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「8月15日に靖国神社で花束からドスを抜いて…」奥崎謙三が構想していた『ゆきゆきて、神軍』幻のシーン

集英社オンライン / 2022年8月15日 13時1分

戦時中、極限状態のジャングルを生き抜き、のちに昭和天皇をパチンコで撃った元日本兵・奥崎謙三の破天荒な言動を追ったドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』。同作のメガホンをとった映画監督の原一男と、元刑務官で作家の坂本敏夫。奥崎を知るふたりが、今だから明かせる秘話を語り尽くす。後編では、撮影が困難でお蔵入りとなった、同作の幻のシーンも明かされる。

クルマには「田中角栄を殺す!」の文字

坂本 私が『ゆきゆきて、神軍』を見て驚いたのは、奥崎さんを監視対象にしていたはずの当時の警察までもが、彼には一目置いていたことです。かつて天皇にパチンコを撃った男が、今度は「田中角栄を殺す!」と車体に書いたマークⅡに乗って移動しても誰も止めない。



それどころか、奥崎さんに「これから東京に行く」と言われれば、兵庫県警の警部が飛んできて「先生、うちも県境までいつものようについて行かせてもらいます!」と媚びる。あれには驚きました。

『ゆきゆきて、神軍』(今村昌平企画、原一男監督)は、1987年に公開されたドキュメンタリー映画。太平洋戦争の飢餓地獄、ニューギニア戦線で生き残り、自らを「神軍平等兵」と称して、慰霊と戦争責任の追及を続けた奥崎謙三の破天荒な言動を追う。同作は今なお日本のドキュメンタリー映画の最高傑作と名高い

兵庫県警の担当の刑事さんは、奥崎さんのことを「先生」と呼ぶんですよ。こう呼ばれると、普通はご機嫌取りで言ってるんだろうなと思いそうなものですけど、奥崎さんの解釈は違うんです。「この刑事の人たちは心の底から私を尊敬しているから、ごく自然に“先生”という言葉が出るんだ」「そういう人に対しては、私もまた尊敬の念を抱くんです」といつも言ってました。

坂本 原さんは「先生」とは呼ばなかったんですか?

ドキュメント映画を作る人間が、主人公に対して「先生」と言ってしまったら、上下の関係になってしまうじゃないですか。だから私は一度も使いませんでした。そうしたら奥崎さんから2~3回言われました。「原さんは私のことを『先生』とおっしゃいませんね」と(笑)。そういう人ですから、映画を撮るのは本当に、大変でしたけどね。

原一男/1945年、山口県生まれ。東京綜合写真専門学校中退後、72年、疾走プロダクションを設立。同年、『さようならCP』で監督デビュー。87年、『ゆきゆきて、神軍』を発表。大ヒットし、日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ賞、パリ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリなどを受賞。近作に『れいわ一揆』『水俣曼荼羅』など

坂本 それは映画を見たらわかります。奥崎さんが神戸の拘置所に乗り込んでいく途中、警備隊に山道の途中で止められているシーンがありますよね。ああいうのは、事前に拘置所に情報を入れたりするんですか?

拘置所もそうですし、その後、元兵士の方たちに会いに行くときもそうなんですが、奥崎さんからはいつも「事前に連絡しないでください」と言われていたので、いわゆるアポなしです。神戸の拘置所の時もいきなり「行きましょう」ですから(笑)。

こちらとしては、奥崎さんを坂の上で待ち受けて撮らなきゃいけないので、準備を始めようとしたら、もう塀の中から刑務官がどんどん出て来て、「お前、ここで何やってるんだ」と押し問答になって、結局、パーです。

坂本 でも、それは公道ですよね?

あそこは道路があって、ちょっと入って坂道になっているじゃないですか。公道から入ったところはもう敷地内だということで、「出ていけ!」となったんです。

坂本 そこは多分、敷地じゃないと思いますよ。「登記簿持ってこい」って言えばよかったですね。

そうなんですか。今日はちょっと賢くなったので、次からは「敷地外だろ、お前ら」ってケンカを売ります(笑)。

『ゆきゆきて、神軍』靖国神社での幻のシーン

坂本 映画でもうひとつ驚いたのは、終戦を迎えた後、実は部下を銃殺した事実があったのではないかと、かつての上官たちに会い行って、詰問するシーンです。「貴様、ニューギニアで仲間の処刑に加担しただろ! その肉を食っただろ!」と。時に暴力も振るったりして、家族の人から「もうやめてください」と懇願されるシーンなどは、よく撮ったものだと思いました。中には、申し訳なさそうに戦時の犯罪を認めた人もいて。皆さん、心の中で引きずったまま、生きていたのでしょうね。

坂本敏夫/作家、元刑務官。1947年、熊本県生まれ。父と祖父も刑務官で、刑務所や拘置所の近くにある官舎で育ち、自らも19歳で刑務官に。1967年、大阪刑務所の看守を最初に神戸刑務所・大阪刑務所係長を務めた。法務本省事務官、東京拘置所課長などを経て、1994年、広島拘置所総務部長を最後に退職

そうだったのだと思います。

坂本 でも皆さん、あんまりいいところには住んでなかったですね。

ニューギニア戦線で生き残ったのは、同部隊約1300人中、わずか100名ほどと聞いていますが、皆、帰っても住む家がないというので、その多くは養子に行っているんです。養子に行くということは、長男じゃない……そもそも長男じゃないから戦地に送られるんでしょうけど。

でも1300人の中で生き残った100人ですから、基本的には生命力が強かった人たちですよね。そういう人たちが生き抜いて、戦争や、事件のことを何も言わずに生きて死んでいく。『神軍』は、奥崎さんがその扉をこじ開けいく話ですから、基本的には切ないストーリーだと思うんです。

坂本 奥崎さんは、人生の大半をそれにかけたわけですから、切ないですよね。しかも20年以上も刑務所に入って。

ただ、奥崎さんは最初、元兵士たちを訪ねるというアクションには、ほとんど興味を持たなかったんです。もっと世間を騒がすようなことをしたかったと。

坂本 そうなんですか。

奥崎さんは次から次へと、色々なアイデアを出してくるんです。提案されたプランに対して、いつも僕はイエスともノーとも言わなかったんですけど、ひとつだけ撮ってもいいかなと思ったシーンがあって。それは、8月15日に靖国神社に慰霊に行くというものでした。

でっかい花束を買って、その中にドスを仕込んでおいて、靖国神社の一番奥の宮でドスを抜き出して斬りかかるんだと。それを聞いて僕は、高倉健のヤクザ映画みたいでいいなと思ったんです。

それで、すぐに靖国神社の周りをロケハンしました。なぜロケハンしたかというと、奥崎さんにピッタリくっついて撮影していたら、当然私も逮捕されますよね。だから、その様子を客観的に高いところからもう一台のカメラで記録しておく必要があると思って、その場所を探したんです。

坂本 で、どうなったんですか。

結果から言うと、靖国神社の周りには高い場所がなくて撮れなかったんです。そんな感じで、奥崎さんに撮ってほしいといわれたことを全部撮っていれば、また別の面白い映画にはなったんだろうと思いますけど、奥崎さんのやろうとすることは全部、犯罪ですからね(苦笑)。

文部大臣の車に自分の車をぶつけると言い出したこともあった。もしも僕が「いいですね」と言ったら、すぐにやる人ですからね。でも、そんなことしたらすぐに逮捕されて、また主人公が居なくなっちゃうので映画にならない。そういうところは利口なのかバカなのか分からねえやと思いますけどね(笑)。

今なら「先生」と言ってあげてもいい

坂本 そうですか。でも、奥崎さんがいなければ、ニューギニア戦線で人肉を食べていたなんて話は、きっと今でもみんな知ることはなかったでしょう。実は私の小学校の担任の先生がニューギニア帰りだったのですが、戦争のことは一切、話さなかったですね。

映画に元兵士のウナギ屋さんが出てくるでしょう。あのウナギ屋さんだけは、戦地で人肉を食ったことを隠そうとしなかったんです。「原さん、アンデスの飛行機が不時着して、乗客が生き延びていた事件って知ってますか?」と言うから、「ええ」と。そしたら「あのニュースを見た時に、私はすぐに分かりました。これは人の肉を食って生きていたんだと」って、とくとくとしゃべるんです。

でも、そんな人は稀有で、ほとんどの人が誰にも何も言わず、口をつぐんだまま亡くなっていったんだろうなと思います。上官たちも、奥崎さんに追及されなければ、みんな戦争の加害性について口を割るということは多分なかったでしょうね。

坂本 塀の中はグレーの囚人服がユニフォームで、頭は丸坊主。だから皆、同じに見えるんですけど、そんな中でも奥崎さんは他とは違うオーラがありましたね。受刑者って例外なく、人に迷惑をかけて塀の中に入ってくるわけじゃないですか。

お金を盗ったりとか、クスリをやったりとか。でも、奥崎さんのせいで人生がおかしくなったという被害者はほとんどいないと思うんです。だから刑務官も受刑者も、奥崎さんに対しては見る目が違っていたし、なんかこう、後光が立っているみたいな雰囲気がありましたね。

さっきも少し話しましたが、『ゆきゆきて、神軍』の第2弾は作られないんですか。

本人が亡くなってしまいましたからね(笑)。

坂本 いや、誰か役者を使って。

いやー、あれは役者じゃ無理ですよ。あのキャラクターは出てこない。奥崎さんが亡くなって17年、映画ができて35年。もうあんな空前絶後な人は二度と日本の社会には登場しないでしょう。そういう意味では、撮影中は絶対に呼びませんでしたが、今なら「先生」と言ってあげてもいいかなと思うんです。

取材・構成/木村元彦 撮影/下城英悟

8月13日~19日まで、キネマ旬報シアター(千葉県)にて
『ゆきゆきて、神軍』が上映決定!
詳細はhttp://www.kinenote.com/main/kinejun_theater/home/

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