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NHK「子ども科学電話相談」で33年。ベテラン回答者が実践する伝える工夫

集英社オンライン / 2022年8月30日 11時1分

みなさんは、夏休み中に小さなお子さんが次々と繰り出してくる質問に、ちゃんと答えられただろうか。面倒でついついおざなりになってしまった、ということはないだろうか。そもそもどうやって回答すればいいか、わからないこともある。そこで「子ども科学電話相談室」で33年間も回答をしてきた、国司真氏にその極意を聞いた。

天文・宇宙が専門なのに最初の質問は新幹線

「続いてはですね、天文に関する質問をいただいています。愛知県のお友だちです。おはようございます」

司会役の女性アナウンサーが挨拶をすると、「おはようございます!」と男の子の元気の良い声が電話口から返ってきた。

「どんなことが聞きたいですか?」

「気球は宇宙に行けますか?」



8月初旬に放送されたNHKラジオ第1の番組「子ども科学電話相談」での一コマである。

この5歳の子の質問に対し、天文・宇宙を担当する国司(くにし)真先生(67)が丁寧に説明している。5、6分ほどやりとりがあった後、男の子は鼻歌を歌い出してしまった。国司さんとアナウンサーは、そろそろといった感じで話のまとめに入った。

「子どもが飽きたなと感じたら、すみやかに切り上げた方がいいんですよ」

国司さんは同番組で33年以上も回答者を務める大ベテラン。説得力がある。

「子ども科学電話相談」のベテラン回答者である国司真さん。「かわさき宙(そら)と緑の科学館」のプラネタリウム解説員を経て、現在は跡見学園女子大学兼任講師を務める

子ども科学電話相談は1984年にスタート。主に小・中学生からの質問に、専門家たちが答えるという形式で、ジャンルは天文・宇宙のほか、昆虫、植物、心と体、鉄道など幅広い。夏休み限定での放送が長らく続いたが、2019年4月からは毎週日曜日にレギュラー化。基本的には生放送で、ヒリヒリする緊張感が視聴者にも伝わる。

国司さんが出演するようになったのは、番組の回答者だった国立科学博物館の担当者が海外出張へ行くことになったため、その代役として頼まれたのがきっかけである。いざ迎えた本番初日。最初の質問を国司さんは今でも鮮明に覚えている。

「次は星の話ですとディレクターに言われて、子どもの質問を聞いたら、『新幹線はなんであんなに速いんですか?』というものでした。間髪入れずに、司会の方が『では、国司先生お願いします』と言うのです」

え、ちょっと待ってよと驚いた国司さんだったが、すぐに頭を切り替えた。

「新幹線が開通する前年、小学生だった僕は父親に連れられて、国分寺市にある国鉄の鉄道技術研究所へ見学に行った経験があったんですよ。それで新幹線と在来線の違いを、その子と一緒に考えているうちに、『あ、わかった!』と、喜んでくれました」

いきなりの窮地を何とか乗り切った国司さん。その対応力を番組関係者が気に入ったのかどうかはわからないが、以来、毎年出演するようになった。

「子ども科学電話相談室」の収録風景(写真提供:NHK *コロナ禍以前の4年前に撮影)

教科書どおりの回答だけではダメ

長年の回答者歴の中で、国司さんをひどく困らせた質問はどのようなものだったのか。

一つは、「空は、どこからどこまでが空ですか?」。国司さんが振り返る。

「小学1年生だったかな。どんな話をしようか迷っていると、ちょうどスタジオに広辞苑があって、そこにはこう書いてあったんです。『空は、天と地の間のむなしいところ』(注第四版までの語釈)と」

国司さんは感心したものの、これでは回答にならないと思案を巡らす。そこで「地面があってその上の空気があるところ。紙飛行機が飛ぶところは空なんだよ」と答えた。すると子どもが「じゃあ、地面から10センチ離れたところも空なんですか?」と聞いてきた。

「科学電話なのだから、始めから大気圏には対流圏や成層圏、中間圏、熱圏というものがあって、高度100キロメートル以上は宇宙空間になるといった話をしてもいいのですが、それだと『空はどこから』の回答にはなりません。そもそも青空と星空でも違う。随分と苦労しましたが、逐一説明していきました」

もう一つ、国司さんが思い出すのが、流れ星に関する質問だ。

20年ほど前に「流れ星がパッと光ったときに、3回願いごとをすると叶いますか?」という質問があった。それに対して、国司さんは「叶いますよ」と言い切った。すると、放送局に抗議の電話が来たという。「科学なのに、何という答えだ」と。

そうした意見は受け入れつつも、国司さんはこう考える。

「もちろん科学的な話をするに越したことはありません。ただ、子どもと一緒に話をする中でお互いに納得し合い、努力することの大切さを伝え、最後は『どうもありがとうございました』と、挨拶して終われれば、結果としていいんじゃないのかな」

必ずしも教科書どおりの答えだけを伝えるのが、子ども科学電話相談の役割ではないということだ。

精神年齢を子どもに合わせる

子どもたちにわかりやすく伝えることに、国司さんはどんな工夫や注意をしているのだろうか。

一つは自分の精神年齢を相手に合わせることだという。

「精神年齢というのは、自分で決められるんです。回答者の先生方は、すぐに子どもたちの目線に合わせられます。例えば、アサガオのツルはどうして右巻きなのかという小学1年生の質問に対して、まずは自分がアサガオを育てていた小学1年生のころの記憶を呼び戻し、その体験を紹介します。それから長年培った研究のことをお話しするんです」

実際、国司さんも冒頭の5歳の子に対し、「実はね、おじさん、随分昔なんだけど、熱気球に乗ったことがあるんです。そしたらね、飛ぶっていうよりもね、フワって浮いた感じがした」と、自身が初めて気球に乗った時の話をしていた。

「その時のワクワク感とか、自分が昔やっていたことが、5歳の子にも等身大で伝わってほしいなと、そんな思いで対話をしました」

もう一つは、熟語をできるだけ使わないようにする。

「前に、植物専門の先生が『色素』という言葉を使って、すぐに『色の素』と言い換えました。熟語をそのまま言ってしまうと子どもにはわかりづらい。多くの回答者は訓読みで、わかりやすくしゃべる工夫をしています。作家・井上ひさしさんの言葉で『むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに』とありますよね。あれが基本かなと思っています」

ごまかしたり、知ったかぶりしたりしない

回答者として何よりも国司さんが大切にしているのは、誠実な姿勢で子どもに向き合うことだ。

「質問してくる小学生や中学生はウソをつかないんですよ。本当に自分が疑問に思ったことを、気取ったり、カッコつけたりせずにストレートに聞いてきます。それをちゃんと受け止めて、わからないときはわからないと正直に答える。こっちもウソをついてはいけません」

「わからなければ正直に言うべき。ウソはいけない」と話す国司さん

「やたら大きな数字でごまかしたり、大袈裟に言ったりしてはだめ。でも、天文の世界ってそうなんですよ(苦笑)。あたかも見てきたような風に言ってね。100億年前なんて見た人いないのにね」

たとえ小さな子であっても、軽んじることは決してない。

番組ではそうした姿勢を貫いてきた国司さんだが、家庭では必ずしもそうではなかったと頭をかく。

「小学生だったうちの子からの質問にひと言で済ますような回答をしたら、『お父さんはラジオだとあんなに丁寧に答えるのに、私にはちゃんと答えてくれない』と怒られました」

本物の空を見上げてほしい

今や子どもでもインターネットで簡単に物事を調べたり、映像を見たりできる時代だ。現に、一時期はネットの情報を見ただけの質問も多かったという。ただ、それだけでは本当の学びにはならないと国司さんは感じている。

だからこそ、国司さんは本物を見て触れることを伝えたい。

「プラネタリウムもいいけど、実際の空でも星を見てね。それはいつでも言っています。東京でも1時間空を見上げていると、面白いことがいっぱい起きますよ。人工衛星が飛んでいたり、流れ星も見えたり。いろいろと気づくことは多いです」

ただ、最近は自分自身で体験をして、その上で質問してくる子どもたちが増えているそうで、国司さんはほっと胸をなで下ろしている。

(取材・文/伏見学)

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