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「月収10万円でOK」-これからの定年後に本当に必要な収入額の根拠

集英社オンライン / 2022年9月19日 13時1分

定年後の支出額は定年前と比較して大きく減少する。そして、60代中盤以降はなんといっても年金給付が受けられる。結局、定年後にいくら稼ぐべきなのか。すでに引退して労働収入がない世帯の家計収支の差に着目することで、定年後に必要な収入の額を導き出す。『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社)から一部抜粋、再構成してお届けする。

ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う

定年前の支出が多い時期に稼ぐ仕組みに

家計の収入と支出を比較し、その差額を算出したものが下図である。若い頃から歳を取った時までの家計収支全体の推移をざっくりとみていてわかるのは、生涯を通じて家計の支出額と収入額は強く連動しているということである。つまり、収入が増えればその分支出を増やそうとするし、支出が増えるのであればその分稼ぐ必要が生じる。


(出典)総務省「家計調査」

家計の収入と支出には双方向に因果関係が働いている。こうしたなか、ここで着目したいのは、まず家計に必要となる支出額が先にあって、それに連動して収入が増減する流れである。なぜなら、先述の通り40代、50代で教育費や住居費が急増することは、多くの世帯にとっては不可避であるからである。

データからは、特定の時期に個人が受け取る収入は、その時期に必要になる家計支出額に応じて決まることがわかる。人生で最も稼ぎが必要な時期があって、それに応じて高い報酬が支払われる日本型の雇用慣行は、こうしてみると実によくできた仕組みともいえる。

理屈上、給与は各従業員の能力やパフォーマンスによって決まるべきであるが、実際の従業員の給与はそのように決まってはいないのである。多くの企業では、従業員の給与は、実質的に各人のライフステージに応じて生じる費用を考慮して設計されている。その人の能力が実際に高いかどうかの合理的な説明なしに、年齢が高いからといった理由だけで高い給与が支払われるのは、日本企業において日常茶飯事である。

いまだに多くの企業で、教育費などがかさむ定年前には高い給与を支払う代わりに、支出水準が少ない若年から中堅にあたっては実際のパフォーマンスに比して低い給与水準に 設定される傾向は残っている。こうした後払い賃金の仕組みは、経済学上も長期雇用のインセンティブを高める仕組みとして広く知られており、日本型雇用の根幹をなすものである。

年功序列のメリットは!?

こうした中、少子高齢化による中高年社員の増加、転職の一般化などから、日本型雇用慣行は制度疲労を起こしており、時代にそぐわないものになっていると言われて久しい。実際に、賃金カーブのフラット化など年功序列の仕組みを修正していく動きは緩やかではあるものの、日本の大企業でも進んできている。将来の報酬体系のあり方を考えれば、この構造は緩やかに解消に向かっていくだろう。

そもそも、女性活躍の進展によって男女ともに稼ぐ世の中になっているのだから、40代、50代でもそこまで高い給与を得なくてもそれなりの生活を送ることができるようになってきているとも考えられる。

ただ、家計収支の全体像をみてもわかるとおり、ライフサイクルに合わせて安定した生活を送れるという年功給の持つメリットは案外大きいものである。定年前、家計支出が最も多くなる時期に多くの給与が保証される仕組みは、日本企業の優しさゆえともいえる。実際に各種意識調査などをみても、従業員の報酬はあくまでその人の能力やその人が上げる成果によってのみ決まるべきだという人もいるが、企業において安定した生活を送りたいという声も根強い。

企業が従業員に対して安定した生活を送れるだけの報酬を支払いつつ、従業員側も安心して仕事においてパフォーマンスを上げるというシステムには一定の合理性がある。生活給の側面は時代の経過とともに徐々に薄れていきつつも、多くの企業において給与体系が完全に成果給や職務給に置きかわることは今後もないだろう。

「定年前」の基本の考え

退職給付金についても同様のことが言える。各企業で定められている退職給付金の算定 ルールや所得税法等における退職所得の課税方法などをみると、勤続年数が長ければ長い ほど有利な設定がなされていることがわかる。こうした社会制度は今後緩やかに変えていくことが社会的には望ましいが、現状の制度を前提にすれば、長期雇用の個人としての経 済的な利益は少なくないと考えられる。

定年を前に長年勤めてきた会社を離れて第二のキャリアを歩むことが望ましいかどうかはその人の置かれた状況によってケースバイケースであり、どちらが良いかを一律に決めることはできない。早期退職をした後に十分な稼ぎを得られる見込みがあればセカンドキャリアに向けて果敢に挑戦していくべきであるし、会社に残ったほうが利益が大きいのであればそのまま今いる会社で働き続けることを考えてもよいだろう。

逆に無計画に会社を飛び出したり、現在の会社で働き続けることを無条件の前提として考えることは好ましくないということである。いずれにせよ、キャリアの後半戦においては、目の前にある選択肢のなかから主体的に仕事を選択していく意識はやはり重要なのだと思う。

会社に残ることを選択するのであれば、そこで与えられた役割にかかわらず、まずは自身ができる限り最大限のパフォーマンスを仕事で発揮することが必要だろう。そのうえで、家計の観点からは、給与が高い時期にこれまで低く抑えられてきた報酬分をしっかりと回収しておく。そうした考えが「定年前の基本」となる。

年金繰り下げ受給を選択する人はごくわずか

定年後の家計に目を移していくと、仕事から引退した世帯の65歳から69歳までの収入額は、合計でおよそ月25万円となる。その内訳は、社会保障給付(主に公的年金給)が月19.9万円、民間の保険や確定拠出年金などを含む保険金が月2.7万円、そのほかの収入が月2.2万円である。一方で先述の通り支出額は32.1万円であるから、収支の差額はマイナス7.6万円となる。

壮年期には世帯で月60万円ほどの額が必要とされる労働収入であるが、定年後は年金に加えて月10万円ほど労働収入があれば家計は十分に回るということがわかる。

月10万円稼ぐにはどのくらい働けばいいか。時給1000円の仕事につくのであれば、月100時間働く必要がある。この場合、たとえば、週4日勤務で一日6時間、もしくは一日8時間働くのであれば週3日勤務することになる。これが、時給1500円になれば同じ勤務体系でもう5万円追加で稼げる。

そこまで稼げれば平均的な世帯と比べても十分に裕福な暮らしができるのが現実なのである。また、黒字額も生じることから、働けなくなる頃に備えてさらに貯蓄を積み立てることもできる。定年後の収入額の中央値は100万円台半ばであるというデータがあったが、これは冷静に考えれば、多くの人にとってはその程度の収入で生活が営めるということにほかならない。

さらにいえば、夫婦がともに月15万円から20万円を稼ぐことができれば世帯で月30万円超の収入となるため、そもそも年金の給付を受ける必要がなくなる。厚生年金を含む公的年金の支給開始年齢はまもなく65歳で統一されるところであるが、同年齢は本人の意思で繰り下げあるいは繰り上げすることが可能である。

厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報」によれば、令和2年度における老齢厚生年金の繰り下げ率は1.0%。現状、繰り下げ受給を選択する人はごくわずかである。

しかし、65歳以降も一定額の収入を無理なく稼ぐことができるのであれば、年金の繰り下げ受給はもっと積極的に検討してよいのではないか。2020年5月に成立した年金制度改正法においては、年金の受給開始時期の選択肢の拡大が行われ、年金の受給開始時期を60歳から75歳までの間で選択できるようになった。さすがに75歳まで繰り下げられる人は少ないだろうが、自身の可能な範囲で年金の受給年齢を遅らせることで、高齢期の生活をより豊かなものにすることができる。

働けるうちは働くという選択肢

高齢期の家計における最大のリスクは、当初の予定より長生きしてしまう可能性にあると言える。もちろん、このリスクに対応するためにストックとしての貯蓄をするという選択肢や、投資によって資金を増やすという選択もあり得る。

しかし、高齢期のリスクに対して最も有効な対策は、月々の収入のフローを増やすということではないだろうか。それにあたって最も信頼に値するのが公的年金であることに異論はないだろう。そう考えると、多くの人が現実的に取り得るあらゆる選択肢のなかで、最も人生のリスクに強い選択の一つが公的年金の受給開始年齢の繰り下げだと私は考える。

もともとの年金受給額が月20万円の世帯の場合、受給開始年齢を70歳まで繰り下げると年金受給額が月28.4万円に増える。さらに、75歳まで延長すれば、月36.8万円に増える。ここまで年金受給額を増やすことができれば、老後のための蓄財はほとんど必要ないだろう。

もちろん、思いもかけず短命に終わった場合は、年金の受給年齢の繰り下げは結果としては損につながる。しかし、公的年金もあくまで保険である以上、これを損だと嘆いても始まらない。リスクを最小化し、高齢期に安心して暮らせるために、働けるうちは働いて年金は働けなくなったときのために残しておくという選択肢は、多くの人がもっと積極的に検討してもいいと思うのである。

将来は年金財政がひっ迫して年金がもらえなくなるのではないかという人もいるが、過度な心配をする必要はない。仮に、現在平均的な世帯で月20万円もらえている年金支給額が、年金財政の悪化によって月数万円程度減額となったとしても、このような対策を考えておけば平均的な家計は十分に持ちこたえられると考えられる。

無理なく働くことが社会的にも重要

現代日本ではこれだけ高齢者が増えているのだから、定年を過ぎても現役世代と変わらず稼ぎ続けてもらう必要があるのではないか。そういう声も近年では高まっている。しかし、経済や財政の持続可能という観点からみても、定年後に「小さな仕事」で月10万円から十数万円程度の所得を稼ぐ人が増えていくことは、社会的にみても大きな意義がある。

支えられる側から支える側になってほしい。こうした考えは財政が危機的な状況にまでひっ迫している現在の状況にあって、政府の切実な願いであるし、その気持ちはよくわかる。

たしかに、定年後にあっても現役時代と変わらずに稼ぎ続けてくれることは社会的にも理想である。しかし、すべての人に現役時代と同程度の働きを要求するのは無理があるのではないかと思うのである。実際に、定年後も変わらずにバリバリと働き続けられる人はそこまで多くはない。であれば、大多数の人には定年後の十数年間において、自身が食っていけるだけのお金を稼いでもらい、社会的に支えられない側になってもらうだけでも、それはそれで十分に大きな貢献なのではないか。

長寿化が進む現代において、家計のライフサイクルがどのように変化しているのかを模式的に表したのが下図となる。寿命が延びた分、新たに稼がなくてはならない部分はこの図の三重線の部分になる。この時期は子供の教育費も住宅関連費用もさほどかからない時期で、寿命の延伸によって新たに必要となる負担というのは実はさほど大きくはない。

もちろん、高齢化によってどうしても働けない人も増える。それは社会全体の生産性の向上によって吸収していかなければならない。しかし、実際には、定年後の就業者が支える側にまで回らなくても、大半の人が定年後も無理なく働いてくれれば、財政的にも十分にやっていける。定年後から健康寿命までは無理なく仕事を続け、年金に頼らず自分でその支出を賄えるだけの収入を稼げば、日本の経済は十分に持続可能なのである。

定年後にたとえ多くなくとも自身ができる限りの仕事で一定の稼ぎを得ることが、個人の生活にとっても、社会にとってもいかに重要であるかということをここで強調しておきたい。

『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社)

坂本貴志

2022年8月18日

1012円(税込)

新書 264ページ

ISBN:

978-4-06-528605-0

年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70代男性の就業率は45%、80代就業者の約9割が自宅近くで働く……全会社員必読! 知られざる定年後の「仕事の実態」とは?

漠然とした不安を乗り越え、豊かで自由に生きるにはどうすればいいのか。豊富なデータと事例から見えてきたのは、「小さな仕事」に従事する人が増え、多くの人が仕事に満足しているという「幸せな定年後の生活」だった。日本社会を救うのは、「小さな仕事」だ!

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