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「斜め上」は冨樫義博の『レベルE』が語源⁉ 辞書に載ったマンガ生まれの言葉たち

集英社オンライン / 2022年8月5日 16時1分

マンガのキャラのセリフが日本語の起源になったという事例があることをご存知だろうか。たとえば、「斜め上」という言葉。これが最初に使われたのは、冨樫義博の『レベルE』だったといわれている。他にもマンガやアニメから生まれた言葉は無数にあるのでは!? 『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明氏に国語辞典編集者の視点から解説してもらった。

「黒歴史」の初出は『∀ガンダム』!?

「大正時代に漫画が人々の娯楽として浸透したころから、漫画に出てきた言葉が一般化する例はありました。今、当たり前のように日常生活で使っている言葉も、実はマンガやアニメが発祥だったりします」

飯間浩明さんは手元のパソコンのデータベースを見ながらそう語る。2022年1月に改訂された『三省堂国語辞典』第8版には、さまざまなマンガ発の言葉が掲載されているが、古い言葉だとおよそ100年も昔に遡るという。



「最も古い例で言うと、朝日新聞やアサヒグラフで連載されていた『正チャンの冒険』(1923年~)で主人公の正ちゃんが被っていた帽子が「正ちゃん帽」と呼ばれ、一般的な名称として浸透していったんです。今のビーニーというニット帽に近くて、そのてっぺんにポンポンがついたものですね」

最近の例だと『鬼滅の刃』から生まれた「全集中」や「よもやよもや」といったフレーズが有名だが……。実はまだ『三省堂国語辞典』には載っていない。

「2020年、菅義偉総理大臣が『全集中の呼吸で答弁させていただく』と国会で話して叩かれていましたよね。鬼滅の刃の言葉もすごい勢いで広まりましたが、『わざと使っている』と思われるようだとまだ定着したとは言えません。たとえば先生や親が『全集中で頑張りなさい』と言っても違和感がないくらい、普通の文脈で使われるようになってはじめて国語辞典に載せられるんです」

そんな厳しい審査をくぐり抜けた漫画のフレーズの中でも、最も有名なのは「黒歴史」だろう。あまりにも違和感なく使われているため、出典元のアニメ作品を観たことがない人も多いかもしれない。

「『黒歴史』の初出は『∀ガンダム』(1999年)。闇に封印されてきた数々の宇宙戦争の歴史を、作中で『黒歴史』と呼ぶんです。当初はガンダムファンの間だけで使われていたのですが、だんだん一般の層にまで広がってきて、2010年代に入ってからはみんなが使うようになりました」

飯間さんももちろん『∀ガンダム』を視聴して、『黒歴史』という言葉が出てくるシーンを確認。「ネットの情報だけでは不確実なので、自分の目で出典元を確認してから辞典に載せていますよ」と飯間さんは語る。

銭ゲバ、美味しんぼ、ハレンチ学園、ドラえもん

一般的に、マンガやアニメから広まっていく言葉にはどんな特徴があるのだろうか。

「『概念はあるけど、それをうまく言い表すことができなかった』という言葉が作品の中に登場すると、一般化しやすいですね。決して作者は流行させようとして言葉を作ったわけじゃないけれど、ちょっと出てきただけで読者が覚えて使うようになる。

『こういう表現を求めていたんだよ!』ということでまずは仲間内で広がり、それがだんだん一般化していく……言葉はそうやって広まっていくことが多いんです」

たとえば、金のためなら手段を選ばない人のことを『銭ゲバ』と呼ぶようになったのも、ジョージ秋山のマンガ『銭ゲバ』(1970年〜)から。

「『銭ゲバ』という短いフレーズで、『金のためなら手段を選ばず悪いことでもする人』のことを端的に表すことができる。このマンガが生まれた70年代は学生運動の全盛期で、『ゲバ』はゲバルト、つまり闘争、実力行使のことです」

さらに、もとからあった言葉にマンガが新しい用法や意味を与えるケースもある。代表的な例が「究極」だ。

「『究極』の本来の意味は『物事を推し進められるだけ推し進めて行き着くところ』だったわけです。ところが『美味しんぼ』(1983年〜)では、これ以上ない最高のラーメン、という意味で『究極のラーメン』という使われ方をする。実際、1986年にはこの『究極』が新語・流行語大賞を受賞しています。マンガ発の言葉という意味でも、非常に話題になりましたね」

©雁屋哲・花咲アキラ/小学館

また「破廉恥」も、もともとは『恥知らず』『厚顔無恥』のことだった。たとえば政治家が選挙の公約を破ったときなどに「あの政治家は破廉恥だ」という言い方をしていた。それが永井豪『ハレンチ学園』(1968年〜)の登場によって、エッチなことを指して「ハレンチ」と言うようになったという。

このほか、今回の『三省堂国語辞典』第8版では、新たに「どこでもドア」も追加された。

「『なんでマンガの言葉を載せたんですか?』とよく聞かれますが、『どこでもドアで〇〇に行きたい』というのはもう一般文章で説明もなく使われているわけですね。この言葉が生まれるまでは、空間の自由な移動をうまく表す言葉がなかった。『ドラえもん』が読み継がれていく限り、この言葉もずっと残っていくんじゃないかと思います」

『レベルE』が語源といえる理由

先述の通り、マンガから生まれた新語・流行語は無数にあっても、国語辞典に掲載されるに至るには高いハードルがある。冨樫義博の『レベルE』(1995年〜)から生まれた「斜め上」という言葉が『三省堂国語辞典』に掲載されるまでも、長い道のりがあった。

©冨樫義博1995-1997年

現在の国語辞典の役割について、飯間さんはこう語る。

「もはや辞書を買わなくても、Googleがあればすぐに意味を調べられるし漢字変換もできます。今後の辞書は、Googleに任せられる部分は任せて、むしろ、その言葉にまつわる『知っておいたほうがいい情報』『その言葉を使うときの機微』などを根拠をもって説明したいと考えています。語源や言葉の由来についてしっかり調べて記載するのもその一環ですね」

「斜め上」の語源については、ネットではさまざまな憶測が流れていた。飯間さんはその噂の真相をひとつひとつ調べていったという。

「たとえば魔夜峰央さんの『パタリロ!』(1978年〜)が最初だ、という意見もありました。『パタリロ!』に書いてあるのを見た、と言っている人が複数いて、辞書を作る側としてはきちんと調べてみたいと思うわけです。

しかし結果から言うと、パタリロ説はどれも伝聞情報で、証拠になるものがありませんでした。さらに松本人志さんの『遺書』(1994年〜)にも『斜め上』というワードが出てきますが、そこでは『一般のレベルよりやや上』の意味で使われています。

そうした調査を経て、やはり明確に出典が確認できる『レベルE』が語源だろうということになったんです」

もちろん飯間さん自身も『レベルE』を読み、「斜め上」が登場するシーンを自分の目で見て確認した。

「『レベルE』では、『予想を覆す、想定し得る範囲を超える』という今の使い方とまったく一致する意味で『斜め上』という言葉が登場しています。これは間違いない、ということでようやく『三省堂国語辞典』に載せることができたわけです」

世相を映す言葉を生むマンガ家の仕事

今回、このほかにも飯間さんはさまざまなマンガ発の言葉を教えてくれた。

「今回は辞書に載っている言葉を中心に選びましたが、新語・流行語レベルまでいれたらマンガ・アニメが起源の言葉はもっとたくさんありますよ」と飯間さん。「目が点」「オラオラ」「ショタコン」「だめんず」など、確かにざっと聞く限りでもここでは紹介しきれないほどあるようだ。

それにしても、これほどまでにマンガ家が新しい言葉を次々と生み出しているのには、どんな理由があるのだろうか?

「おそらくどのマンガ家も『この言葉を流行らせよう』と思って言葉を作っているわけではないと思います。もちろんマンガを盛り上げるためにインパクトのある言葉を考えよう、とは思っているかもしれません。しかし、それが流行して世相や時代を表すワードになるには、いろんな要素が絡んできます。

そのときの社会情勢と人々の思っていることにうまく合致したフレーズが出てくると、世の中に広く浸透していく言葉になる。偶然に左右される部分も大きいけれど、結果として、時代の雰囲気をはっきり映し出しているところが面白いですね」

「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉があるように、マンガもまた世の中のあり方に影響を受け、また世の中に影響を与えていく。マンガ家自身もまた、社会情勢や世間の人々のムードを敏感に察知しているはずだ。

結果的には偶然の産物かもしれないが、そんなマンガ家だからこそ、時に世の中の誰もが使いたくなる言葉を生み出せるのかもしれない。

取材・文/山本大樹

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