ハリウッドでモデルや映画出演を目指し努力を続けている我が家の子役たちには、落選エピソードが満載。中でも特上は、配信大手の大作のメインキャラクター選抜で、最終候補3人に残った長女ユズの話だ。
カメラのレンズを怖がらないユズにとって、写真広告は得意分野。1歳の誕生日の直後、初めて受けたオーディションでアパレルメーカーの広告の仕事をもらって以来、演技力をあまり必要としない、自然な様子を写し出す企画で採用され続けた。なんといっても、お昼寝から目覚めた直後に、ベビーカーからスタスタとカメラの前に向かいニッコリ笑えるびっくり赤ちゃんだったのだ。
ハリウッド子役が直面する天国と地獄。我が子がNetflix全米1位ドラマに出演するまで
集英社オンライン / 2022年8月17日 15時1分
3人の子供たちが全員子役として活動している、ロサンゼルス在住のフリーライター・麻生美重さん。自身も米俳優組合(SAG−AFTRA)の会員である彼女が、普段なかなか垣間見ることができない、ハリウッド作品の撮影現場をレポートする。
オーディション落選は当たり前!?
過去には白雪姫のおもちゃのパッケージに起用されたことも
こちらはMacy'sの広告キャンペーンに起用されたときのもの
だが、セリフのある役のオーディションを受け始めるようになると、ユズに試練が訪れた。レンズを向けられるとポーズをするのがクセになっていたため、自由な動きはどうもぎこちない。片方の手と足を同時に前に出して歩くようなガチガチっぷり……。そんなユズが13歳、学年末で忙しい5月の中ごろ、Netflixのドラマのオーディションが舞い込んできた。原作はベストセラー小説で、うちの本棚にも並んでいる。「これは大きなチャンス!」と母子で気合を入れた。
セルフテープの出来はいつになく上々。1週間ほどして2次オーディションの連絡があり、数々の製作会社が軒を連ねるカルバーシティへ。そこではなんと、キャスティング・ディレクターから「演技指導を受けさせて、うまくできたら最終審査に送り込みたいの」と直々の言葉が。
キャスティング・ディレクターのアンバー・ホーンさんと控室で談笑するユズ(右)と活躍中の子役さん(左)
ご紹介の演技コーチに連絡し、「これはディレクターとグルの詐欺なのでは……」と疑うほど高額の代金を払ってレッスンを受けた結果、ユズの演技は見違えるほどよくなった。さて、いよいよファイナルの読み合わせオーディションだ。
演技の特訓を受けたハリウッドのオフィスで
当日。ロビーに着くや否や、母子ともども怖気付いた。まるで妖精のような6、7人くらいの女子が小走りでやってきてユズを取り囲んだのだ。ふわっふわのアフロヘア、透き通るような金髪、漆黒ストレートのロングヘア、見た目はそれぞれ違ってみんなスタイリッシュ! 照明が当たっているかの如くキラキラしている。
一方のユズは、ラフな格好で、まとまりのないくせっ毛を何とか束ねている状態。業界風な自己紹介と握手攻撃に、「場違いなところにきた」とでも言うように、ユズの顔が引きつっているのが少し離れた場所からも見て取れる。
よくよく見渡すと、5人のキャラクターごとに3人の候補がすでに選ばれていた。かなり知名度のあるもう1人の子役さんがユズのライバル。目の前にいるのは、ジュリア・ロバーツの出演作品でインパクトを残したあの女の子ではないか。手渡されたばかりの新しい台本を必死に読んでいるのはうちの子だけ。みなさん余裕ということか。
女子たちはグループに分かれ、プロデューサーらの待つ部屋へと消えていった。どれくらい時間がたっただろう。気がつくと、半べそをかいたようなユズがそばに立っていた。「帰ろう」とつぶやいたその様子から、この数日間の取り組みが実を結ばなかったのだと悟った。
ユズはこの日、親の私が知らない世界に足を踏み込み、ノックアウトされた。新しい台本を覚えきれず、他の子役との実力の差を見せつけられ、プロデューサーの厳しい目に晒された。キャスティング・ディレクターは、緊張でセリフが出てこないユズに助け舟を出し、何度かチャンスをくれたと言う。「今日の経験を次に生かそう」。帰りの車中で話せるのはこれだけだった。
落選を機にモチベーションがアップ
この時以降、ユズのオーディションに向かう姿勢は一変した。セリフ覚えはスピードアップし、容赦ない母からのダメ出しにも、以前よりは耐えられるようになった。数か月後には得意分野のコマーシャルで大きな仕事を取り、久しぶりに現場も経験。コロナ禍で100%自宅オーディションとなってからも、モチベーションを保ちつつ踏ん張った。
そして2020年の秋、Netflix配信の外国ドラマの英語吹き替え版オーディションがエージェントから送られてきた。オーディション用のシーンはふたつでセリフも長くはなかったけれど、ストーリーを把握しにくい台本だったと記憶している。
我が家の場合、声のオーディションテープはいつも、雑音が入りにくい車の中で携帯電話のボイス機能を使って録音する。この作品では、「親子の普段の会話」に加え「怖いものが襲ってきている様子」をとるようにと指示があった。狭い車内では、想像力さえ働かせれば恐怖や絶望は意外と表現しやすい。それに声が漏れないので思いっきり悲鳴も上げられる。私は、トラウマが残りそうなほどの怖い状況をユズに想像させた。結果、かなりリアルな演技ができたのかもしれない。
数日後、仕事をブックしたとの連絡があった。吹き替えであろうが「初のネトフリ!」である。ようやく次のステージに進めた気がした。
その段階ではまだタイトルを知らされていなかったが、後にその作品は、韓国ドラマ『Sweet Home -俺と世界の絶望-』(2018)だとわかった。人間が怪物に変身してしまった町で、高校生たちが血みどろのサバイバル劇を繰り広げるという内容だ。
Netflixシリーズ『Sweet Home -俺と世界の絶望-』独占配信中
ユニバーサル、ワーナー・ブラザース、ディズニーなどの大手スタジオや古くからの音響スタジオが立ち並ぶ街、バーバンクで録音は行われた。コロナ禍によるロックダウンの解除から半年以上経ち、エンタメ業界も恐る恐る再開し始めたような時期だった。スタジオには、アシスタントとエンジニアがひとりずついるのみ。監督はリモートで演出をするという流れだった。
『Sweet Home-俺と世界の絶望-』英語吹き替え中のユズ
録音当日、ほぼ同時進行で本編を見たユズは、衝撃の内容に圧倒されながらも、何とか全エピソードを撮り終えた。大人でもギョッとするような映像が続く作品だ。サンプル映像を見ていた私は、ホラー映画をほとんど見たことのないユズにとって怖すぎやしないかと内心ドキドキしていた。ところが、休憩室に戻ってきたユズによると、監督の要求に答えるのに必死で、怖いと感じる心の余裕はなかったらしい。
吹き替えで訪れたNetflixのスタジオで、過去に関わったタイの人気ドラマ『転校生ナノ』のポスターを発見
センス抜群のインテリアで飾られたスタジオを半日独り占めにし、ユズは大満足で吹き替えの初仕事を終えた。数か月後に配信された『Sweet Home -俺と世界の絶望-』は、全米1位の快進撃をくり広げた。私がドラマのストーリーに夢中になれたのは、作品のクオリティはもとより、ユズがキャラクターをうまく演じられたということの証だろう。
オーディションに何度落ちようと、たまに訪れる「BOOKED!」の知らせが、次のステージに気持ちを向けさせてくれる。次にお仕事ブックするのは、うちの3人の子役たちの誰だろう。
『Sweet Home -俺と世界の絶望-』
Netflixシリーズ『Sweet Home -俺と世界の絶望-』独占配信中
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