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小説がふるさと納税の返礼品!? 知られざる大分から広がるミステリアスな野望

集英社オンライン / 2022年7月29日 17時31分

7月上旬、大分県竹田市の土居昌弘市長と作家の赤神諒(あかがみ・りょう)氏が、地元紙である大分合同新聞などの取材に応じ、7月5日に刊行された赤神氏の新刊『はぐれ鴉(がらす)』が市のふるさと納税返礼品として登場することを発表。小説がラインナップに加わることも全国的にレアな試みだが、その背景には地方自治体と作家の熱いコラボで広がる野望が…!?

前市長からの熱いラブコールに応えて

いまや全国の各自治体で過熱化が話題となっているふるさと納税の返礼品だが、その中でも異色といえる小説単行本のセレクト――そもそも、歴史・時代ものを執筆し実績のある赤神諒氏に注目した前市長・首藤勝次氏から竹田市を舞台にした新作を書いてもらえないかと提案されたことがきっかけだという。



「私の作品に豊後(今の大分県)の大友氏を描いた『戦神』があり、それに感銘されたという首藤さんが“大友サーガ”とされる一連の作品もお読みになって、この作家に書いてほしいと。地元出身の方が銀座でやられているお店で美味しいお酒をいただきながら、熱く口説かれました(笑)」

その数日後には資料がどっさり送られてきたとのこと、それをきっかけに執筆中の作品のクライマックスが竹田のとある場所にハマッたことでも縁が繋がり、新作の書き下ろしを決意。『小説すばる』(集英社)での連載が2020年3月にスタートした。その間に赤神氏は竹田市の「文化大使」にまで任命されていた。

『はぐれ鴉』を上梓した赤神諒氏

「人口が2万人まで減少する中、文化で復活させたいという前市長の見識であり心意気に私もすっかり惚れてしまって。今では隈研吾さんの設計建築をはじめとして現代建築の聖地とも言われるほどですが、そういう文化的関心があちこちに染みついてる場所なんです」

そう語るほど、竹田市は知られざる魅力の宝庫であったというが、新作は江戸時代初期、豊後国竹田藩で起きた城代一族の大量殺人事件を背景にその遺児である主人公・山川才次郎が素性を隠して故郷の地に戻り、敵討ちを期すという物語。仇(かたき)と狙うは、叔父で“はぐれ鴉”とあだ名される風変わりな家老・玉田巧佐衛門だが、その人となりを知るにつれ惹かれていき……。

事件の裏では藩の存続に関わる隠された驚愕の真実が!?というミステリー仕立ても興味をそそり、ページを繰る手がとまらぬほどの面白さ。その藩ぐるみで隠蔽されていた謎こそ、竹田を中心とする豊後・大分の地に伝承される“隠しキリシタン”の存在だった。

「資料を読んで、隠れキリシタンではなく“隠し”なんだと知った時、これを最大の謎にするしかないと。そこから現地取材に何回も通わせてもらって、100%に近い自信を持っていろいろなディテールを作品に織り込めました。前市長はじめ地元の方たちにも全面的に協力してもらい、逆に半分も使えていないほど(笑)」

竹田市では連載時から大きな反響が

その協力者には当時、市役所の商工観光課に在籍し、現在は竹田市観光ツーリズム協会で運営に携わる後藤篤美さんの存在も。赤神氏が“生き字引”とリスペクトするほど、今作の成り立ちにガイド役として欠かせぬ役割で、プロモーションにも尽力されたという御本人に話を伺った。

「いや、私からすると赤神さんの質問のほうがものすごくて。執筆されている時もメールでどれだけきたことか(笑)。でもこうして歴史や文化がありながら、なかなか知られることのない地方を舞台に書いてもらい、こちらでは連載中から大反響でした。地元の書店も盛り上がりましたし、東京から来られて、作品に登場する場所を聖地巡礼みたいに回る観光者もいましたから」

同協会ではWebサイト「たけ旅」で観光スポットを紹介しているが、そこには『はぐれ鴉』に登場する岡(竹田)城跡や切支丹洞窟礼拝堂など旧所名跡から「大蛇伝説」の神社、くじゅう連山をバックに自然豊かな高原や湧水地に長湯温泉まで、まさに巡礼したくなる場所を多々掲載。さらに、TAKETAキリシタン謎PROJECTの一環として、作品とその舞台を動画でPRするPVまで作成した。

小説ではその長湯にあるユニークなガニ湯や全国でもレアな炭酸泉の湯治場も印象的かつ重要な役割を果たす。周辺地域含めて何気ない遺物や偶像であり、物ノ怪(け)の伝承や童謡のような歌詩までミステリアスに散りばめられ魅力となっている。単行本化が決定すると、現市長体制でもコラボを継続、ふるさと納税の返礼品とすることに。さらに出版記念イベントや聖地巡礼を誘発する仕掛けなども検討されているそう。

「時代小説のほうが自由度も高く、物語自体は完全な創作ですが、利用できる部分は史実を活かしています。ここで何か欲しいなと思ったら、ちょうどいいエピソードがあるという偶然に何度も救われました」という赤神氏。名産品である“姫だるま”も「どうしてあんな形のだるまが山奥で昔から作られ続けてきたのか、考えてみるとミステリアスなんです」と想像を巡らせた。

そのイメージが隠しキリシタンと結びつき、ヒロインで“はぐれ鴉”の娘である英里(えり)に繋がる。ミステリーのみならず、仇と定めた男のひとり娘に惹かれる才次郎との許されぬ恋愛ロマンスもまた切なく、若きふたりの成長譚であり、仲間となる個性豊かな藩士たちとの青春群像としても爽快な読み味となっている。

「当初はヒロインが真っ直ぐすぎたのですが、編集部のアドバイスで彼女に陰を付け足したことで恋愛に深みも出て話もよくなったかと」(赤神氏)。実は、南蛮人の血を引いている英里だが、藩内きっての剣の遣い手でもあり、碧い瞳をした美貌から“竹田小町”と呼ばれている。生き字引の後藤さんも「実際、竹田では今でも目の色の違うエキゾチックな顔立ちの女性を見かけますよ」とアピール。

今回、市長に付き添って来訪した市の総合政策課まちづくり推進係の担当者は岐阜県からの移住組だというが「私からすると、英里をはじめ、竹田の女性たちがキレイに美化されすぎな気もしますけど(笑)。まだ自分も知らない地元のことがいろいろ描かれていて、一気読みしました。簡単には行けない隠し里のような神秘性のある場所なので是非いらしてください」。

そんなミステリーツアーで英里のような聖女がいるのか確かめにくるのも一興といえる。

竹田市では歴史や地政を学ぶのにもよいと中学校での課題図書に今作を指定する話もあり、その熱は現在、大分合同新聞の連載小説として赤神氏が新たに手がける『誾(ぎん)―GIN―』にも継承され、挿画を大分市の県立芸術高校に在籍する美術科の生徒80人が担当するプロジェクトとなっている。

一連の反響や盛り上がりを実感し、「市民参加型の小説による町おこしのモデルになる」と手応えを感じた赤神氏は、同様のアプローチを仕掛けられないかと他でも企画を思案中だ。

「歴史や自然を生真面目にアピールするだけでなく、エンタメにする手もあるのでは。コストがかかるアニメより小説はコスパもいい。作家ひとりで済む話ですからね(笑)。日本各地の自治体とこういう試みが広がらないかと、実際に候補を探っているところ。実はすでに大分合同新聞とのご縁から新潟日報さんを紹介してもらい、佐渡島を舞台にして書く話も進行中です」

本をなかなか読んでもらえなくなった時代に少しでも興味を持ってもらうため、こうしたアイデアで掘り起こし「満足のいく面白い作品を書くしかない」と意気軒高な赤神氏。これは!とアンテナに響いた方はまず今作を読んで魅力を堪能していただきたい。所縁ある地がNEXT竹田に名乗りを上げるか――列に並ぶのは早い者勝ちだ。

取材・文/集英社文芸編集部 撮影/首藤幹夫 写真提供/大分合同新聞

はぐれ鴉

赤神 諒

2022年7月5日発売

2,200円(税込)

四六判/400ページ

ISBN:

978-4-08-771802-7

寛文六年、豊後国・竹田藩で一族郎党、二十四人が惨殺される事件が起こった。逃げのびたのは、城代の幼い次男・次郎丸ただ一人。惨殺の下手人である叔父に復讐せんと、江戸で剣の腕を磨き、十四年後、山川才次郎と名を変え、藩の剣術指南役として因縁の地に戻るが――大分県竹田市の史実をモチーフに描く、第一級ミステリ!

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