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『ゴールデンカムイ』を描いた信念につながる1通の手紙…野田サトル1万字インタビュー#2

集英社オンライン / 2022年9月30日 12時1分

アイヌの人々の姿を真正面から描き、大ヒットとなった冒険活劇漫画『ゴールデンカムイ』。作中、アイヌ文化を描く上で作者の野田サトル氏の信念となっていたもの、そして最終回に込めた思いとは…。(全4回の第2回)

【注意】このインタビューは、漫画『ゴールデンカムイ』の完全なネタバレを含みます。ご了承いただける方はお読みください。

博物館が『ゴールデンカムイ』にもたらした功績

――アイヌに関連する博物館が貢献した役目についても最終回で言及されていましたね。

はい。キラウシやチカパシのマキリを作って頂いた浦川太八さんという御年80歳以上の猟師兼、工芸家の方がいらっしゃいます。
浦川さんとは今でも交流があるのですが、若い頃、工芸を始めたときは博物館へ通って収蔵品から技術を学んだそうです。


「自分が作ったものを見れば、後のアイヌが真似して作ってくれるから」と、博物館にもたくさん作品を納品されています。
他のアイヌ工芸家さんも、皆さん博物館へ足を運んで刺激を受けているそうです。博物館は、アイヌ文化の保護に非常に重要な役目があるという一つの事例ですね。他にも例えば、アシㇼパの夏の靴。ブドウ蔓で作ったストゥケㇾですが、これはもう作れる人がほとんどいないんです。

なので、大阪の国立民族博物館にお願いしてアイヌ文化の研究者である齋藤玲子先生と北海道大学准教授の北原次郎太先生の立ち会いのもと、ぺったんこに収蔵されていた靴をマネキンに履かせて立体的にして撮影しました。

北原先生もこのような形で観察するのは初めてとのことで、熱心に記録されていました。博物館がなければ出来なかったことですよね。
日本中の博物館の学芸員さんたちには沢山のご協力をいただきました。
さらに付け加えますと齋藤先生は和人であり北原先生はアイヌをルーツに持つ先生です。最終回のナレーションの「アイヌと和人の協力によって後世に伝えられている」とは、まさにこういったことなのです。

正統なアイヌ文化と誤解されてしまった描写も…

他にもアイヌ語研究の始祖と言われる金田一京助氏の本も描き下ろしの絵に入れています。千葉大学名誉教授の中川裕先生いわく、「少なくとも、まともなアイヌ語研究者の中で金田一氏の功績を否定する人はいません」とのことで、それは知っておいてほしいと思います。
砂沢クラさんの著書の中でも金田一氏との交流は描かれており、アイヌの方と涙を流して別れを惜しむ人情味のある人柄も記録されているんですよ。
僕は、取材には出来るだけ足を運び、自分の目で確認するようにしています。
また、古い資料を読み漁っているとインターネットで検索できることなんて世界のごく僅かなことだとわかります。アイヌに限らず、マタギやニヴフ・ウイルタ、樺太に関すること、明治時代の北海道のこと。
これらの資料に書いてある情報は、ほとんどネットにアップされていないのが事実です。
連載中にアイヌのネタを描くと、時折、中川先生や有識者の方から、「これは何を参考にされましたか」とツッコミをいただいたものです。「ネットに書いてあった」などとは、恥ずかしくて言えませんから、この本の何ページを元に描きました、というやり取りをしました。

――たしか、チタタㇷ゚は叩くときに「チタタㇷ゚」とは言わないと中川先生からツッコミがあったとか…?

はい。実はあれは、「キャラ付け」と「ギャグ」のつもりでした。アシㇼパさんの家の独自ルールですね。実際に掲載された当時は監修の先生方やアイヌの方など、誰からもツッコまれていません。きっと皆さんにも「キャラ付け」や「ギャグ」だとわかっていただいていたからだと思います。

数年前にも、媒体さんの名前を失念してしまったのですが、新聞か雑誌のインタビューで「アシㇼパさんの家のルールだ」とお答えしているのですが、ちょっと予想以上に、キャッチー過ぎて、これが正統なアイヌ文化であると誤解され始めているらしいのです。

それで言いますと「ヒンナヒンナ」も初登場以降、作中で何度か「感謝する言葉」と紹介しています。それ以外にも作中で何度か明言しているのですが、やはりキャッチーなのか、「美味しい」という意味だという誤解が散見されているようです。
また、気付いている方も多いかと思いますが、実は、杉元はアイヌ語に馴染みのない和人なので「チタタㇷ゚」と言えないんですね。「チタタプ」とあえて描いています。
「ヒンナヒンナ」に対しても、杉元はフランクに使うようにあえて描いています。その方が、キャラ付けとして忠実だと思ったからです。そういった描写のこだわりも誤解を招いた遠因かもしれません。
せっかくツッコミいただけたので、このインタビューでも明言させていただきますね。
実写化の際は、そう思われないようにしてもらいたいとも伝えています。僕はアイヌ文化として紹介するものは、資料に載っていないことは描かないというスタンスでしたので。

『ゴールデンカムイ』を描いてきた信念

――最終回のお話に戻ります。雑誌掲載時から単行本で加筆するにあたり、アイヌのポジティブな面をさらに補強されているように思えました。何か信念があったのでしょうか?

もちろんです。現在開催されている「ゴールデンカムイ展」では僕が収集したアイヌ民具を展示しているのですが、製作者様のひとりである、藤谷るみ子さんというアイヌをルーツに持つ女性からお手紙をいただきました。数年ぶりのお手紙でした。
そのお手紙が僕の描いてきた信念の意図を端的に表していると思いましたので、以下に、その内容を皆さんにお伝えしたいです。

「平成九年に萱野茂さんによって旧土人法が廃止、その呼称がなくなったときは、とても嬉しかった。でもゴールデンカムイの本は、その時と同じくらい嬉しい。
知り合いに90歳を過ぎたおばあちゃんがいるけれど、孫にも自分がアイヌの血を引いていることが打ち明けられなかったそうです。
でもゴールデンカムイのおかげで、孫に自分が知ってるアイヌの単語を教えられる事ができるようになったと本当に本当に嬉しそうに言っていました。ゴールデンカムイはアイヌがアイヌと言いやすい状況にしてくれた。
アイヌ文化を良い意味で広げてくださり感謝です」

――作品が現実社会にもとてもいい影響を与えているという実例ですね。

対称的に、僕が『ゴールデンカムイ』で露悪的に差別などネガティブな側面を強調して描けば、彼女たちが喜んでいた事実がすべて無になってしまう危険性があるとも思いました。
もちろん、藤谷るみ子さんの話がアイヌの方の総意ではありません。
アイヌにだって、和人にだって、いろんな歴史観、イデオロギーを持つ人たちがいます。ただ言えるのは、アイヌの方たちは和人とフェアな関係を望んでいる方が多いです。その思いに寄り添って、共に生きていけるようにという願いを込めて最終回を描きました。
それで救いになった人がいたというだけで僕は満足です。
ただ最近でも、アイヌをルーツに持つ若い女性とお話をする機会があったのですが、「この作品が始まって、周りから『実は自分もアイヌの血を引いている』と打ち明けてくれた方が3人もいるんです」と教えていただきました。藤谷さんのお話が僅かな一例ではないと思うのです。


――差別を強調することでアイヌがアイヌだと言えない社会に逆戻りしてしまう、そんな可能性もあると?

僕はそう思っています。連載開始前に北海道アイヌ協会さんの取材に伺いました。
そのとき「かわいそうなアイヌはもう描かなくていい。そんなものはもう読みたくない。新しいものが読みたい。強くてかっこいいアイヌを描いてくれ。臆せずにサトルくんの好きなように描け」とまで言ってくださいました。
アイヌ文化をただの素材として消費するのではなく、明るく楽しく描けば、この漫画が出来る役割はあるはずだと確信していて、僕は僕が正しいと信じたアプローチでこの作品を描いたのです。
もちろん「それは違う!」という意見もあると思います。
戦い方には様々なアプローチがあると思いますので、本当に何かのために活動したいなら、自分のやり方と自分の名前でゼロから発信すればいいと思います。

©野田サトル/集英社

#3へつづく

#1 『ゴールデンカムイ』最終巻ラストの真相
#3 ファンが最も気になる『ゴールデンカムイ』
マル秘ランキングを発表(10月1日12時公開予定)
#4 「連載が始まる頃には貯金も底をついて…」(10月2日12時公開予定)

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