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柔道・井上康生が語る、五輪柔道男子チームの大躍進を支えたデータ活用術

集英社オンライン / 2022年10月7日 18時1分

2021年の東京オリンピックで、史上最多の金メダル5つ。2016年のリオオリンピックでは全7階級メダル獲得。柔道男子チームは、井上康生前監督のもと輝かしい結果を残してきた。井上氏は現在、指導の現場からは少し引いた立場で、柔道の魅力を世の中に発信するなどの活動をしている。1年前の激闘を振り返りながら、現場のデータ活用について聞いた。

科学の力なしでは、あの結果はあり得なかった

––柔道界がデータを有効活用していることに、以前より注目しておりました。2021年開催の東京オリンピックでは、どのような活用されたのでしょうか。

独自に開発した映像分析システムを活用しました。このシステムには、4万以上の試合データが蓄積されています。



––「GOJIRA(ゴジラ)」のことですね。これは、コーチ陣からの要望で開発されたのですか。

全日本柔道連盟科学研究部(以下、科学研究部)という組織がありまして、そこに所属する石井孝法さんが中心となって開発されました。他にも、鈴木利一さん、伊藤潔さんらも運営に尽力され、現場にフィードバックをしてくれました。私自身は、特に何もしていません。現場のニーズをまとめて伝える、ということをしただけです。

––科学研究部から提案を受け、現場のニーズと擦り合わせながら、コーチにとって使いやすいシステムが作られたのですね。

はい。科学研究部の力なくしては、東京オリンピックの結果はあり得なかったと強く思っています。

––他の競技でも、新しいテクノロジーが次々と導入されています。しかし、現場で活用が進まない、あるいは逆に選手が頼り過ぎてしまう、などといった問題が起きています。

データ活用に関しては、科学研究部の皆さんにある程度おまかせしていたとはいえ、気をつけていたことはあります。それは「柱と細部」の準備です。「柱」は、基礎力あるいは地力と呼ばれるもの。柔道の現場において、絶対に負けない力をつける。柔道の稽古だけでなく、すべてのトレーニングを含みます。これにより、柱を太くしていきます。

––一方の「細部」は、「データ分析」を指すのでしょうか。

データ分析は「細部」の一つです。柱は大事ですが、それだけで勝てるわけではない。強いだけの選手が勝ち残っていくかというと、そうではないんです。時代が変わり、レギュレーション(ルール)変わる中で(*1)、しっかりと対応するには細部の力が必要です。その一つとして、オリンピックではデータを上手く活用できたのではないかと思います。

1978年5月15生まれ、宮城県出身。東海大学体育学部教授。特定非営利活動法人JUDOs理事長。2011年から全日本男子柔道強化チームコーチ、2012年11月から2021年東京オリンピックまで全日本男子強化チーム監督を務める。2021年9月には全日本柔道連盟・男女統括強化副委員長、ブランディング戦略推進特別委員会委員長に就任した

柱と細部の両輪を固める

––井上さんの近著『初心 時代を生き抜くための調整術』(ベースボールマガジン社)では、東京オリンピックにおける主なデータ活用例を2つ挙げられています。1つは「GOJIRA」から得られる対戦相手の情報。もう1つは、反則に関する情報ですね。

そうです。東京オリンピックでは「『指導』が出るタイミングが遅い」という情報が上がってきました。そのおかげで選手には、(反則負けになる可能性が低くなるので)焦らずにじっくり攻めていこう、と指示することができました。

––その他に、データが役に立った場面というのはありましたか。

戦略づくりにおいてもデータは重要でした。科学研究部の石井孝法さんから「戦略のミスは戦術では補えない。しっかりと過程を考えていきましょう」という提案をいただいていましたね。

––戦略とは「組織がどのように進むべきかを示すもの」であり、戦術は「その戦略を達成するための具体的な手段」ということですね。

まず「金メダルを取る」という大目標があり、それを実現させるための戦略として、「いかにしてシード権を獲得するか」がテーマとなりました。シード権は、各階級のランキング上位8名までに与えられます。シード権を得ると、トーナメント序盤で有力選手と対戦する可能性が低くなるのです。実際2016年のリオオリンピックでは、メダリストの80%以上がシード権を獲得していました。

––ランキング上位8位に入るために、大会に出場してポイントを稼ぐ必要がある。

そうです。各選手をどれくらいの試合に出場させるか、ポイントはどれだけ必要かを逆算しました。ただし、コロナの影響で大会出場が叶わず、シード権なしでオリンピックに出て、それでも結果を残した選手もいました。

––戦術に関しては、相手のデータをもとに分析をされていたのですか。

そうですね。データを活用して、隙のないチーム作りを心掛けてきました。ただし、注意していたのは、やはり「細部を求め過ぎないこと」です。細部にこだわりすぎると、大切な「柱」の部分が細くなってしまう恐れがある。小手先では、勝ち続けることはできません。柱と細部、この両輪を固めることを常に意識していました。

「GOJIRA」は、全世界の選手と審判4000人、4万試合を超えるデータ蓄積されたクラウド型情報分析システム「D2I-JUDO」の通称。「Gold Judo Ippon Revolution Accordance」の頭文字を取って名付けられた

効率だけでは地力はつかない

––井上さんのお話は、理に適ったものが多いですね。現役選手の頃から、論理的に物事を考えるタイプだったのでしょうか。

いや、それはどうでしょうか。2000年代からデータを活用していた競技団体もあったと思いますが、柔道は違いましたね。とはいえ、科学研究部の歴史は長く、当時も対戦相手の映像をDVDに焼いてくださるなどのサポートは受けていました。ただし、今のような戦術的な細かい話はあまりなかったです。もちろん、指導者の先生方は色々と考えてチーム作りをされていたとは思いますし、私自身、計画性を持って取り組んではいましたが。

––では、引退後のイギリス留学や、日々読まれている書物の中から論理的思考を身につけていかれたのでしょうか。

留学の影響は非常に大きかったと思います。海外に出ると、効率的に物事を進めていく傾向を感じますね。そこは学ばなくてはならないと意識していました。

––一方で、オリンピックの準備の中では、非合理というか、非効率とも言える訓練もされていますね。夜中2時半に選手を叩き起こし、暗闇の中を行軍させるとか。

陸上自衛隊習志野駐屯地での合宿のことですね。監督在任中2回やりました。確かに、あれは効率性や科学的合理性からはほど遠いですね(笑)。しかし、柔道の地力をつけるためには必要だと思ってやりました。オリンピックという舞台で勝ち抜くためには、ある意味で異常とも言える精神力が必要です。科学的なことや効率性を導入しつつ、非科学的、非効率的なことも意識的に取り入れていました。

井上康生著『初心 時代を生き抜くための調整術』(ベースボールマガジン社刊)

(*1) IJF(国際柔道連盟)は、東京オリンピックに向けて、より「攻撃的」かつ「技によって決する柔道」を目指す色合いが濃くなり、リオオリンピック以降で次のようなルール変更がなされた。
①試合時間5分⇒4分
②「有効」は廃止。「指導」3回による反則負けの導入
③「技あり」の評価は以前の「有効」も含む
④延長戦は時間無制限で行われ、技によるポイント、もしくは「指導」3回による反則負けで勝負を決する

文・インタビュー/柴谷晋
写真提供/株式会社 office KOSEI、全日本柔道連盟科学研究部
参考文献/井上康生著『初心 時代を生き抜くための調整術』 (ベースボールマガジン社)

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