2022年4月に解体が始まった「中銀カプセルタワービル」。銀座にあるこのビルは、建築家・黒川紀章の設計によるメタボリズム建築として名高い。1972年竣工。ちょうど50年での解体となった。
メタボリズム=新陳代謝。この建物は1部屋ごとにコンテナのように独立している“カプセル”の集合体で、それを入れ替えながら半永久的に使おうというコンセプトだった。
15部屋を購入し保存を訴えるも解体。「中銀カプセルタワービル」の虜になった男性が語る魅力
集英社オンライン / 2022年8月18日 17時1分
世界的建築家の黒川紀章設計の名建築で、老朽化に伴い今春から解体が進む東京・銀座の「中銀(なかぎん)カプセルタワービル」。日本発の建築運動「メタボリズム」を象徴する唯一無二のビルは、半世紀もの間、多くの人々を魅了してきた。この建物に熱狂し、保存プロジェクトの代表として関わってきた男性に、ビルの魅力やこれまでとこれからについて聞いた。
半世紀の歴史を持つメタボリズム建築
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解体前の中銀カプセルタワービル。インパクト大の外観
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室内は家具家電がビルトインのミニマルな空間。写真は床をリノベーションした部屋
しかし実際には、カプセルの入れ替えは実施されず通常のマンション同様に老朽化。構造特有のデメリットも多く、2021年まで維持されてきたこと自体、住人の保存活動によるところが大きかったらしい。
2014年に発足した住民らによる「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」では、カプセルの売買や賃貸を斡旋する「カプセルバンク」やカプセルの見学ツアーを実施し、書籍を出版したり取材窓口となって保存活動を行ってきた。
さらに2017年からは、管理組合との調整を経て、カプセルを体験してもらうための短期賃貸「マンスリーカプセル」を実施。
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短期賃貸では、無印良品がコーディネートした「無印カプセル」も貸し出された
解体決定にあたっては、2021年夏にカプセル保存のためのクラウドファンディングを行い、これが話題となって国内外からビル解体後のカプセル利用の問合せが相次いだ。
こうした活動に至るまでにプロジェクト代表の前田達之さんは、15カプセルのオーナーとなってビルの管理組合での議決権を強めたのだという。
なぜそこまで、この建物に入れ込むのか。解体の様子を近隣のマンションの部屋を借りながらレポートしている前田さんを訪ね、話を聞いた。
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2022年6月半ば、「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」で借りている近隣マンションの部屋から工事の様子を望む
きっかけは手書きの捨て看板
「高速道路から見た中銀カプセルタワービルが印象的で、ずっと中を見てみたいなぁとは思っていたんですよね。広告会社勤めを始めてからはいつも近くを通っていたので、その思いがどんどん膨らんで」
きっかけは2010年に見つけた手書きの捨て看板だった。ビル近くの電柱に貼られた不動産広告で、「売りカプセル」「1カプセル400万円」と、そして不動産屋の電話番号しか書かれていなかったのだという。
「このビルって実は2007年に一度建て替えが決まっていて、そのときは大きく報道されたんです。だから、どうしてまだ売ってるんだろうって、思わず電話しちゃって。『解体の件はまだ揉めているから1、2年は遊べるよ』と言われましてね。不動産の捨て看板なんて誰も連絡しないものだと思っていたのに、まさか自分が連絡するとは(笑)」
そして400万円で1カプセルを購入。バブル期なら平均3000万円だったというから、その価値がどう見積もられていたのかが伺える。
「購入といっても借地権ですし、当時の認識では何のメリットもないですね。でもやっぱり、中を見たくて買ってしまったんです。平たく言えば衝動買いですね」
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建設当初の状態に近い部屋。カプセル内は約10平米と小さい
そうまでして中に入った中銀カプセルタワービルは、前田さんにとってどんな場所だったのだろうか。
「しばらく滞在してみないとわからない魅力があります。それぞれのカプセルが宙に浮いている状態だからか、周囲から隔絶された不思議な感覚です。小さな茶室が宇宙に通ずるような……宇宙船や潜水艦に喩える人もいますね」
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プロジェクト代表の前田達之さん
議決権を強めるため15カプセルを所有
カプセルを手に入れ、魅了された前田さんは保存のために動き出すことになる。
2007年に決まった解体はリーマンショックの影響で一度白紙になっていたが、管理組合は建て替えの方向で話し合っていた。高度経済成長期の終わりに建ったこのビルは投資目的で所有した人も多く、普通のワンルームマンションになるならそのほうがよかったらしい。
「でも、こんなに面白い建物を建て替えてしまうなんてちょっとおかしいだろうと思いました。修繕するか、できれば本来のカプセルを交換するコンセプトを実現できたら面白いよなと。それをまず議題に上げるために議決権を得ようと考えたんです」
中銀カプセルタワービルの管理形態は通常の分譲マンションと同じで、所有する割合が大きいほど発言力が高まる。そこで前田さん自身がカプセルを複数所有したり、建物の保存に賛成するオーナーを少しずつ増やしていったのだ。
話をしてみると、「残したいが、老朽化しているなら仕方ない」というオーナーもいた。確かに、マイナス面ははっきり言って大きかった。
「よく言われたのは、ここは給湯が使えない、雨漏りする、そしてアスベストが使われているという3点です。でも保存したいオーナーもいることがわかりましたし、少しずつ理事会でも発言を始めました。買い手を紹介したり、借り手がつけばいいんじゃないかということでリノベーションを勧めたり、私自身も購入して最後は15カプセル所有していました」
じわじわと保存派が所有するカプセルが増え、一方的な建て替えは議題に上がらなくなってきた。そして、2014年に「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」を発足し、広報活動を行う。プロジェクトには、最終的にオーナーが25人ほど参加していた。
楽しみを追求する人々がコミュニティ化
「書籍を出したり、取材が増えたり、それによって面白い人が集まってきてくれる。この数年はいい循環がつくれていたのかなと思います」
住環境としてはデメリットが大きいだけに、あえて使おうとする人は個性豊かだった。それがコミュニティになっていたのが、建物のソフト面での特徴だったという。
「映画監督やフォトグラファー、ベンチャー系の方とか、楽しみを追求しようという人たちが集まっていました。自分が所有するカプセルの一つはオープンにして部室みたいに集まったり、夜な夜なイベントしたりね」
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解体工事を見守るため近隣マンションに借りた部屋には、ビルを愛する人が集めたグッズが多数
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写真右は最新書籍『中銀カプセルタワービル最後の記録』、左上はスキャンデータにより復刻した新築当時のパンフレット、下はプロジェクトメンバーが個人で制作したジン『中銀カプセルタワービルデイズ。』
コロナ禍がビル保全の致命傷となった
その魅力が広く知られるようになり、活性化してきた中銀カプセルタワービル。他では得難い価値が形成されていたと言えそうだが、結局、なぜ取り壊すことになってしまったのだろうか。致命的な打撃を加えたのは世界的な新型コロナウイルスの流行だった。
「個人での修繕はもう厳しいですし、デベロッパーに所有してもらって、カプセルの新陳代謝を実現させたいと動いていたんです。ヨーロッパの企業と、かなり話は詰めていたんですよ」
カプセルのオーナーや管理組合との打ち合わせも進んでいたが、海外の企業であっただけに新型コロナウイルスの影響は大きく、話は流れてしまった。
「いよいよ老朽化も進む中で、区分所有のままでは修繕の話もまとまりづらい。最後は、カプセル活用を前提として保存派も全員説得して解体に賛成しました」
それゆえに解体は、黒川の構想通りカプセルを取り外す形で進んでいる。
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カプセルが取り外された空間
「状態のいいカプセルを指定し、20カプセル以上を保存することになっています。搬入先の倉庫も用意済みなんです」
国内外の美術館などへの展示がいくつか内定しており、カプセルが世界に散らばっていく。さらに、宿泊施設に転用する構想もあるという。
「メタボリズム=新陳代謝で考えれば、展示するだけでなく新しい活用を考えていくべきですよね。やはりこの空間を泊まって体験してほしいから、宿泊施設を運営する会社に譲渡するなどの形で“カプセルヴィレッジ”をつくれないかと検討しています。内装コンペに使おうという話もあります」
解体により「新しいメタボリズム」を実現
「中銀カプセルマンシオンパンフレット」によれば、この都心に置いた小さなカプセルを黒川は、多重構造化する生活の中で確保するべき「自分らしい個人の空間」と位置付け、「新しい住まい方を提供する」と述べた。
複雑化する暮らしの中で、最低限の自分の空間だけを確保しようという考え方は、シェアハウスやキャンピングカーの流行などとも共通し、むしろ非常に今っぽいのだ。
「黒川さんは早すぎたんだと思いますよね。黒川事務所とは新たなカプセルのモジュールをつくる話をしていたりもするんですが、次のメタボリズム建築をつくる建築家が現れたりしたら最高ですね」
プロジェクト発足当初は、「老朽化マンション」の代名詞としてのネガティブな取材が多かった。それが発足後の8年で、メタボリズムを体現したかのような変化が起きている。
欠点の多い建物ではあったが、それだけに住民たちがつながり、そして世界へ拡散されていく。
「1、2年遊べるよ、と言われて購入したものが12年続いてしまいました。ある意味、人生を狂わされてしまいましたね(笑)。でも、これからも時代と共に変わっていく新陳代謝を実現していけるんじゃないかと楽しみにしています」
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解体現場を背景に
取材・文・撮影/宿無の翁
写真提供/中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト『中銀カプセルタワービル 最後の記録』(草思社)
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