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躍動する日本人スプリンター。400mリレーの「逃げ切り戦略」とは?

集英社オンライン / 2022年7月23日 16時1分

現地時間7月15日に開幕した世界陸上オレゴン。男子100mにおけるサニブラウン・ハキーム選手の歴史的快挙に沸いたのも記憶に新しい。東京大学陸上部コーチを務める竹井尚也さんは、日本男子4×400mリレーを運動生理学の観点からサポートしてきた。近年低迷していた4×400mリレーチームの展望を伺った(トップ画像 Denis Kuvaev / Shutterstock.com)

世界から離されてきた4×400mリレー

「スタートが改善されましたね。リアクションタイムが予選で2番目、全体で7番目の速さでした」

第18回世界陸上競技選手権大会権オレゴン大会の3日目に行われた、男子100m決勝。歴史的な7番入賞を果たしたサニブラウン・ハキーム選手について、東京大学特任研究員・東大陸上運動部コーチの竹井尚也さんは、そう評した。



「リアクションタイム」とは、スタートの反応の速さを表すもので、スターティングブロックに埋め込まれた圧力センサーによって算出される。スプリント種目においてスタートの出来は勝敗に直結する。ではスタート技術の向上には、どのような練習法があるのだろうか。

「サニブラウン選手がどのような練習をしたかは分かりません。ただし、スタートの改善は『慣れ』によるものが大きいと言われています。スタート合図の後、選手の体内で運動指令が脊髄・抹消神経を通過するのですが、神経伝達の速度には限界があります。練習をいくら重ねても、一定の速度以上は速くならないので、それを維持することが重要になります」

1992年以降に開催された五輪での、男子4×400mリレー(左)と男子4×100mリレー(右)の結果と記録。2008年以降、4×100mは輝かしい結果を打ち出したが、4×400mは低迷してきた

短距離走には、100m、200m、400mの3種目があり、100mと400mにはリレーもある。近年の日本男子チームは、4×100mリレーでの躍進が目立つ一方で、4×400mリレーは予選敗退が続いている。4×400mリレーチームのサポートスタッフを務める竹井さんは、その要因をこう話す。

「4×400mリレーも、2004年のアテネ五輪までは好成績を残すこともありましたが、それ以降は3大会連続で予選敗退が続きました。この時の記録には、日本の学生記録を下回るものもありました。選手個々の記録を考えれば、こんな数字になるはずがない。そこで敗因は、レースの“流れ”に乗れていないことではないかと考えました。と言うのも、4×400mは他のレースとは大きく異なる要素があるからです。4×100mリレーや400mの単独レースでは、選手はあらかじめ決まったレーンを最後まで走りますが、4×400mでは途中からレーンの制限がなくなります。序盤で遅れると、走路を塞がれたり、バトンの受け渡しが外側のレーンになるなど不利になるのです」

レーンの制限がないオープンレーン時のバトン渡しでは、先頭チームはレーンの一番内側で待機。順位に応じて外側に位置する。序盤に遅れると、外側で待つことになるので、距離的なロスが大きくなる(出典元: Maxisport / Shutterstock.com)

乳酸は疲労物質ではなく「エネルギー源」

短距離走では、ピッチやストライドなどランニングフォームが話題となることが多い。研究では「バイオメカニクス」と呼ばれる分野で、日本人スプリンターの躍進に大きな影響を与えたとされている。バイオメカニクスは、体を外側から見て研究するのだが、運動生理学を専門とする竹井さんの取り組みは、「体の内側で何が起きているのか」を調べることだ。

「具体的には、血液中の乳酸を見ています。トレーニング直後に採血をすれば、どのような時に乳酸が出やすいのかが分かります。ただし、乳酸が多く出ているのが悪いと考えているわけではありません。全力疾走をすると、足が動きにくくなりますよね。この状態を『乳酸が溜まった』と言ったりしますが、実は正しい表現とは言えません」

竹井さんが現在所属するのは、東京大学八田研究室。八田秀雄教授は、乳酸研究の第一人者であり、「乳酸は疲労物質」というイメージを否定し、「糖から乳酸を捉える」視点を一般にも広めている。

「運動にはエネルギーが必要です。そのエネルギーは糖と脂肪が分解されることで生み出されるのですが、糖をエネルギーとして使う際に途中でできるのが乳酸です。したがって乳酸はエネルギー源でもあるとも言えるのです」

「下の図は、レース前半(200m)のペースと乳酸濃度の相関関係を示しています。このようなデータをコーチ陣と共有して、戦略作りに活かしてもらっています。ここから言えるのは、各選手が200mの記録を上げることで、先行逃げ切りが可能になるということです」

レース前半のペースと乳酸濃度の関係を示すグラフ。縦軸は、各選手の最大能力に対する200m走の記録を示しており、低い数値ほど「余裕度」が高いことを示している。横軸は血液中の乳酸濃度であり、余裕がある選手ほど乳酸濃度が小さく抑えられている。つまり後半に使えるエネルギーが残っていることを示している

4×400mチームの決勝進出に期待

「先行逃げ切り」の戦略をもとに、男子4×400mリレーチームはアメリカで合宿を重ねるなどして強化を図り、シレジア2021世界リレーでは2位という成果を生み出した。東京五輪では惜しくも決勝進出は逃したものの、日本タイ記録を29年ぶりに叩き出している。この時は、エースであるウォルシュ・ジュリアン選手(富士通所属)は怪我のためリレーは欠場していた。

「東京五輪でも決勝に残れる可能性は、あとコンマ数秒でした。良い状態で来ていますから、今回のオレゴン大会では決勝進出の可能性は大きいと思います」と竹井さんは言う。

では仮に決勝に残った場合、視聴者はレースのどこに注目すれば良いだろうか。

「やはりレース序盤が大切です。しかし、エースのジュリアン選手が第1走者になるかどうかは分かりません。前半で良いポジションを取るために、これまでは彼を1走に置くことが多かった。しかし、佐藤風雅選手(那須環境技術センター所属)など他の選手も力を伸ばし、チーム全体が底上げされてきました。4×400mリレーでは、序盤の展開でメダル争いに参加できるかどうかが決まりますが、最後の争いはやはりアンカーの力で決まります。なので、アメリカなどの強豪は、エースをアンカーに置きます。オレゴン大会では、コーチ陣が選手のコンディションを見て決めるでしょう。その配置にも注目です」

4×400mリレーの予選は、日本時間7月24日(日)9時40分よりスタート。決勝は、日本時間7月25日(月)11時35分より、今大会の最終種目として行われる。サニブラウン選手の決勝進出で沸いたこの大会を、日本の400mスプリンターたちの復活で締めくくることはできるのだろうか。体の内側を見る運動生理学の視点や、序盤のレース展開など、見どころが凝縮された3分間の最終レースとなりそうだ。

東京大学特任研究員の竹井尚也さん。東大陸上運動部コーチ、駿河台大学陸上部コーチを務めながら、東京大学八田研究室にて運動生理学の研究に日夜励んでいる

文/柴谷晋
参考文献/八田秀雄『新版 乳酸を活かしたスポーツトレーニング』(講談社)

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