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拉致問題の「完全解決」を約束した安倍元首相が封印した重大情報

集英社オンライン / 2022年7月29日 9時1分

北朝鮮の拉致問題解決を「最重要課題」に掲げた安倍晋三元首相。第二次安倍政権発足直後には拉致被害者家族たちに「完全に解決する」と約束、2014年に「ストックホルム合意」も成立させたが、以降、北朝鮮との交渉は停滞した。いったい何が起こっていたのか。長年、拉致問題解決に尽力してきた前参議院議員・有田芳生氏の著書『北朝鮮拉致問題 極秘文書から見える真実』(集英社新書)から一部抜粋、再構成して紹介する。なお、本文中〈〉内の記述は極秘文書からの引用である。

新たな拉致を認めた北朝鮮

北朝鮮はストックホルム合意後の水面下交渉で、2014年秋と2015年に重大な情報を日本側に通達していた。政府認定拉致被害者である田中実さんと、認定はされていないが拉致の可能性を排除できない行方不明者の金田龍光さんが、平壌で生存しているというのだ。



田中実さんは神戸出身。幼いころ両親が離婚し、養護施設で育った。金田龍光さんも同じ施設で育ち、同じラーメン店で働いていた。その店主が北朝鮮の工作員で、田中さんはそそのかされて1978年6月6日に成田からオーストリアのウィーンに向かい、陸路でモスクワへ移動し、平壌に入った。その後、金田さんのもとに筆跡が異なる「田中さん」からの手紙がオーストリアから届き、上京、行方不明となる。

北朝鮮は、田中さんについては2014年まで「未入国」としていたのに、一転して拉致を認めたのである。

しかし政府は、この情報を公表しなかった。そのことから、拉致問題を「最重要課題」と称していた安倍政権の本音が見える。横田めぐみさんや有本恵子さんたち「死亡」したとされる拉致被害者の「生存」情報でなければ認めないのだ。

政府の「極秘文書」には、蓮池夫妻が目撃した日本人男性が誰かを特定するため、田中実さんの写真を見せたが、判断がつかなかったとある。

〈(祐木子さん)83年か84年頃、管理員(世話係)のおばさんから、「反対側の地区の1号と2号に年配の男性2名がいる。一人は労働者でおばさんが結婚したがっている。もう一人は料理士で痩せている。4・25(注:人民軍創建記念日)の時に軍への差し入れ料理を綺麗に盛り付けていた。両方とも朝鮮語はできない。」と聞いた。自分は2地区に移った後にその「年配の男性」らしき男性2名が映画館から出てくるのを遠巻きに見たことがある。二人とも背は低く、一人は痩せ型、もう一人は太っていた。年齢は40代ぐらいだった。(ここで当方より、原さんと田中実さんの写真を見せたところ)顔はあまり覚えていないので、よく分からない〉(〈蓮池夫妻に対する聴取〉)

田中さんと金田さんは、蓮池夫妻、地村夫妻、曽我ひとみさんとは異なる組織によって拉致されたのだろう。

封印された北朝鮮からの情報

さて、田中実さんと金田龍光さんの生存情報を伝達された日本政府はどう対応したのだろうか。伝達からおよそ5年後の共同通信の解説記事が、驚くべき内実を明かしている。見出しは「北朝鮮拉致情報、政府高官が封印」だ。

だが、全国配信されたものの、地方紙に記事全文が掲載されることも少なく、大手紙は「確認が取れなかった」(某紙記者)ため、共同通信の独走だった。解説の一部を引用する。

「(解説)日本政府高官が2014年、拉致を巡る新情報を北朝鮮から伝えられながら公表しないことを決めていた。02年の日朝首脳会談で北朝鮮が拉致を認めて以来、被害者5人や家族の帰国以外に進展はなかった。それだけに、田中実さんと金田龍光さんが生存しているとの情報を、日本が北朝鮮から引き出したのは成果といえるはずだ。被害者家族はもちろん多くの国民が交渉の行方を注視している。成果の一端を開示すべきだ。

2人は結婚し、平壌で家庭を持って暮らしており『帰国の意思はない』とも伝えられた。日本政府が再三、安否確認を求めている横田めぐみさん=失踪当時(13)=ら政府認定の被害者については、新情報は寄せられなかった。政府高官は『驚きと無念さが交錯した』と振り返る」(2019年12月26日配信)

共同通信は続けて、

「政府高官が『(2人の情報だけでは内容が少なく)国民の理解を得るのは難しい』として非公表にすると決めていたことが26日、分かった。安倍晋三首相も了承していた」
「菅義偉官房長官は共同通信の取材に『今後の対応に支障を来す恐れがあることから、具体的内容について答えることは差し控える』とコメントした」(2019年12月27日配信)

と報じた。北朝鮮が田中さんと金田さんが平壌で生存していると伝えてきた事実を、政府が秘匿し、それを安倍総理も認めていたというのである。菅義偉官房長官(のちに拉致問題担当大臣)が猛反対したというが、情報不開示の最終的判断者が安倍総理であることはいうまでもない。

なぜ安倍総理は重大情報を伏せたのか

私はこの問題を政府への質問主意書(2019年に2本、2020年に3本)で問い、参議院予算委員会(2020年3月16日)でも安倍総理に質問した。

政府答弁は拉致問題に限らず、認めたくなければ「今後の対応に支障をきたす恐れがあるのでお答えを控えさせていただきます」という決まり文句を繰り返す。そうでないときは明確に否定する。

私は、「日本経済新聞」が二度にわたって一面トップで報じた5年前の記事の真偽を、この予算委員会(2020年3月16日)で質問した。

1本目の記事の見出しは「北朝鮮、生存者リスト提示 拉致被害者ら『2桁』 政府、情報の分析急ぐ」と衝撃的なものだった(2014年7月3日付朝刊)。

「日本と北朝鮮が1日に北京で開いた外務省局長級協議で、北朝鮮国内に生存しているとみられる日本人のリストを北朝鮮側が提示していたことが明らかになった。リストに掲載されているのは2桁の人数だという。日本政府はリストに掲載されている人物が拉致被害者や拉致の疑いがある特定失踪者らと同一かどうかの確認作業に着手した」

同年7月10日付朝刊の続報で「日本経済新聞」は、「拉致被害者 複数 生存者リストは約30人 政府 北朝鮮情報を照合」と具体的に報じていた。予算委員会で私は菅義偉拉致問題担当大臣に「この記事に対してどういう対応を取られましたか」と質問した。答弁はこうだ。

「今御指摘をいただいた報道は当然承知しております。そして、私はこのことについて、そのような事実は全くない、このように申し上げました。誤報であるということを明確にしました」

政府は2014年7月10日に、外務省、拉致問題対策本部事務局、警察庁の連名で「日本経済新聞」に抗議し、記事の速やかな訂正を求めた。

この報道当時、拉致被害者の家族が、強い期待を抱いたのは当然だ。この情報は政治部記者が書いたものだから、政府関係者か官僚に取材したはずだ。しかしいまなお報道の根拠は不明だ。

私は、横田滋さん、早紀江さんと話す機会があったときに、この情報は真偽が不明だが、怪しいと判断していることをお話しした。こうした微妙な問題をお伝えするときは、とても気をつかう。

根拠がない楽観情報ばかり伝えてくる人物に対して、滋さんは懐疑的だった。たとえば、めぐみさんが平壌のある場所に住んでいると公言する人物もいた。ところが根拠を訊ねても、口を濁すという。

重要な情報があれば家族にだけは伝えるべきだが、そんな核心を突いた情報など、日本政府さえたやすくは入手できない。だからこそ、帰国した被害者から聴取した「極秘文書」に記録された横田めぐみさんたちの情報は貴重だった。

ましてや田中実さん、金田龍光さん生存を北朝鮮側が伝えてきたのだから、その情報が正しいのかどうかを確認し、本人に面会する必要があった。それだけでも安倍政権にとって大きな成果となるはずだったのだ。

2人の生存確認すら行われていない

たとえ田中さんと金田さんに帰国の意思がないにしても、一時帰国を実現することは政府の人道的使命である。しかも田中さんの結婚相手が日本人で長男の名前が「一男」だという情報もある。結婚相手の女性もまた、拉致被害者である可能性がある。

北朝鮮の管理体制のもとで、彼らは自由な発言はできないだろう。それでも拉致被害の全貌に迫るためにも拉致被害者から少しでも情報を引き出す必要があるのは当然のことだ。日本政府は、いまからでも外務省と警察庁の専門家を平壌へ派遣して、本人から聞き取りを行うべきだ。

田中実さんの生存情報が報じられたとき、高校時代の同級生が集まって、もし一時帰国することになれば、羽田空港まで迎えに行こうと話し合ったという。私は予算委員会で田中さんの問題を質問する前に、大阪にいる同級生のひとり坂田洋介さんに会ってきた。

坂田さんは、

「もし一時帰国だったとしても、大変だったなとねぎらいたいんです。担任教師も亡くなる前に、田中のことをよろしく頼むと言っていました」

と語っていた。

横田滋さん、早紀江さんと、めぐみさんの娘ウンギョンさんとの面会を実現させたように、田中実さんと金田龍光さんの生存確認と今後の要望について本人から聞き取ることは、政府にとってきわめて人道的な課題なのである。にもかかわらず安倍総理は、田中実さんの生存伝達だけではほかの拉致被害者についての「情報が少ない」ことを理由に、この課題を封印してしまった。

北朝鮮側は、2002年9月に政府認定拉致被害者「8人死亡」を日本側に通告して以来いっさい訂正することなく、2014年秋と2015年の協議で新たに田中さんと金田さんの生存情報を出してきたのだから、なおさらだ。

安倍総理の「原則」が生んだすれ違い

北朝鮮側には苦い教訓があった。2002年に日本側に提示した「8人死亡」とする死亡診断書など、各種の「証拠」が杜撰極まりないことが露呈したことだ。

13歳で拉致された横田めぐみさん「死亡」通告の衝撃も相まって、日本社会では北朝鮮への怒りが最高潮に達してしまい、「日朝平壌宣言」の合意から日朝国交正常化交渉へ向かおうという気運は、一気にしぼんでしまった。

北朝鮮側にすれば、再び失敗すれば、もはや国交正常化交渉などで合意できるはずがない。さらに、日本側の担当者は失敗しても左遷されるだけで済むが、北朝鮮では関係者本人の生命とその家族の運命がかかっている。これは北朝鮮外交(内政もそうだが)全般の特徴でもある。

したがって報告書は、周到に準備されただろう。北朝鮮は日本側に秋には中間報告を提出するとしていた。それが延び延びになったのは、失敗を許されない北朝鮮側の事情にあったと私は理解している。

北朝鮮が政府認定拉致被害者の田中実さん生存を伝達してくるには、金正恩第一書記の決裁も必要だったはずだ。それだけの意味を持つ「報告」を無視したのは、明らかに日本政府のミスである。

ストックホルム合意をきっかけに北朝鮮側が設立した特別調査委員会は、最高指導機関の国防委員会から権限を付与され、実質的には国家安全保衛部が指導する組織だった。金正恩委員長の直属組織だったと見ていい。

日本の代表団(伊原純一アジア大洋州局長)が平壌を訪れ、北朝鮮の特別調査委員会と協議したのは、2014年10月28日、29日だった。日本側が田中実さん生存情報を伝達されたのは、2014年秋が最初だから、北朝鮮側は日本政府がどう対応してくるか、大いに注目していただろう。

日本側は、拉致問題が最重要課題であること、すべての拉致被害者の安全確保及び即時帰国、拉致に関する真相究明並びに拉致実行犯の引き渡しを強調した。ここから大きなすれ違いがはじまった。

ストックホルム合意では、「1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、いわゆる日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する調査」を同時並行的に進めるとされていたのに、日本側が拉致問題を前面に押し出したからである。

さらに北朝鮮の特別調査委員会が拉致被害者をふくむ「全ての日本人」についての報告書を提出しようとしても、日本政府は受け取って検証する道を取らなかった。政府が認定した拉致被害者の問題が、すべてだからだ。

なかでも横田めぐみさん、田口八重子さん、有本恵子さんなどの生存につながる情報がなければ、前へ進もうとはしなかった。これが安倍総理の原則だった。明らかに拉致被害者に序列があったといわざるをえない。

未だ放置されたままの拉致被害者たち

私は参議院本会議(2020年6月8日)で、拉致被害者の救出に序列があるのかと総理に問うた。

「私は、3月16日の予算委員会などで何度も首相に問うてきた問題があります。それは、政府認定拉致被害者の田中実さんと特定失踪者の金田龍光さんが生存していると北朝鮮から2014年に通告されたものの、その事実さえいまだ認めないことです。田中さんと金田さんの安否確認をするべきですが、もう6年も放置したままです。余りにも冷淡ではありませんか。それとも、拉致被害者の救出に序列でもあるのでしょうか。

田中さんは70歳。どうしていらっしゃるか全く分かりません。警察庁も把握しているように、結婚した相手が日本人だという情報もあります。それが拉致被害者なのか、特定失踪者なのか、確認するのが政府の責任です」

安倍総理の答弁はまったく意味のないものだった。

「北朝鮮による拉致被害者や拉致の可能性が排除できない方については、平素から情報収集等に努めておりますが、今後の対応は、支障を来すおそれがあることから、それらについてお答えすることは差し控えさせていただきます」

田中実さんという固有名詞さえ使わない答弁であった。

なお、拉致問題を「完全解決の決意で進んでいきたい」と公約した安倍晋三氏が、総理として拉致問題について語った本会議での最後の答弁がこれである。「序列などない」とも安倍総理は言わなかった。

なお岸田文雄政権になり、私は参議院予算委員会(2021年12月16日)でも同じ質問をした。

岸田総理は「御指摘のように、例えば順番があるんではないか、序列があるんではないか、そのように委員おっしゃいましたが、そういったことは決してございません」と答弁した。安倍総理より言葉数は多いが、現実に田中実さんは放置されたままである。

写真/shutterstock

北朝鮮 拉致問題 極秘文書から見える真実

有田 芳生

2022年6月17日発売

902円(税込)

新書判/224ページ

ISBN:

978-4-08-721217-4


小泉訪朝から20年。
なぜ解決できなかったのか?

◆内容◆
2002年9月、小泉純一郎氏が日本の総理として初めて北朝鮮を電撃訪問し、金正日委員長が拉致を認め、5人の被害者が帰国を果たしてから20年。
小泉訪朝当時、日朝関係は大きく改善するかに見えた。
だが、その後交渉は暗礁に乗り上げ、拉致問題解決を重要課題としていた安倍長期政権、続く政権でも進展がない。
国会の「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」等でこの問題に尽力してきた著者はある文書を入手。
そこには拉致の実態、北朝鮮での生活等が詳しく記されていた。本書は極秘文書の内容を分析し、日朝外交を概観することで問題が解決に進まない原因を指摘。北東アジア安定のために何が必要かを提言する。

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