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逃れられないのは地方ゆえの闇? それとも…絶望の深淵に漂う『少年のアビス』

集英社オンライン / 2022年9月1日 14時1分

「週刊ヤングジャンプ」で人気連載中のマンガ『少年のアビス』。2022年9月1日から実写テレビドラマ化も始まる本作の魅力をレビューする。

ただ生きているだけの男と生きていたくない女

『少年のアビス』(峰浪りょう)はふたりの男女の出会いから物語がはじまる。主人公・黒瀬令児と憧れのアイドル・青江ナギとの偶然の出会いだ。

その頃の令児は完全に行き詰まっていた。高校を卒業すれば、家族のために働くことになっている。生まれた時から人生は決められているのだ。かといってやりたいこともない。当然この“何もない町”から出ていくことはできない。そんな令児に、町に来たばかりだというナギは町の案内を頼む。最初は緊張気味だった令児だが、ふと、どうにもならない自分の境遇を語る。



彼女は絶対この町からいなくなる人だったからだ。

町を歩いていたふたりは川にたどり着く。その川の上流には、恋人たちが心中したという言い伝えのある「情死ヶ淵」があったという。そこでナギはこともなげに言う。

「羨ましい」「だって一番幸せな死に方だから」そして続けた。

私たちも今から心中しようか

令児はとまどいながら「何を言っているのか……」と返すとナギはさらに続ける。

だって令児くんの人生
この先絶対つまんないだろーし

それは令児にとっては生まれて初めてかけられた優しい言葉。“自分に気づいてくれた”のはいきなり現れたナギだった。

令児は認知症の祖母、心を病み引きこもって暴れ続ける兄、そしてたったひとりで働き、家族を支える母と暮らしていた。さらに近所には町の有力者の息子で、自分をパシりに使う幼馴染がいて、そうした柵の中、生まれ育ったこの小さな町に縛られ続ける彼は、このまま“ただ”生きていく、そう思っていた。彼女に出会うまでは――。

令児はナギに誘われて彼女と肉体関係を持ち、情死ヶ淵で心中しようとする。彼は自分のなかの闇を吐き出すように、ありったけの自分の感情を彼女にぶつけた。そのあとナギに「なぜ死にたいのか」を尋ねた。

死にたい理由はないよ
ないの。生きてる理由が

自分を縛る町の外の人、輝いて見えていたアイドルがそうであるならば、もし自分がここではないどこかで生きたとしても「なにもない」だろう。そう悟った令児は、彼女の手を取り川へと足を踏み入れる。だが、町を巡回中だった高校の担任教師に止められてしまう。ナギは「また今度にしよっか」と言い残して去っていった。

ここまでが絶望の物語「少年のアビス」のプロローグだ。

逃れられない町で心の闇は深まり…

令児が暮らす町は、非常にリアルな「地方」の町だ。何代にもわたって続く人間関係の面倒さ、確立しているヒエラルキー、教養や知識のない狭量な大人、それに心を折られる若者たち……本作にはこういった「負の雰囲気」が綿密に描かれている。

そんな町を令児は受け入れるしかなかった。その結果、彼は空っぽになっていった。たしかに中高生ならば、自分のやりたいことがみつからず、気持ちが空虚になることは珍しくもないだろう。ただその多くは学校、バイト、遊びやいろんなコミュニティーで、付き合う人たちが変わると自分の居場所を見つけて、大人になっていく。空虚な感覚はいつしか意識しなくなるものだ。

だが、令児は暮らす場所も付き合う相手も変わらない。下手をすれば生きている限りずっと。高校を卒業すれば、いまよりもっと家族のために生きねばならない。

この町では、これが大人になるということなのだ。

救いのない絶望に足を引っ張られ続ける主人公を筆頭に、他の登場人物たちも闇を抱えている。

幼馴染の秋山朔子は理不尽な実家を出て東京へ行きたいと思っている。もうひとりの幼馴染の峰岸玄は、令児をこき使うなど横暴にふるまっているものの、その裏に異様な執着と心の傷が透けて見える。令児の担任教師の柴沢由里は仕事と退屈な日々に苛立っていた中、令児を心中から救ったことで、歪んだ愛情をぶつけてくるようになる。作家の似非森耕作は、中学の同級生である令児の母親・夕子との間に特別な闇を抱えているようだ。

彼らはそんな心の内を令児に吐露していく。まるで教会で“告解”するように。

絶望の中のサスペンスドラマ

陰鬱でリアルなシチュエーションと重たい展開は続く。ただ、本作は救いのない現実をただ描いたドラマではない。多くの謎や伏線が散りばめられており、読み進めていくにつれて徐々にそれらが明らかになっていくサスペンスなのだ。

たとえば幼馴染の玄は、その横暴な行動の意味や感情が描かれるごとに、初登場の時から大きく印象が変わっていく。また似非森は、彼がこの閉塞感ただよう町に「戻って来た」意味と過去が描かれることで、その真意を表に出すようになる。

登場人物たちの秘密やキャラクターが明確になるにつれ、物語の輪郭がくっきりしていき、ようやく『少年のアビス』の全体像を知ることになるのだ。

やがて物語には大きな転機が訪れる。

このとき読んできた“前提”が崩れ落ちるように感じるかもしれない。令児はそれを受け入れるのか、それとも抗うのか……ぜひ自分の目で確かめてみてほしい。

1巻、2巻と読み進めていけば、本作の仄暗い魅力のとりこになり、ページをめくる手が止まらなくなるだろう。あなたもまた、アビス(深淵)にすとんと落ちてしまうはずだ。

©峰浪りょう/集英社
文/古林恭

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