなく、神社や病院にも導入が増えてきました。導入が増えているということは、社会に求められる製品を作れているのかなと、少し安心しています。

Trim株式会社 代表取締役 長谷川裕介氏

――創業時はアプリ事業の会社だったんですよね。

創業事業は、mamaroとともに提供しているアプリ「mamaro GO」の前身のサービスでした。当時は授乳室の設置場所をユーザーが投稿してシェアするアプリで、前職で勤めていた会社が運営していたんですが、サービスを停止することになって。そのため僕が買い取って、この会社を立ち上げました。

――個人で事業を買い取られたんですね。それだけ思い入れがあったわけですか。

思い入れというより「できなかった親孝行の代わり」という感覚です。僕が20代の頃に母が亡くなっていまして。自分の母に何もしてやれなかったので、世の中のママ・パパを少しでも手助けしたいなと思っていました。

それに、アプリを通してママ・パパたちから感謝の声をいただけるのが単純に嬉しかったんです。僕は広告業界が長かったこともあり、それまではビジネスライクに仕事に向き合ってきました。でも、授乳室アプリでは、何の見返りもないのに授乳室の情報を投稿するユーザーがいて、その情報に助けられた方から感謝の声が続々と寄せられて…。

その善意の輪のようなものに触れ、「この事業を続けなきゃいけない」という使命感が芽生えました。

――その後mamaroの事業を始めますが、ものづくりを始めるきっかけは何だったのでしょうか。

起業して1年ほど経ったころ、授乳室の投稿数が頭打ちになったんです。ユーザー数は増えているのに、投稿数は約1万3,000ヶ所から増えていかない。当初は「全国の授乳室を網羅したのかな」と、のんきに受け止めていたんですが、よく考えてみるとこれは大問題だと。

当時、日本では年間100万人の子どもが生まれていたんですが、それに対して授乳室1万3,000ヶ所では、圧倒的に数が足りません。単純な相対比にすれば、2%にも満たないです。

ということは、アプリでどんなに情報を提供しても、本質的には何も解決していないですよね。足りないのは「授乳室そのもの」だから。

そこで百貨店や商業施設に話を聞きに行くと、施設側には授乳室を増やしにくい事情がありました。授乳室を設けるためには、工事や消防設備の増設などで数百万〜数千万円単位でお金がかかると。

一方で、ママ・パパたちにも話を聞いてみると、一般的な授乳室はカーテンで仕切ってあるだけで周囲が気になったり、パパが入れなかったりという不便さを感じていました。

この課題を同時に解決するには「自分で作る」しか答えがなかったんです。それがmamaroの製造を決意したきっかけですね。

「この個室、めっちゃ便利」―Instagramへの投稿が苦境を乗り越える原動力に

――とはいえ、ものづくりへの進出に戸惑いはありませんでしたか。多額の初期投資が必要ですし、在庫も抱えなくてはいけません。ITビジネスとは勝手が異なるように思いますが。

今、振り返ると…どうかしていますよね(笑)。当時の自分に声をかけられるなら「いったん落ち着け!」と言います。

ただ私は本質的解決を求める性格なのか、課題が解決できるなら手段は何でもいい。「ソフトで解決できないなら、ハードを作ればいいじゃない」というのが、当時の心境でした。

最初にmamaroの最初の設計図を描いたのは僕だったのですが…苦戦しましたね。図面を引いたことがなかったので、工務店や町工場の方に「こんな絵で作れるか!」と叱られました(笑)。

でもそこから試作を重ねて、ユーザーや商業施設の意見も取り入れていくうちに「いいね」「ウチに置いてもいいよ」とポジティブな反応が返ってくるように。「作る価値がある製品だな」と自分で確信できたのはその頃です。結果的に、着想から一年足らずで販売にたどり着けました。

mamaro利用の様子

――販売当初も苦戦していたと伺っていますが、何が原動力になっていましたか。

まだ設置台数が十数台の時期に、Instagramにmamaroの写真が投稿され始めたんです。当時はまだ広告出稿していなかったので驚きました。ユーザー自身からmamaroについて投稿されるということは、SNSでシェアしたくなるような体験を提供できているんだなと。

mamaroのような個室授乳室はかなり珍しいので、安全性への懸念もあり施設側に受け入れてもらえず、資金が底を尽きかけることもありました。そんな時期に見た「この個室、とても便利でした!」という投稿は、非常に心強かったですね。

「子育て中はガマンしなよ」という風潮を変えたい

――先月「こども家庭庁」の設置が決まりました。こども家庭庁は、子どもに関する政策を社会の中心に据える「こどもまんなか社会」を掲げています。その実現のため、何が必要だとお考えですか。

僕は政治には疎いので偉そうなことは言えませんが、「データに基づいた現状認識」は必要だと感じます。

少子化対策にいくら力を入れても、今日明日に子供が増えることはないじゃないですか。子どもに関する政策は、50〜60年のスパンで向き合うべきものだと思います。現状を把握して長期的な計画を立てるためには、データの活用が必要です。有識者や当事者の声を聞きつつ、健全な批判精神を持ってデータ面からも検証するのが良いのではないでしょうか。

mamaroは現在、エリア別のmamaro利用状況データなど複数のデータを獲得しています。これを分析すれば、どの導線上に何台mamaroを設置すれば、ママさんやパパさんに利用されやすいのかが分かるんです。今後は大学などと連携しながら、収集したデータを元に「子育て世帯がお出かけしやすい都市計画」を研究したいとも思っています。

こども家庭庁には、僕たちのような民間企業やNPOなどが持つデータをうまく活用して政策を進めてほしいと期待しています。

――今後mamaroを通じてどのような社会を実現していきたいですか。

子育て中は生活圏が小さくなりがちで、そのことにストレスを感じる親たちは少なくありません。「子育て中なんだから、2〜3年はガマンしなよ」という風潮は、嫌なんですよね。だから、子育て中でもお出かけしやすい社会を作ればいいと思うんですよ。

最近は「子育てしやすいエリア」が人気とも言われますが、一部のエリアだけに子育て世帯が集中しても、結局は昔の団地政策と同じ末路を辿るだけのような気もします。

であれば、日本全国で同じような利便性を確保して、どこでも子育てがしやすい環境を作っていきたいなと。僕はそんな社会の実現を目指したいと思います。

取材・文/島袋龍太 写真/白井絢香

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