全国の約120人の現役の教員に話を聞いたところ、8割が子供たちの「国語力」の弱さを感じていると回答していました。
ずいぶん前から、中高年世代によって「最近、言葉の通じない若者が増えた」という話は語られてきました。これは、言葉や常識がアップデート(更新)されることで、世代間でズレが生じ、中高年世代が若者世代とうまく意思疎通ができなくなることが原因でした。
教員の8割が感じている「子供の国語力低下」が引き起こす深刻な問題
集英社オンライン / 2022年8月23日 10時1分
外国語、プログラミング、SDGs、金融教育、起業家精神…日本では新しい教育が次々と導入されている。。しかし一方で、日本の子供たちの「国語力」の衰退は危機的なレベルにあるという。『ルポ 誰が国語力を殺すのか』の著者・石井光太氏が子供たちの言葉を奪う社会の病理と国語力再生のために提言する。
「国語力」の低下が引き起こす問題
私が『ルポ 誰が国語力を殺すのか』で描いたのは、それとは違う意味合いです。
現在の教育現場で深刻化しているのは、子供たちが言葉によって自分の感情に向き合い、想像し、表現し、物事を打開してく力が、複雑化した社会と照らし合わせて不足しているということです。何事も「エグイ」「ヤバイ」「キモイ」で表現する子供がいますね。これらの言葉では自分の感情とも、他者の気持ちとも向き合えませんし、建設的なコミュニケーションも不可能です。
文科省は、「国語力」について語彙をベースにした感じる力、想像する力、考える力、表す力の統合体だとしています。人はその力を駆使することによって、コンピューターとも、他の生き物とも違う、人間らしい営みをします。すなわち、言葉で多くのことを感じ、考え、人とかかわり、道を切り開いていくのが人間なのです。
先の教員たちが口をそろえるのは、その力の弱い子供が目立つ、あるいは力のある子とない子の差が大きいということなのです。
言葉を上手く使えず、人生につまづく子供たち
これまで私は少年犯罪、不登校、自殺、ひきこもり、ゲーム依存など様々な子供の問題を取材し、本を執筆してきました。そうした現場では、子供たちが言葉をつかえないことで人生につまずく姿を多数、目にしてきました。
「先輩に言われたから売春した」「なんで友達と仲良くできないのかわからない」「ゲームをしていれば面倒なことを考えなくて済む」「人とかかわるなんてダルいだけ」……。
背景は様々ですが、彼らは思考停止の状態、つまり言葉で物事を考えるのをやめてしまっています。そもそもその力に乏しい。だから、自覚がないままどんどん悪い状況に陥っていく。
私は、こうしたことは問題を抱えた子供たちだけに当てはまることだと思っていました。しかし、現場の教員方によれば、学校で起きている「問題行動」にも相通ずるものがあるといいます。
ネットに同級生の個人情報を書いてはいけませんと言われて「事実を書いてなぜ悪い?」と答える子、意見を聞かずに相手を一方的に論破することが正義だと考える子、あらゆることを自己責任として切り捨てる子……。共通するのは、言葉で状況を深く捉えられていないことです。
なんで、子供たちの間にこうしたことが起きているのでしょうか。
国語力の低下が想像力の欠如につながる
小学校の先生が興味深い実例を示してくれました。小学4年生の教科書に載っている戦争文学に『一つの花』(今西祐行)があります。こういう話です。
戦中の食糧不足の中、お腹を空かせた幼い娘は何度も食べ物をねだるのが癖になっていました。ねだれば、もらえると思ったからです。父親が出征する日も、彼女は何度もおにぎりをねだりました。父親はおにぎりをすべて渡した後、別れの直前に駅のゴミ捨て場のようなところに咲いていたコスモスを摘んで手渡して戦争に行きました。戦後、父親は帰ってきませんでした。しかし、家の庭にはコスモスの花が咲き乱れていました――。
先の先生が子供たちに「なぜ戦争に行く前に、父親は娘にコスモスを渡したのか」と尋ねたところ、「娘が騒いだから罰として与えた」とか「お金儲けのため」といった答えが続出したそうです。
戦争を知らない子供たちが当時の状況を細かく理解するのはたやすいことではありませんし、自由な読み方を否定するつもりはありません。ただそれを差し引いても、前後の文脈や、戦争へ行く父親の立場を考えれば、「騒いだ罰」と捉えるのは適切ではないと思います。
では、なぜ、そう考えられたのでしょう。それは、他者の胸の内を言葉によって想像し、状況を適切に捉える力が弱いためです。常識に基づいた想像力を駆使して行間を読み取る力がないので、プログラミング的な思考で、「ゴミ捨て場に咲く花を渡す=罰」となる。
その先生は、これは単なる誤読ではないと主張されていました。誤読以前に、言葉をベースにした情緒力、想像力、論理的思考からなる国語力が不足しているから起こる解釈なのだ、と。国語力の不足によって行間を補えないということです。
そういえば、現在、小説の世界では恋愛文学の衰退が著しい状態にあります。文芸編集者によれば「他者の心の微妙な機微を感じ取ることが苦手な読者が増えていることが一因」なのだとか。
「行間なき時代」へ
漫画の世界では、あらゆることをダイレクトなセリフか、動作で示すことが主流になっています。『あしたのジョー』のラストに主人公が白い灰になるシーンがありますが、ああいう表現が成り立たなくなっているのです。「もうダメ、疲れ切った。死にそう」と言わせるか、本当に死なせるしかないということです。
すべてが国語力だけの問題ではないにせよ、リアルにおいても、芸術においても、「行間なき時代」が到来しているのかもしれません。
#2へつづく
文/石井光太
#2 子供が9歳までが勝負! 家庭でできる子供の国語力を伸ばす5つの方法(8月24日10時公開予定)
#3 開智日本橋学園中学が取り組む「国語力」を上げるための先進的な授業(9月2日10時公開予定)
『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)
石井光太
2022年7月27日
1760円(税込)
単行本 336ページ
978-416391575-3
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