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「徹頭徹尾、死ぬときはひとり」バビ江ノビッチが語る、ゲイの老いと死

集英社オンライン / 2022年8月25日 14時1分

映画『スワンソング』(8月26日公開)は、引退したゲイのヘアメイクドレッサーが、人生最後の旅に出る物語。実在の人物をモデルにしたという、製作の裏側を監督に解説してもらうとともに、ドラァグクイーンとして活躍するバビ江ノビッチに、映画で描かれるゲイ文化の栄枯盛衰と、終活について聞いた。

コミュニティをエンパワーメントした“名もなき英雄”

主人公のパットを演じたのは、『悪魔のはらわた』(1973)や『サスペリア』(1977)、ラース・フォン・トリアー作品で知られるウド・キアー
© 2021 Swan Song Film LLC

ウド・キアーが演じたパットことパトリック・ピッツェンバーガーは、老人ホームで孤独に暮らす偏屈なおじいちゃん。


かつて街一番のヘアメイクドレッサーとして活躍し、女装パフォーマーとしてもゲイバーのステージに立っていた人物だが、今では上下グレーのスウェットに身を包み、静かに余生を送っている。

そんな彼の元に舞い込んだのが、亡くなったかつての顧客が遺言に託した、死化粧の依頼。ゲイとして生き、最愛のパートナーであるデビッドを亡くし、親友だった元顧客と袂を分かったパットの胸には、輝いていた頃のさまざまな思い出が去来する。

本能に突き動かされるようにホームを抜け出した彼は、仕事道具の化粧品を万引きし、立ち寄った美容院で「熱中症予防に」とピンクの帽子を譲り受け、みるみる気高さを取り戻していく。たとえ時代遅れと揶揄されながらも、田舎道をランウェイのように堂々と闊歩する姿は、最高にゴージャスだ。

バビ江ノビッチ

「私たちのゲイのコミュニティの中には、その時代、その土地によって、パットのような“名もなき英雄”って、必ずいたんです。教科書に載るような人ではないけれど、ポジティブなエネルギーを振りまいて、同世代のコミュニティの人々を確かにエンパワーメントしていた。その生き様やファッションによって、“自分の生きたいように生きていいんだよ”という肯定的なメッセージを発してくれていました」(バビ江ノビッチ)

主人公のモデルになっているのは、トッド・スティーブンス監督の地元であるオハイオ州サンダスキーに実在した同名の人物。まさに、監督にとっての“英雄”だったという。

トッド・スティーブンス監督
© 2021 Swan Song Film LLC

「故郷のサンダスキーは小さな田舎街だったので、話し方にしても洋服にしても、周りと同化しなきゃいけないみたいな変なプレッシャーがいっぱいありました。男の子は“スポーツ少年でありなさい”みたいなね。僕が実在のパットを知ったのは、9〜10歳の頃。近所を自転車で走り回っていたら、すごくゴージャスな帽子をかぶって長いタバコを吸っているミスター・パットが目についたんです。自信たっぷりに、誇らしげな雰囲気をまといながら、”クィアですけど何か?”といった感じで歩いている。まるで珍しい野鳥を目撃したような感覚になりました。閉鎖的な社会に違和感を覚えていた僕には、ロックスターのように見えたんです」(スティーブンス監督)

そして17歳のとき、勇気を振り絞って地元のゲイバーに足を踏み入れた監督は、きらびやかな格好をして踊るミスター・パットを再び目撃する。

「僕の世界はここにある」

自身もゲイである監督は、そのことを初めて確信したという。

シェルターであり、サンクチュアリだった

『スワンソング』は、「急速に消えていくアメリカのゲイ文化へのラブレター」だと語る監督。主人公のパットが青春を過ごした60〜70年代は、ゲイ解放運動が起き、運動が活発になればなるほど、バッシングも大きくなっていった時代だった。

その後、1980年代にエイズが蔓延。残念ながら多くの人がエイズの犠牲になり、コミュニティは壊滅的なダメージを受けたという。

「映画の中でも、パットはコミュニティを失い、愛する人を失い、周りとの関係も断絶していきました。今はゲイバーに行かなくてもインターネットで出会いを求めることができるし、社会の一員として普通に生きることができる時代。それと引き換えに、先輩たちが築いてくれたゲイ文化が失われつつあることに、僕自身、ほろ苦い思いも抱いています。そのことが、映画を作るきっかけのひとつでもありました」(スティーブンス監督)

© 2021 Swan Song Film LLC

劇中にも、かつてドラァグクイーンとしてステージに立っていた懐かしのゲイバーを訪れ、閑散とした様子に驚くシーンが。それでも、ミラーボールの下で踊り、「これに飢えてたの!」と目を輝かせるパットはエネルギッシュだ。

「ゲイの解放運動が起こった60〜70年代の激動の時代に、ゲイバーはある意味シェルターになっていたと思うんです。外では自分がゲイであることを公言できないけれど、そこに行ったら同志に会える。自分を偽らずにいられる場所は、シェルターであり、サンクチュアリみたいな場所だったと思います」(バビ江ノビッチ)

©2021 Swan Song Film LLC

今年47歳になるバビ江氏は、「ゲイ文化がアンダーグラウンドだった、ギリギリの時代に東京に出てきた世代」だという。

「私が初めて新宿二丁目に行ったのは19歳のとき。それまでも地元で男性と出会って一夜限りのセックスをすることはあったけど、何かそれはとっても虚しい作業で。性欲は満たされても、心は満たされなかったんです。でも二丁目に初めて出てきたときは、 “この街を歩いている人、このクラブにいる人、全員ゲイなんだ!”って思って感動したし、ものすごくエンパワーメントされましたね。本当の家族や地域や学校では得られなかった密なコミュニティを、自分達で新たに組み直す作業をしてきたんだと思います」(バビ江ノビッチ)

私たちの世代が、後輩に死にゆくお手本を見せる番

©2021 Swan Song Film LLC

現在、アメリカの一部の州では同性婚が認められており、法の保護の元にパートナーシップを育むことができる。映画の中では、男性同士で子供育てをする若いカップルを目撃したパットが、友人と共に時代の変化を語り合うシーンが。

「特に印象的だったのは、”今のゲイカップルは子供たちを残せるけれど、私たちは何も残せない”という発言。その通りだなと感じました。私たちも新宿二丁目で家族のようなコミュニティを作ってきたけれど、結局、それも幻想なのよね。本当の家族じゃないから、仲が良かった人の死を後で知ったり、お葬式に出ることすらできなかったこともある。徹頭徹尾、死ぬときはひとりだということを、淡々と描いている映画だと思いました。とはいえ、実在のミスター・パットが監督に映画のヒントを与えたように、私たちにもきっと、出会った人の心に少しずつ何かを置いていける可能性がある。そんな小さな希望も感じました」(バビ江ノビッチ)

©2021 Swan Song Film LLC

皮肉と毒がたっぷり盛り込まれていて、センチメンタル。ジュディ・ガーランドやシャーリー・バッシーなど、往年のディーバたちのベタすぎる名曲をふんだんに盛り込むオーバーな演出も、「シニカルでクィアっぽい」とバビ江氏。ただし、映画に1点だけ不満もあるのだとか。

「欲を言うと、パットが老人ホームに入所するまでの経緯も描いてほしかった。だって、ヘアメイクドレッサーとしてもドラァグクイーンとしてもキラキラ輝いていた人が、いかにして老いていったのか、気になるじゃない。私たちの先輩たちも、60代くらいを境にゲイバーなどの現場に出てこなくなるんです。その後の消息をたまに聞くこともあるけれど、華やかな老後だけじゃないから、なんだかとても悲しい気持ちになるんです。私自身、どんな老後を送るのか本当に想像がつかない。ロールモデルがいないのよね」(バビ江ノビッチ)

ただし同時に、コミュニティを築き、権利獲得のために尽力してきた偉大な先輩たちの思いも、十分すぎるほど理解できる。

「自分を肯定して生きていくためには、かっこよく、美しくあることが最大の武器だった。だからこそ、弱っていく姿や老いていく姿を見せたくないという美学もあったと思います。彼らがゲイとして生きるお手本を見せてくれたように、今度は私たちの世代が、後輩たちに死にゆくお手本を見せる番なのかもしれません。最期のときまで、意地の悪いババアでいたいと思います(笑)」(バビ江ノビッチ)

誰もが等しく老い、いつか死を迎える。そして、どんな属性であろうと「徹頭徹尾、死ぬときはひとり」。それならば、自分と周りの人を愛し、過去を愛し、プライドを持ってパットのように生きたい。そう思わせてくれる物語だ。映画を製作するにあたり、実在のミスター・パットの晩年に少しだけ会うことができたというスティーブンス監督は、感慨深げにこう語る。

「自分がモデルになった映画が日本で公開されることに、きっとミスター・パットは天国で驚いていると思う。そしてきっと、感動してくれているんじゃないかな」

『スワンソング』(2021)SWAN SONG 上映時間:1時間45分/アメリカ


ヘアメイクの現役生活を遠の昔に退き、老人ホームでひっそりと暮らすパット(ウド・キアー)は、思わぬ依頼を受ける。かつての顧客で、街で一番の金持ちであるリタが、遺言で「パットに死化粧を」とお願いしていたのだ。リタの葬儀を前に、パットの心は揺れる。すっかり忘れていた生涯の仕事への情熱、友人でもあるリタへの複雑な思い、そして自身の過去と現在……。

2022月8月26日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
© 2021 Swan Song Film LLC
公式サイト:swansong-movie.jp

バビ江ノビッチ
空を飛んだり火を吹いたり、まるで1人ディズニーランドのようなショウスタイルは奇抜でゴウジャス、ソウルフルでかつコケティッシュ。そのスタイルは幅広い層から支持を受け、東京をはじめとした全国のクラブシーンはもとより、アーティストのプロモーションビデオやライブ、企業のパーティや結婚式からキャンギャル、学園祭、村おこし(!)、果ては昨今の女装ブームに便乗したテレビ出演まで、アングラからメジャーまで都市伝説的に活動しているDRAGQUEEN。
「好きな映画はペドロ・アルモドバル監督の『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)や『バッド・エデュケーション』(2004)。もちろん、昔の『バチ当たり修道院の最期』(1983)とか『アタメ』(1990)とか、はちゃめちゃなものも好き。『スワンソング』を見て思い出したのは、こちらも大好きなフランソワ・オゾン監督の『ぼくを葬る』(2005)。死を前にすると人はいろんなことをするけれど、結局はただ死んでいくだけ。同じようなものを感じました」

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トッド・スティーブンス
アメリカ・オハイオ州サンダスキー生まれ。『Edge of Seventeen』(98)で脚本と製作を担当。『Gypsy 83』(01)と『Another Gay Movies』(06)では、脚本・製作・監督を担当した。以前の作品4本すべてが数多くの映画祭で賞に輝き、世界中で劇場公開されている。現在、ニューヨーク市にある芸術大学スクール・オブ・ビジュアル・アーツで映画学科の教授を務めている。



取材・文/松山梢

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