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「転倒」は高齢者の人生を狂わせる。次に転ぶ前に家族ができること

集英社オンライン / 2022年9月4日 10時1分

山田悠史医師は、ニューヨークにある大学病院で「老年医学専門医」として高齢者の診察を行なっている。日々患者と向き合いながら、約1年をかけて書き上げたという新著『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』(講談社)で伝えるのは、高齢者に起こる「転倒」の怖さだ。正しく恐れるため、そして素早い対策を講じるために「高齢者を持つ家族が知っておきたいこと」を山田医師に聞いた。

高齢者の「1回の転倒」は、対策を講じる重要なサイン

1度転んだ人はまた転ぶ――。これは格言でもなんでもない高齢者の「転倒」の実態です。過去1年間で1度以上転倒した人は次の年に転ぶ確率が5.9倍高くなると試算する調査(※1)もあり、高齢者の転倒をいかに防ぐかは老年医学専門医として優先的に取り組んでいる課題でもあります。



転倒による骨折も深刻ですが、転倒のけがに伴う「転倒後症候群」にも気をつけたいところ。これは転倒でけがをしてしまった人が再び転倒してけがをすることへの恐れから、歩くこと自体に不安や恐怖を感じてしまう病気で、活動量の低下を招き、さらなる転倒リスクを呼び寄せます。

この不安障害はその転倒で仮にけがや痛みがなかったとしても約半数の人に起こると知られていて、3年後にまで続き得るとも報告されており(※2)、決して軽視できません。高齢者にとってはなんとしても避けたい「負のサイクル」といえます。

転倒した本人がケロッとしていたり目立った怪我がなければ、家族側としては「大丈夫? 気をつけてね」で終わることもあるでしょう。ですが高齢者から転倒の報告を受けたら、先ほどお伝えしたように「1度転んだらまた転ぶ」と考えてほしいのです。今度は骨折するかもしれないし、転倒後症候群で歩けなくなるかもしれません。必要以上に心配することはありませんが、1度転倒したらまた転倒する未来も見据え「リスクを減らすアクション」を起こさなければいけないタイミングだと言えます。

転倒防止のために家族ができることは、実はたくさんあります(※3)。その1つが「家の環境を整える」こと。中でも「トイレ」に手すりを取り付け、便座から「ゆっくり立ち上がれる」環境を作ることは非常に有効な対策です。なぜなら排尿時には低血圧になりやすく、失神による転倒事例がとても多いからです。

人間には交感神経と副交感神経があり、いわゆるアクセルとブレーキの役割を持っていますが、排泄時の神経は「ブレーキ」が優位となり、血圧を下げる働きをしています。そこで一気に立ち上がると重力の影響も受け、脳の血液が少なくなり気を失うことがあるのです。特に一部の心臓の薬、高血圧の薬を服用する高齢者は低血圧によるトイレでの転倒リスクが高まるので、過去に転倒経験がなくても注意が必要です。

<参考文献>
※1 Teno J, Kiel DP, Mor V. Multiple stumbles: a risk factor for falls in community-dwelling
elderly. A prospective study. J Am Geriatr Soc 1990; 38: 1321-5.

※2 Austin N, Devine A, Dick I, Prince R, Bruce D. Fear of falling in older women: A longitudinal study of incidence, persistence, and predictors. J Am Geriatr Soc 2007; 55: 1598-603.

※3 CDC National Center for Injury Prevention and Control. Check for Safety: A Home Fall
Prevention Checklist for Older Adults. https://www.cdc.gov/steadi (accessed June 27, 2021).

寝たきり生活からの復帰を後押しする「住空間」とは

手すりのような「足し算」の対策もあれば、「引き算」の環境整備も欠かせません。例えば、家具を減らして動線を広くする、配線コードを整理する、ラグマットをなくすなど、高齢者がつまずきそうな要因を「引き算」していくのです。

昔はまめに片付けていた方でも、高齢になると掃除もままならなくなるもの。親御さんが物が多い・物が散乱した部屋で暮らしているようなら、片付けを手伝うだけでも環境作りにはプラスになるでしょう。

また「灯り」もキーワードの1つです。夜寝る時もトイレまでの廊下の電気は点けておくなど、暗がりを作らないことも転倒防止に。日常的に歩き慣れた場所とはいえ、加齢によって視力が落ちていれば暗がりでつまずくリスクは増加します。電気代が気になる場合は、人感センサーで反応するライトを取り付けるといいかもしれませんね。

こうして居住環境を整えることは日々の転倒を防ぐだけでなく、「転倒からの復帰」を早めることにもつながります。転倒による骨折で入院する高齢の患者さんは、病院では1日の大半をベッドで過ごすことも少なくありません。

当然、日が経つにつれ筋力も落ち、活動力もみるみる下がってしまいます。そんな時、お家の環境が整っていれば「普通の生活に戻っても良い」と医師が判断を下し、早く退院できる場合があります。逆に家の環境が整っていないと「この環境で普通に生活するのは難しい」と判断され、入院が長引いてしまうケースも。

「1回転んだぐらいで対策を講じるなんて」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、早めの転倒防止対策はもしも2回目が起きてしまったり、さらには骨折してしまった後でも、しっかり役立つものなのです。

「介護保険」を活用して悩み解消&生活の質向上を

転倒がきっかけで歩行器や杖を使っている高齢の家族がいる場合は、お家でできる範囲で手伝いをお願いすることも、高齢者のやりがいや活動力を上げるポイントかもしれません。自分一人では歩く気が起きなくても、人は役割を与えられることでと頑張って歩こうと思えるからです。

なお、歩行器・歩行補助杖を高齢の家族にプレゼントしたいと考えている方は「安いから」とネットで購入せず、できればかかりつけ医やリハビリを担当する理学療法士、または介護用品を扱う専門店の店員さんに相談しましょう。なぜなら歩行器・歩行補助杖は、きちんとした器具を正しく使うことが重要だからです。

ご家族と同居しておらず、お子さんが遠くに住んでいていわゆる「老老介護」を行なっている方は、パートナーの介護に手一杯で、なかなか環境を整えることまで手が回らない、という場合もあるでしょう。そんな時は地域のサービスを活用することも考えてみてください。

特に介護保険を利用されている方は、困りごとがあれば地方自治体の窓口やケアマネージャーさんにぜひ相談を。手すりの取り付け、歩行器・歩行補助杖の貸し出し、生活援助による掃除などなど、介護保険適用のサービスは実にたくさんあります。地域で介護者のケアを行う組織、コミュニティ、ヒトにアクセスすることが、住み良い環境作りにつながる可能性は大いにあるでしょう。


取材・文/金澤英恵 撮影/金栄珠(講談社写真部)

最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM

山田悠史

2022/6/24

1,980円

単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 384ページ

ISBN:

978-4065285664

高齢者の2割には病気がないことを知っていますか?
今から備えればまだ間に合うかもしれません。

日本人の平均寿命は男性が81歳、女性は86歳。
でも、元気に自立した生活を送ることができる期間である「健康寿命」は、男性なら約72歳、女性なら約75歳と報告されています。
日本人は最後の約10年を、支援や介護を受けて生きているのです。

・65歳以上の約10人に1人は車椅子か寝たきり
・65歳以上の約6人の1人は認知症
・65歳以上の約3人に1人は5種類以上の薬を毎日飲んでいる
・65歳の約5人の1人は、少なくとも1つ以上の慢性疾患をもつ
・死に直面している人の約10人中7人は自分で意思決定ができない

これらの現実をどうしたら変えられるか、最後の10年を人の助けを借りず健康に暮らすためにはどうしたらよいのか、その答えとなるのが「5つのM」。
カナダおよび米国老年医学会が提唱し、「老年医学」の世界最高峰の病院が、高齢者診療の絶対的指針としているものです。

【5つのM】
Mobility ーーからだ
Mind ーーこころ
Multicomplexity ーーよぼう
Medications ーーくすり
Matters Most to Me ーーいきがい

ニューヨーク在住の専門医が、この「5つのM」を、質の高い科学的エビデンスにのみ基づいて徹底解説。
病気がなく歩ける「最高の老後」を送るために、若いうちからできることすべてを考えていきます。

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