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山上容疑者は“インセル”? 「旧統一教会問題」報道における日本と海外の根本的な相違

集英社オンライン / 2022年8月31日 14時1分

安倍元首相の暗殺事件を端に、旧統一教会と主に保守系政治家とのただならぬ関係が浮き彫りになり、連日、報道が続いている。日本では7月下旬以来、容疑者自身の過去や性癖に関する報道はめっきり少なくなったが、海外では「インセル(不本意な独身者)」「就職氷河期の負け組」と手厳しい。日本と海外の報道で、なぜこのような差が生まれるのだろうか?

世界は「旧統一教会問題」をどう報じているのか

安倍元首相の暗殺事件を端に、ふたたび旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)と日本社会や保守政治とのただならぬ関係が浮き彫りになった。これを世界はどう見たのか。安倍後の日本政治や、東アジア関係への国際政治的な関心より、「日本政治と宗教」に多くの報道が集中したことは、今般の海外報道の特徴といえるだろう。



最初に彼我の差が顕著な点は、メディア報道自体だ。当初、日本の主要メディアは安倍元首相を銃撃した山上徹也容疑者の私怨の対象を「特定の団体」と報じた。強い怨恨をかかえる人物が、取り調べの際に「特定の団体」などという役人用語を口にすることは考えにくく、警察やメディアの「配慮」が当初から疑われた。

一方、海外のメディアにはそうした「配慮」はない。米国の有力紙ワシントン・ポストは暗殺事件3日後の7月12日付電子版で、「警察はまだその宗教組織の名前を明らかにしていない」としながらも、ヘッドラインで”How Abe and Japan became vital to Moon’s Unification Church”(いかにして安倍と日本が文鮮明の統一教会にとって必要不可欠となったのか)と、「統一教会」という固有名詞をはっきりと伝えている。

英国の高級紙フィナンシャル・タイムズにいたっては、「(オウム真理教事件)以来、公共の場で宗教という言葉を使うことさえタブーとなった」として、宗教上の固有名詞を隠蔽する日本の報道の異様さを伝えている。(8月3日付電子版)

ワシントン・ポストの記事を執筆したのはピューリッツァー賞2度受賞のマーク・フィッシャー氏で、日本の主要メディアが完全無視する情報もきちんと入れている。たとえば、奈良の旧統一教会施設の玄関に銃痕が認められたと、FNN(フジテレビ系)が伝えていることまでチェックしている。

日本メディアの多くが固有名詞の使用を避けるなか、当初はフジ系列が他社に先んじてこの問題を報じていたことが海外記事でわかるのは皮肉としか言いようがない。

日本メディアの報道姿勢は「共産圏並み」

アメリカのメディアでは選挙期間中に政敵の現在、過去を問わず、弱点をすべて白日のもとに晒すのが定石だが、この国では選挙期間になると政策討論番組はほぼ姿を消し、選挙が近づくにつれ、あたかも共産圏の体制かのように早変わりする。

参院選挙期間中の6月26日のNHK生放送「日曜討論」で、NHK党の黒川敦彦幹事長が、「統一教会は反日カルトで、1958年に日本での布教の先鞭をつけたのが安倍の祖父岸信介だった」と発言(ワシントン・ポストはこれを7月12日付電子版で報道)。

それだけではない。黒川幹事長は「安倍元首相が統一教会の集会に参加していて、ネット上で大炎上していました。高市早苗氏もそれらに関与していました」と、まるでその後の大混乱を予言するかのような発言すらしている。

暗殺事件の直前の言論空間で、保守政党の大物と「反日カルト」とのただならぬ関係を“予定調和の聖地”であるNHKの生番組で暴露する前代未聞の展開に、リアルタイムで番組を観ていた私も椅子からずり落ちるほど驚いたものだった。

にもかかわらず、この黒川発言を取り上げる日本メディアは当のNHK自身を含め、ほとんど皆無だった。この黒川幹事長の「逸脱行為」を制御できなかったことで、NHK内では上層部から「旧統一教会と特定の政治家の関係について、突っ込んだ憶測を安易にオンエアしてはならない」というお達しが出たとされる。

黒川幹事長の番組での討論マナーは、振り付けを交えて風刺唄を披露するなど、いささか脱線気味だったものの、その指摘はとても貴重なものだった。この一件がその後、NHKがカルト宗教と政治との関係について突っ込んだ報道ができない遠因を作ってしまったとしたら、まことに残念なことだ。

「不本意な独身者」=インセルという語り方

次に顕著な違いは、山上容疑者をめぐる語り方(narrative)だ。

日本では山上容疑者の鑑定留置が決まった7月下旬以来、容疑者自身に関する報道はめっきり少なくなった。とくに、自衛隊時代の情報や個人の性癖についての報道はピタリと止んでいる。メディアにとって、拘留満期の11月29日まで「扱いの悪い」ネタになったわけだ。そのため、いまでは報道の中心は山上容疑者の周辺情報から、保守政治とカルト(宗教)2世の問題に移っている。

だが、海外の報道にそうした遠慮は見えない。米国のニューヨーク・タイムズ紙は、山上容疑者のツイートの一部を「長たらしい反韓言説やインセルカルチャーについての女性嫌悪的な断想」(7月23日電子版)と表現した。

インセルとはinvoluntary celibate(インセル)のインターネット言論上の略語で、不本意にも異性と恋愛・性愛的関係を持てない独身男性のことだ。アメリカでは主に白人男性に多く、女性嫌悪、人種差別、人間不信、ルサンチマン、勝ち組への暴力肯定感を持つといわれている。

いわゆる、「インセル/非モテ」の絶望感と犯罪との関連については、ネット言論はともかく、テレビなどでは微妙に扱いづらいテーマだ。

また、BBCは「日本は長く、宗教組織の子どもたちの人権を無視してきた。(日本の)制度は私たちを守ってくれない。信仰の自由は踏みにじられ、日本政府はこれを単に『家庭の問題』と片付ける」(7月23日電子版)とのカルト(宗教)2世らしき人物のコメントを引用し、山上容疑者の境遇に迫っている。

ちなみに日本は国連の「子どもの権利条約」を28年前に批准している。虐待や放置などとともに子どもの思想・信仰の自由も、家庭にかぎらず社会の問題として扱うことに同意しているのだ。それだけに日本メディアが山上容疑者の「不本意な独身者」(インセル)ぶりを社会問題として語らない理由はないはずなのだが。

安倍暗殺の背後に広がる「失われた30年」

BBCはさらに、山上容疑者がいわゆる「就職氷河期世代」に属し、非正規雇用者の苦渋を背負ってきたことに触れつつ、「日本では『勝ち組』と『負け組』を区別する。山上(容疑者)の背景が明らかになってから、ネット上では『彼は典型的な負け組』というコメントが早くもあがった」、「最近の日本は、ジョーカー的な凶暴犯罪は社会に恨みをもつ失業中の男性に多い」と指摘し、日本のマクロな社会経済的背景と犯罪傾向をリンクさせている。

ジョーカーとは映画『ジョーカー』(日本公開2019年)のことで、山上容疑者は韓鶴子旧統一教会総裁に対する、火炎瓶襲撃行為が未遂に終わった前日の10月5日に、名古屋で同作を観て共感したことをツイッターに投稿している。

映画は母と二人で困窮生活にある心優しい道化師の主人公が、不遇や社会差別などを経験し、社会に復讐を果たすというもので、母との繋がりが山上容疑者の境遇と重なり合う。

BBC電子版には「社会的に助けが必要な人でも、もっと自分で頑張れといわれる。それがダメなら家族が助ければよいとされる。でも、山上(容疑者)のように家族も崩壊している場合は誰も助ける者はなく、人は社会から見捨てられたと感じる」という、若者の貧困と労働問題に取り組むNPO法人POSSE渡辺寛人事務局長コメントも紹介されているが、その言葉が正鵠を得ていると感じるのは私だけだろうか。

安倍元首相の暗殺事件直後から、SNSやネット言論では統一教会という固有名詞が飛び交うなか、テレビ・新聞は一切言及を避けた。参院選の投票直前という要素はあったにせよ、多くのメディアが自らつかんでいる重要な事実を国民に知らせない異様な状況が続いていることが改めて明らかになった。

現在、日本ではこの30年来の保守政治とカルト宗教の関係に大きな注目が集まっている。しかし、世界のメディアが着目したように、事件の背後に「失われた30年」による深刻な社会的断絶が広がっていることを忘れてはならない。

文/小西克哉 写真/共同通信社

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