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なぜ、アメリカ女子サッカーは「観客数世界一」なのか? WEリーグ発展へのヒントを探る

集英社オンライン / 2022年8月30日 14時1分

ヨーロッパでは近年、女子サッカーの競技力の向上が顕著で、観客数も増加。今年4月のチャンピオンズリーグではバルセロナが1試合で9万人超の観客を集めて話題になった。だが、各国内の女子リーグに目を向けると、アメリカのNWSLが群を抜いている。成功の背景にはなにがあるのか。スポーツライターの松原渓氏が現地を取材した。

6人の日本人選手がプレー

日本女子プロサッカー「WEリーグ」の新シーズンが10月に開幕する。開幕1年目の昨季は、1試合平均5,000人の観客動員目標には程遠い1,560人にとどまった。集客面は今季の課題として持ち越された一方、アメリカのNWSL(ナショナル・ウィメンズ・サッカーリーグ)は、1試合平均5,000人以上の観客を集めている。


世界中からスター選手が集まり、満員のスタンドが熱狂する――そんな「世界一のリーグ価値」は、どのように生み出されているのか。

欧州の女子サッカーは近年、競技力の向上が顕著だが、観客数も増加している。今年4月のチャンピオンズリーグでバルセロナが記録した9万人超の大観衆が話題になり、7月の女子ユーロ決勝でも8万7000人超を記録するなど、最多観客者数を次々に更新している。

だが、国内女子リーグの観客数は、実は日本と大きく変わらない。昨季の各国のトップリーグの平均観客数を見ると、イングランドが1,924人、ドイツが804人で、フランスは663人。スペインでは圧倒的な人気を誇るバルセロナも、平均観客数は2,500人程度に留まっている。

それに対し、集客面ではNWSLが群を抜いている。リーグの平均観客数は5,000人以上だ。NWSLでは現在、6人の日本人選手がプレーしている。MF川澄奈穂美、FW横山久美(ともにNJ/NYゴッサムFC)、FW永里優季(シカゴ・レッドスターズ)、MF杉田妃和(ポートランド・ソーンズFC)、FW遠藤純(エンジェル・シティFC)、MF長野風花(ノース・カロライナ・カレッジ)だ。

日本人選手の活躍と、NWSLの集客力の秘訣を探るため、8月上旬、ポートランド・ソーンズFC(以下ソーンズ)とシカゴ・レッドスターズ(シカゴ)の2試合を取材した。

リーグ創設時から人気を牽引してきたソーンズは毎回、ホームゲームに1万5000人が入る。そして、今季は新規参入のエンジェル・シティが、平均1万9000人と人気沸騰中だ。同クラブはテニスのセレナ・ウィリアムズやハリウッド女優のナタリー・ポートマンなど、様々な著名人がオーナーに名を連ねている。その話題性や、華やかなロサンゼルスを拠点としていることもあるだろう。

NWSLで8シーズン目となる川澄が、確信を込めて言う。

「アメリカは代表が強くて、『女の子たちが当たり前のようにサッカーをする』という文化もありますが、それとは別に、リーグが盛り上がるためにいろいろな施策をやっています。日本も代表が強い、弱いということで人気がぶれてしまうようでは、WEリーグの成功は見えてこないと思います」

杉田妃和は世界一の人気クラブでレギュラーに

ソーンズには、東京五輪で優勝したカナダの主将、FWクリスティン・シンクレアやアメリカ代表のDFクリスタル・ダン、そして杉田など、6カ国から代表選手が集まっている。

杉田は、2月にINAC神戸レオネッサからソーンズに加入すると、すぐにレギュラーに定着した。ポジションは左サイドハーフが主戦場だが、日本でプレーしていた時と明らかに違うのが、ゴール数だ。なでしこリーグでは2018年の6ゴールが最多だが、アメリカではコンスタントにゴールを決め、5カ月でその数字に並んだ。そして、チームは首位争いを繰り広げている。

杉田妃和

「ソーンズはクロスの数が多いですし、シュートエリアが広くて技術も高いので、飛び込むタイミングが合わせやすいです。FWはボールが入ったら前を向いて、味方のサポートがなくてもシュートを打って終わります。そういう前への推進力は、日本でプレーしていた時とは違うなと感じています」(杉田妃和)

ホームのプロビデンス・パークに最下位のノース・カロライナ・カレッジ(NC)を迎えた8月5日の一戦は3-3のドローに終わったが、シュート数は20(ソーンズ)対23(NC)という打ち合いになった。

ファミリー、2人組、おひとり様、小学生グループ。年代も人種も多様なサポーターがチームカラーの赤と黒を身につけ、チャンスが来るたびに思わず立ち上がり、ファインプレーには拍手を送っていた。杉田の横断幕を掲げるサポーターも多く、「Hina!」コールがあちこちから聞こえてきた。

熱狂的なソーンズサポーターが集うゴール裏

ゴール裏からは、腹の底に響くような太鼓の音が響き、ソーンズが得点すると発煙筒が焚かれた。この日の観客数は1万7139人で、今季最多を記録。その雰囲気は、W杯や五輪などの国際大会に近い熱気を感じた。

座席は20ドルから200ドル超えまで

加入したばかりの長野はまだチームに合流していなかったが、杉田はフル出場し、クロスで2点目をお膳立て。アメリカ代表のDFカーソン・ビケット(生まれつき左前腕と左手がなく、四肢に障害を持つ最初のアメリカ代表選手でもある)とのマッチアップは会場を沸かせた。(https://twitter.com/ThornsFC/status/1555751516862001153?s=20&t=6HkutS66MEMpHjqnk75pag

「今までは、試合を見てくれる人が面白いと思ってくれることにやりがいを感じていましたけど、アメリカに来て、結果を残すプレーがしたいと思うようになりました。自分の名前を呼んでくれる人が増えたのもゴールが増えたからだと思います。

今日は久しぶりのホームでの試合だったので、ゴールの後の歓声を聞いて『ああ、これだ!』という感じがありました。あの声援を聞くと、やっぱりモチベーションが上がります」(杉田妃和)

チーム運営の面で日本との違いについて聞くと、杉田はスタッフの多さを挙げた。

「映像を作る人やカメラマン、メディア対応のスタッフ、選手のストレスやメンタル面をサポートしてくれる人、チームの連絡を毎回メールしてくれる人など、日本でプレーしていた時よりもチームに関わる人は多いです。サポートが行き渡っているので、プレーにも集中しやすいです」

本拠地が同じ、男子のポートランド・ティンバーズとソーンズをセットで応援しているファンも多いという。一方で、新規層を取り込むための工夫も随所に見られた。

まず、チケットの購入方法がとてもシンプルでわかりやすい。スタジアムのイラストから好みの座席を選ぶことができ、カーソルを合わせれば値段が表示される。価格設定も幅広く、プロビデンス・パークの場合は20ドルのゴール裏席から、食事を楽しみながらタッチライン際で見られる200ドル超の席まである。

この日はその特別席もほとんど売り切れで、ハーフタイムに年配の女性グループが片手にビールを持って熱く語り合う姿は印象的だった。

試合後のレポートは、ゴールシーンと共にデータやポイントが箇条書きになっているため、試合を違う角度から2度楽しめる。Twitterでは、ゴールシーンと共にひねりの利いた一言が添えられるので楽しい。

杉田の看板やコールも聞こえた

杉田のゴールは、「HinaHive where you at?(Hiveは「蜜蜂の巣箱」の意味だが、アメリカでは熱心なファンを指す=ヒナのファンたち、どこにいるの?)」「SUGITA-MANIA! What a FINISH!(杉田マニア!なんというゴール!)」などのフレーズとともに拡散された。

NWSLで確固たる存在となった川澄奈穂美と永里優季

シカゴでは、永里が所属するシカゴ・レッドスターズがホームで、川澄と横山が所属するゴッサムFCと対戦。シカゴのコーチングスタッフには、東京五輪でなでしこジャパンのコーチを務めた今泉守正氏も名を連ねている。

この日の観客は5,078人。ポートランドに比べれば少ないが、メインスタンドの盛り上がりはソーンズに引けをとらなかった。こちらは子供の数が多く、クラブのマスコットが試合中にベンチに乱入して子供たちを喜ばせたり、スタンドにウェーブが起こったりと、客層に合わせて観戦を楽しむ様々な工夫が見られた。

ポスターの中心に永里

川澄は、NWSLで日本人初の100試合出場を達成するなど、第一線でエネルギッシュなプレーを続けている。永里は欧州と日本、アメリカなど5か国でプレーし、海外生活は12シーズン目に突入。ピッチ上での佇まいも、外国人選手と見間違うほど完全に溶け込んでいた。

試合は、シカゴが前半と後半に1点ずつを決めて2−0で勝利した。ゴッサムFCは、2点のリードを許した67分に川澄を投入。左サイドで周囲に大きな声と手振りを交えて指示を伝え、チームはにわかに緊張感を取り戻した。

だが結局、決定機をほとんど作れないままゲームセット。川澄は悔しい表情だったが、試合後はピッチ上で永里と健闘を称え合った。

それぞれのチームでリスペクトされ、確固たる居場所を築いた2人は、WEリーグもよくチェックしているようだ。「YouTubeなどでほとんどの試合を見ている」という川澄は、WEリーグを盛り上げるための考えを、積極的に発信してもいる。

「アメリカは、スタッフの数が違います。主務やマーケティング、SNS担当や試合のレポートを書く人など、日本は一人のスタッフが兼任することも多いと思いますが、NWSLはそれぞれが専門職で、役割が明確です。そういう『人』への投資も惜しまない印象がありますね。

投資といえば、インスタの広告にチームの宣伝が出てくることもあって、『そんなところにも広告を出しているんだな』と。選手やチームをカッコ良く見せることでお客さんが増えればさらに良くなっていくとわかっているから、それも必要経費として予算を組んでいるのでしょう。

お客さんに来てもらうためには、試合の開始時間も大事ですね。NWSLの客層はサッカーをしている女の子たちも多いので、キックオフは夕方や夜が多いです。WEリーグの試合はお昼スタートが多いので、(女の子たちの)試合時間と重なってしまうんですよね」

川澄が言うように、少女たちがスタジアムに来やすい環境を作ることは、WEリーグにとって非常に重要だ。なぜ、夜に試合をできないのか――。ナイトゲームは照明の経費がかかることも、各クラブの負担になっていると聞いた。

また、秋春制(NWSLは春秋制)になったこともハードルを高くしている。真冬のナイトゲームは、観客もプレーする選手にとってもリスクが大きいからだ。予算を増やすか、シーズンを春秋制に戻すか、あるいは他のアイデアを捻り出すか。まだまだ議論の余地はありそうだ。

強豪国には税制優遇などの共通点

世界一盛り上がっているNWSLの集客策を、WEリーグが参考にしない手はない。だが一方で、WEリーグは1年目を終えて予算不足も浮き彫りになった。どうすれば、予算を増やせるのか?

シカゴの試合には、アメリカに住んでいるWEリーグの岡島喜久子チェアが視察に来ていた。岡島チェアは、アメリカやスペインなどの女子サッカー強豪国が、制度面の優遇を味方につけていることに着目していた。

「NWSLの各チームのオーナーは、それぞれ個人事業主として事業や投資をしていますが、所得に対して、チームへの投資を経費として相殺できます。なので楽しみながら企業をイメージアップさせることができ、さらにチームの株も上がるかもしれない。だから投資したい人は増えているそうです。

スペインでは、女性スポーツへの投資に対して税制を優遇する法律が2015年にできました。それ以来、7年間の間にジェンダーギャップ指数が10位上がって、FIFAランキングでも17位から8位になったそうです。WEリーグも、日本女子サッカー発展のために、こうした取り組みを一生懸命やっていきたいと思っています」

アメリカは大学女子サッカーも盛んだが、発展の背景には、「タイトルナイン」(連邦政府から助成の対象となる男女の教育機会を均等にする法律。1972年に成立し、女性のスポーツ参加率が大きく向上した)の影響があったという。大学女子サッカーの恵まれたプレー環境が、多くのスターを生み出す土壌になっているのだ。

今後は、そうした公の制度面のサポートにも、大きな期待を寄せたい。

国際大会の決勝で3度アメリカと対戦した元なでしこジャパンのキャプテン、宮間あやは、「女子サッカーを、ブームではなく文化に」と言った。いつか、日本が再び同じ土俵に立つために、できることはたくさんある。今季のWEリーグが、その変化への一歩目を歩み出せることを祈りたい。

取材・文・撮影/松原渓 取材協力/ひかりのくに

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