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「ウイルスから見れば、人間の世界は、人にとっての宇宙」養老孟司×宮崎徹対談

集英社オンライン / 2022年9月2日 15時1分

ネコやヒトを救うAIMを発見し、創薬に向けた研究を加速している宮崎徹氏が鎌倉に住む恩師・養老孟司氏を合計3回訪問して語り合われた科学の話。ネコの話や、幼虫・蛹・成虫のゲノム構造が異なる話など、興味深い話ばかり収録されている。本記事では、中でも貴重なお二人によるコロナワクチン論や、国の政策についての対話を一部抜粋・再構成して紹介する。

 於 鎌倉 養老邸 2021年5月

新型コロナワクチン接種は「壮大な実験」

宮崎 養老先生は、ワクチンの優先接種の対象となる医療従事者には当てはまらないのでしょうか。

養老 当てはまりませんね。だって医療ってものをしたことがないもの(笑)

宮崎 日本で承認されて使われだしたファイザー製やモデルナ製などのmRNAワクチンは別として、アストラゼネカ製のウイルスベクターワクチンは、アデノウイルスに新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の遺伝物質を含んだものであり、健康に対するリスクは指摘されていますね。



養老 ファイザーやモデルナのワクチンにしたって、mRNAの「入れもの」になんの害もなければいいけれど。

宮崎 「入れもの」とはリポソーム(細胞膜や生体膜の構成成分であるリン脂質から成るカプセル)のことですね。日本人がリポソームをつくると均質な構造になるらしいですが、アメリカとかでつくるとかなり大雑把な構造になるとも聞きます。それで結構、接種後に痛みが出るとも聞きます。
新型コロナワクチンの有効性については、かなりあると海外の論文誌などでは報告されていますが、インドなどではワクチン接種後に感染爆発が起きたりもしていますし、有効性についてはよくわからないところがありますね。

養老 そう思います。

宮崎 マウスなどで薬剤の感染防御に対する有効性を研究する場合、鼻から大量のウイルスを感染させて、薬剤投与なし(コントロール)で100%近い感染率の状況での薬剤有効性を示さないと、通常なら絶対論文は通らないと思います。ところが今回の治験では、コントロール(未接種群)で数%の感染率しかない状況で、ワクチンによる感染防御率が90何%ということですから、なにをもって有効というべきか疑問ですね。もちろん人間での、しかも緊急性のある臨床試験ですから仕方ないことではありますが。
とはいえ、いまのところはワクチンに頼るしかなさそうですね。

養老 心理的な面も大きい気がします。

宮崎 たしかに。私でも一回、接種すると「部屋に閉じこもっていなくても大丈夫かな」などと思ってしまいます。心理的な安心があると、感染しにくくなるというのもあるかもしれませんね。

養老 「神経免疫」というものがいわれるようになって、神経系と免疫系が影響をあたえ合っているともいうくらいだから、感染しにくくなるんじゃないかな。

宮崎 今回のmRNAワクチンは、かなり前から実験の場では研究者たちに使われていましたが、このコロナ禍で実際にヒトに使われるようになりました。意外なほど、あっという間に使われるようになったというのが私の印象です。

養老 「ものすごく壮大な実験」をしているようなものでしょう。億の単位の人びとが新しい種類のワクチンを接種している。サンプル数はものすごく大きいから、安全性や有効性については、かなりはっきりしたことが確かめられるんじゃないかな。

宮崎 こういった有事でもないかぎりは、これほどまでの「実験」はできませんね。
今後、新型コロナウイルスはどうなっていくか。養老先生の見立てはいかがですか。

養老 ほかの人も言っているけれど、ヒトと共生するような状況になっていくんじゃないかな。感染力はかなり強いので、どの道、相当な数の人類の体のなかにこのウイルスが入っていく。若い人たちなんかは、感染したことに気づかずに過ごすこともあるでしょう。
新型コロナによる死亡率も話題にはなるけれど、どの道、人は亡くなりますからね。なにで死ぬかのちがいだけであって。いまでも、年寄りの直接の死因は肺炎とかの呼吸器系が多い。

宮崎 宿主を殺してしまうと、ウイルスたちは自分が生きられなくなるから、感染力が強まると感染した人の致死率は減るとはいわれていますね。けれども、ウイルスはそんなことまで考えて変異しているのか。

養老 たぶん考えてないでしょう。ただ、感染症のうちエボラ出血熱とかでは、あまりにも致死率が高いので広がりにくいということがあるのはたしかみたいですね。エボラウイルスほど強力なものでなくても、日本では沖縄の西表島とかにマラリアウイルスが蔓延していて、戦時中に強制的に疎開させられた人たちの多くがマラリアに感染して亡くなったりもしました。

宮崎 ウイルスについては「感染力が弱まると弱毒化する」ともよくいわれますが、それは毒性の強い変異体に感染した人たちが次々に死んでしまって、毒性の弱い変異体に感染した人たちが生き残る結果、弱毒性のウイルスだけが広がっていく、という話なのでしょうね。しかし、変異のスピードが速い新型コロナでは、弱毒性のウイルスのなかから、いつ超強力な毒性を持った変異体が現れないともかぎらない。やはり決定的な治療薬は必要だと思います。それも、幅広い変異体に効果のある薬であればさらにいいですね。

養老 治療薬もあるということになれば、安心材料にはなりますね。

専門家でないからこそ「ご破算で」ができる

宮崎 私の研究にかかわる話になりますが、新型コロナウイルス感染症でなぜ一部の人が重症化してしまうかというと、感染後に肺の組織が崩れて、いろいろな「ごみ」が出て、そこに免疫系が過剰にはたらいてしまうということがあるのだと思います。だから、感染後に、そうした「ごみ」をさっと片づけてしまえば、免疫系が過剰にはたらくこともなくなる。そうしたメカニズムでの治療法ができれば、感染しても重症化はしにくくなると思います。そういうアプローチで薬を創れないだろうかと考えたりします。

養老 ぜひ、実現してください。

宮崎 ただ、私は感染症の専門家ではないので、こういう提案をすると、きっと抵抗に遭うだろうなとは思います。

養老 どんなことでもそうですよね。

宮崎 自分の経験では、外国と比べて日本ではそうした抵抗が強い気がしますね。

養老 似たようなことが、つい先日から読みはじめた、竹倉史人さんという方の『土偶を読む』(2021年、晶文社)という本に書かれてましたよ。
土偶というと考古学でよく研究されているけれど、竹倉さんは人類学者であって、考古学については素人。けれども、考古学の門外漢の目で見てみると、どうしたって土偶は人間には見えないと。では、なにに似ているかというと、縄文時代の人たちが主として食べていた植物や貝の形に似ている。そのことに気がついて、一つひとつの土偶を「読んでいく」のです。茨城県の椎塚貝塚で見つかった土偶の顔はハマグリの殻の形をしている。青森県の有名な遮光器土偶の体はサトイモをかたどったものである、といった具合に。そうして、土偶の本義は植物霊祭祀にあったという結論にたどり着きます。

おそらく、考古学者たちにはこうした発想はできなかったんでしょう。すでに、土偶の分類がしっかりとされてしまっているからね。けれども、考古学者ではない竹倉さんは、これまで考古学で築かれてきた「土偶は人間像」という前提を平気で打ち破り、「ご破算で願いましては」と言えたわけです。

いまの日本の社会が置かれている閉塞状況を打ち破るようなことに通じるできごとだと思いますね。医学には、典型的な閉塞状況があるとは思うけれど。

宮崎 そう思います。学会単位で細かく分類されてしまっていて、専門家以外の人が口を出すと、たとえ正しそうなことであっても潰されてしまうかもしれません。

科学者と政治家の感染症対策会議は「バベルの塔」みたいなもの

宮崎 100年ほど前にも、スペイン風邪が世界で流行しました。その時代から、果たして人類の感染症に対する戦略は進歩したといえるのか。いかがでしょうか。

養老 政治という点では、ぜんぜん進歩していないと思いますよ。いま行政が出している施策なら、僕なんかでも政治家となって指示できそうだもの。
「人との接触を避ける」なんていうのは、アマゾンに住む先住民でもやっていることです。人びとへの給付金の配り方も、みんなに10万円を配るなんていうのは単純そのものでしょう。ましてや、マスクを国民全員に配るだなんて。これが、給付できる人とできない人を分けて、給付対象の人だけに30万円を配るといったことになると、とたんにすごく面倒なことになる。だから、政治家としては、支持を得るために「みんなに配ったらいいじゃないか」という考えになるに決まっています。

宮崎 専門家委員会のメンバーとの意思疎通も、うまく行っていないような……。

養老 政治家と専門家とで共通のプラットフォームをつくろうだなんていうのは、実現できっこない「バベルの塔」みたいな話ですよ。同じ塔を建てることを考えていても、話がまったく通じない。だいたい、専門家たちが見ているコロナウイルスと、政治家たちが思い描いているコロナウイルスとでは、感覚的な大きさがまったくちがっているもの。

ニュース番組とかで、よくウイルスの顕微鏡写真が映されて、その横でアナウンサーがしゃべっているでしょ。テレビ画面のなかで、ウイルスと人が同居しているわけです。けれども、もしウイルスの大きさがテレビに映っているサイズだとすると、アナウンサーの大きさは100万キロメートルぐらいのとんでもない大きさになってしまう。そんなに大きさのちがうものを、テレビ画面に同居させちゃっていいのだろうかと思ってしまいます。画面に映っているぐらいの大きさでウイルスを見ようとしたら、同じスケールの人間はあまりに巨大すぎて扱うことはできない。人間の細胞でさえ、1個で数百メートルぐらいの大きさになってしまう。ウイルスからすれば、人間の世界は、人にとっての宇宙みたいなものです。

専門家たちは、ウイルスのことを詳しく調べようとして、テレビ画面に映っているような解像度でもって日々ウイルスを見ている。一方で、政治家たちは、ウイルスを点として見えもしないぐらいの小さい存在として考えている。同じウイルスを扱っているつもりでも、じつは見ているウイルスの解像度がまったくちがうから、話が通じない。

宮崎 専門家でない人が人間とウイルスを並べて考えると、実際の大きさとは異なるスケールでウイルスをイメージしてしまうのかもしれませんね。地球の外にある宇宙空間をイメージするときも、実際の大きさを想像しづらいのと似ています。

養老 僕は化学が苦手だったんだけれど、その理由はそういったところにもありましたね。たとえば、先生が黒板に、水(H2O)の構造式を書くでしょ。黒板に書かれた構造式の大きさは、測ってみたら20センチぐらいになる。いっぽう、水の分子は、実際は1・2オングストローム(100億分の1・2メートル)でしかない。もし、水の分子構造が20センチメートルもあるとすると、僕たち人間は足だけで地球サイズになってしまい、頭は月まで達してしまう。黒板に水の分子の構造式を書いていた先生は、自分がまさかそんなバカでかいものを描いて話しているとは思っていない。僕はそう思っていた(笑)

トウモロコシを対象に遺伝学を研究して、ノーベル医学・生理学賞を受賞したバーバラ・マクリントックは、「自分はゲノムのなかに立っている」といったことを述べていました。科学者たちは、分子や原子と向き合っていると、そういう感覚になるんでしょうね。


撮影/榊智朗

『科学のカタチ』

養老孟司 宮崎徹

2022年8月25日

1,650円(税込)

単行本(ソフトカバー) 200ページ

ISBN:

978- 4-478-871850-0

ケムシとチョウ、ウジムシとハエが同じ生き物だというのはヘンではないですか? ――養老孟司
生命のしくみを突き詰めれば突き詰めるほど全体が見えなくなってくる ――養老孟司
五量体は実は「六量体」だった! 奇跡としか思えない。神様が設計したとしたら、相当マメな神様だ ――宮崎徹
新しい薬をつくるには、固定観念の壁を打ち破らなければならない ――宮崎徹

ネコやヒトを救うAIMを発見し、創薬に向けた研究を加速している宮崎徹氏が、鎌倉に住む恩師・養老孟司氏を訪問する中で語り合われる「科学のカタチ」。

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