日本ソフトボール界のエースであり象徴といえば〝鉄腕〟上野由岐子の名が浮かぶが、その上野が台頭する以前、エースとして君臨していたのが髙山樹里だった。
「50歳で五輪に出たい」元ソフト“女大魔神”髙山樹里がナチュラルリュージュに託す夢
集英社オンライン / 2022年8月16日 12時1分
女子ソフトボール・日本代表のエースとして、アトランタ、シドニー、アテネと五輪3大会連続出場をはたした髙山樹里(45)。ピンチにも動じない力強いピッチングから「女大魔神」の異名をとり、銀(シドニー)、銅(アテネ)、2つのメダル獲得の原動力となった。そんな彼女は今、まったく違うフィールドでオリンピックを目指す戦いを続けていた。
ソフト界で行き場を失った“女大魔神”
ストイックで優等生的なイメージの上野とは対照的なキャラクター。一度見たら忘れられない、日本の〝おっかさん〟を思わせるぽっちゃり体型。だから今も町を歩いていると、「髙山さんですか」とよく声を掛けられるという。
「練習と取材はあんまり好きじゃない」と公言し、チームメイトとも群れない。オリンピックのような大舞台になるほど力を発揮する勝負師的性格。そして、ひとたび口を開けば忖度なしの本音トーク。そんな気性だけに、周囲との軋轢も少なくはなく、04年のアテネ五輪後、日本代表を外れた。
「あまりにも(代表の)セレクションが杜撰だったんで。書類選考で落とされたんですよ。アテネの時のチーム編成は、希望者全員を選考合宿に呼んで、100人以上の選手を監督が自分の目で見て決めていたんです。私たちシドニー出場組も、一度まっさらな状態から選ばれた。それが、紙だけで『あなたはいりません』って。ふざけてますよ」
髙山はソフトボール協会に公式に異議申し立てをするが認められなかった。
シドニー五輪から日本代表を指揮した宇津木妙子監督は、アクの強い選手の扱いが上手い、いわば「猛獣使い」で、髙山とも深い信頼関係を築いていた。宇津木が退任し、新たな代表のスタッフが、髙山を扱いにくいと考えたとしても無理はない。
所属チームには当時、米国代表のエース投手がいて、髙山は登板機会が限られていた。移籍を希望しても、敵にしたら厄介な存在なだけに、認められなかった。
ソフトボール界で行き場を失った髙山の元に、突然、思わぬオファーが届く。冬季競技のボブスレーから、日本代表のセレクションへの参加要請だった。
ボブスレーからスケルトン、そしてリュージュへ
ソフトボール以外にも、柔道、水泳などの経験があり、スポーツ万能の髙山だが、さすがにボブスレーの経験はなかった。オリンピックのテレビ放送で見る程度。誘ったボブスレー側からしたら、純粋なリクルートだけでなく、話題作りの側面もあっただろう。それもわかったうえで、髙山は乗った。
「オリンピックに出たかったんですよ。出て、メダルを目指すことが生き甲斐というか。だから、お話をいただいて、『それなら目指しちゃおうかな』みたいな感じでした。競技人口も少ないし、ひょっとしたらチャンスはあるかも? やれるんだったらやってみよう、と。せっかくいただいたチャンスなんだから、勿体ないじゃないですか」
セレクションを突破し、代表の強化合宿に参加。2010年のバンクーバー冬季五輪出場を目指していたが、最終選考でメンバー落ちする。
「オリンピック直前合宿に、なんか新しい選手が何人か入ってきて。こりゃ私、落ちるなと思ってたら、案の定」と髙山は苦笑いする。
このとき、合宿で親しくなった選手から、「せっかくボブスレーをやるなら、こっちもやってみたら」と誘われた。同じソリ競技のスケルトンだった。
スケルトンは金属製のソリで、進行方向に頭を向けてうつ伏せ状態で乗って氷上を滑る速さを競う。男女別一人乗り
練習を始めて、まだ正規のコースでは2~3回しか滑っていないうちから大会にも出場した。
「面白い競技だな、と思いました。なんか非日常の動きなんですよ。だって壁を走るわけですから」と、その醍醐味を説明する。
数年後、親しくなったスケルトンの男子選手が、やはり同じソリ競技のリュージュに転向。その活動の中で、海外に「ナチュラルリュージュ」という競技があることを知った。次回のミラノ冬季五輪での競技採用を目指しているという。
*リュージュ=木製のソリで、進行方向に足を向けて仰向け状態で滑る。一人乗りと2人乗りがある。
「髙山さんも、やってもらえませんか」と頼まれた。頼まれたら断れない性格だ。
「最初は選手をやる予定じゃなかったんです。『チームを作りたいので、サポートしてほしい』という話だったんで。それが『代表選手としてやってほしい』と言われて、『え? そうなの?』って。でも、見ているうちに興味が出てくるじゃないですか。自分も乗ってみて、こういう競技なんだぁって実感して。あんまり突き詰めて考えない性格なんですよ(笑)」
「オリンピックに出たいんです」
リュージュは人工的に氷を削って作ったコースを滑るもの。ナチュラルリュージュは、その名前の通り、スキー場や山道に積もった雪を圧雪して、水を撒き、自然に凍らせたコースを滑る。木ぞり文化が残るヨーロッパ北部では盛んで、レッドブルなどの大手企業がスポンサーについている。
しかし、日本ではまだ未知のスポーツ。髙山も今、競技普及のため体験会で教えたりもしている。ただ、「海外遠征の予定もあったのですが、コロナで中止になって」と思うように進まない現状がある。
日本のソリ競技の連盟に支援のお願いに行くと門前払いされた。なので国際試合に出場するためには、海外の代表チームの一員としてエントリーしなくてはならない。世界(国際連盟)から「五輪競技に」と後押しされながら、国内では活動もままならないという不思議な構図。
道具も自費購入だ。国内では作れないため、海外(イタリア)から自分のサイズのソリを購入し、練習も試合も一緒くたで使っている。練習は、北海道の奥地にある人通りの少ない山道を、警察や町役場と交渉して道路を封鎖してもらい、貸し切り状態にして行う。
一緒に活動してきた選手が『木ぞり協会』を立ち上げ、木ぞりを輸入していろんなスキー場で滑るという活動をしながら、同時進行でリュージュの体験会や普及活動を行うこともある。
「前途は……多難ですね。ボブスレーに始まり、スケルトン、リュージュと、色々な意味で滑りまくってます。でも、楽しいです。40歳過ぎて何やってるんだろうな、って思うこともありますけどね」
そう言って明るく笑うが、大きな目標がある。
「オリンピックに出たいんです。50歳で行きたいんですよ。その後は若い選手を育てていって、ソリ界を、今よりもっとまともにしたいですね。そこまでは自分が率先してやって、続く若い選手が出て来たら、その子たちが競技者として頑張っていけるような組織づくりがしたいんです」
髙山は真顔で言う。そんな忙しい日々の中、髙山はもうひとつの未知の競技と出会う。
取材・文/矢崎良一 写真提供/髙山樹里 小川みどり 矢崎良一
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