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氏名も住所も全世界に公開! インボイス制度導入で「あの漫画家の本名がバレる」は、やはり本当だった

集英社オンライン / 2022年9月10日 18時1分

2023年10月1日より導入されるインボイス制度によって、ペンネームや芸名で活動するクリエーター(VTuber・YouTuber・漫画家・作家・アーティスト・俳優 等)の“本名がバレる問題”が大きな反響を呼んでいる。そんな中、すでに国税庁のウェブサイトでは、登録済み事業者の個人情報が公開されていることが判明した。フリーライターの犬飼淳氏が“本名バレ”の衝撃の仕組みをレポートする。

国税庁ウェブサイトへの氏名公開は必須

2023年10月1日より導入されるインボイス制度。実質的増税による収入減少や取引機会の喪失、無駄な事務処理の増加など、一般国民が多大な不利益を被るため、百害あって一利なしの制度と言えることは、これまでも述べてきたとおり。



*インボイス制度の問題点を詳しく知りたい場合は「STOP! インボイス」ウェブサイト参照

さらに、このインボイス制度は、ペンネームや芸名で活動するクリエーター(VTuber・YouTuber・漫画家・作家・アーティスト・俳優・声優 等)の本名を含む個人情報を、国税庁がウェブサイトで全世界に公開し、誰でも全件ダウンロードできる上、商用利用も可能という信じられない制度設計になっている。いったい、どういうことなのか。

インボイスによって本名がバレる仕組みは筆者が6月に公開した記事「インボイス制度導入で「あの漫画家の本名がバレる」は本当か?」でも概要をお伝えしたが、今回はさらに詳しく説明する。

まず、法人ではない個人事業主の場合、インボイス(適格請求書)発行事業者の登録時に申請した「氏名」(=戸籍に登録されている、いわゆる「本名」)は「登録番号」「登録年月日」などと共に国税庁ウェブサイト(正式名称:適格請求書発行事業者公表サイト)での公開が必須となる。「屋号」「事務所所在地」の公開も任意で可能だが、これを公開したところで、必須項目である「氏名」の公開を免除される訳ではない。

*公開される項目、必須・任意の区分は国税庁Q&A「問 20 適格請求書発行事業者の情報は、どのような方法で公表されますか。【令和4年4月改訂】」の記載に従う

全件ダウンロードでわかった衝撃の事実

実は、すでに国税庁ウェブサイト(正式名称:適格請求書発行事業者公表サイト)では登録済み事業者の個人情報が公開されている。そして、その個人情報は全世界から誰でもアクセスでき、全件ダウンロードできる上に、商用利用も可能という衝撃的な仕様になっている。

全件ダウンロード画面。国税庁ウェブサイトより引用

方法は驚くほど簡単だ。国税庁ウェブサイトの「全件データのダウンロード」のページで、区分が「個人」(=個人事業主を指す)のzipをクリックしてダウンロードするだけ。

全件ダウンロードしたcsvファイルを開いて、筆者は驚愕した。実に195,935件(2022年8月末時点で登録済みの個人事業主の数)の個人情報が、丸見えだったからだ。必須項目である氏名は全件が公開。

さらに、任意項目の「事務所所在地」は17,992件(全体の9.2%)、「屋号」は38,267件(19.5%)が公開されていた。この杜撰な個人情報管理の衝撃は、実際に体験しないと伝わらないので、興味がある方は上記の手順をぜひ試してみてほしい。

2022年8月末時点で登録済みの個人事業主を全件ダウンロードした結果。事務所所在地、氏名、屋号の一部は筆者がモザイク処理したが、実際は全ての情報が丸見えで公開。冒頭40行のみ表示しているが、この内容が195,935行まで続く

ご覧の通り、個人事業主は一切の例外なく、本名が国税庁ウェブサイトで公開されているのだ。しかし、これだけでは「氏名・登録番号・登録年月日がセットで公開されるだけで、芸名・ペンネームとは紐付かず、本名はバレないのでは?」と思うだろう。そこはこれから詳しく説明していこう。

すでに「佐藤勝」が7件、「鈴木一弘」が6件登録されていた!

そこで、ペンネームで活動する漫画家(インボイス発行事業者に登録済み)が出版社にインボイス(適格請求書)を発行するケースを例に、具体的に何が起きるのか考えてみよう。

出版社は税務処理を進める(=漫画家に支払った報酬を仕入税額控除して、出版社が納める消費税から差し引く)にあたって、受け取ったインボイスに記載された登録番号(T +数字13桁)が漫画家本人のものか、登録番号は有効なのか確認する必要がある。

そこで、インボイス発行事業者の情報が公開された国税庁ウェブサイト(正式名称:適格請求書発行事業者公表サイト)で登録番号を検索キーにして、事業者情報を閲覧する。

しかし、この業務を行うであろう経理担当者が漫画家の本名を知らない限り、検索結果画面を見ても本人の登録番号なのか判断できない。

登録番号で検索した画面のイメージ。国税庁ウェブサイト「ご利用方法」より引用

なぜならば、国税庁ウェブサイトの利用方法で例示されている上記の検索結果画面を見れば分かる通り、「T3123456789123」という登録番号に該当する人物の本名が「国税 太郎」であること、登録年月日が「令和5年10月1日」であることしか、この画面からは分からないからだ。

もし経理担当者が本名を知っていたとしても、よほど珍しい名字・名前でない限りは同姓同名の登録者が複数いることが想定されるため、やはり本人の登録番号なのかは判断できない。

現に、2022年8月末時点でインボイス発行事業者に登録済みの個人事業主の個人情報195,935件を筆者が確認したところ、すぐに大量の同姓同名を確認できた。参考までに、ごく一部の例を、重複が多い順に紹介する。


7件:佐藤勝
6件:鈴木一弘
4件:伊藤健二、小林哲夫
3件:高橋一夫、田中和子、前田明彦
2件:新井和幸、石井康之、岡田正明、後藤真吾、菅原孝、杉山智、谷口幸治、渡邉覚、若林史朗

日本で特に人数が多い名字(佐藤、鈴木、高橋、田中、伊藤など)が重複しやすいのは予想できたが、そこまで人数が多い印象は受けない名字(渡邉、若林)や名前(覚、和幸)であっても、すでに同姓同名がいることに注目したい。

日本の個人事業主の総数は約186万者(2016年 中小企業庁調査)。つまり、現在はまだ1割程度しか登録していない。インボイスに登録しないと実質的に市場から排除される仕組みを考えると、これから多くの個人事業主が続々と登録することが予想される。

今後、登録者が最大10倍まで膨らんだら、よほど珍しい名字と名前の組み合わせでない限り、同姓同名は確実に出てくるものと予想される。ここで、先ほど「任意」で公開可能な項目として紹介した「屋号」「事務所所在地」の本当の意味が浮き彫りになってくる。

「任意」の本当の意味

国税庁のホームページに同姓同名者が複数登録され、漫画家本人の登録番号なのかが判断できなくなった際、何が起こるのか? 誰もが知っているレベルの大御所漫画家でもない限り、おそらく出版社側は事務処理軽減のため、漫画家に対して「屋号(=芸名・ペンネーム)」の追加登録を求めざるを得ない。

そうすれば「登録番号」「氏名」「屋号」がセットになって国税庁ウェブサイトで公開されるため、経理担当者は受け取ったインボイスの登録番号は間違いなく漫画家本人のものであると判断できる。

*芸名・ペンネームで活動する個人事業主の場合、屋号に芸名・ペンネームを用いることは一般的

出版社との関係悪化や、事務手続きの不都合などを避けたい漫画家の立場を考えれば、出版社の要求を飲まざるを得ないだろう。どうしても「屋号」の追加公開を避けたい場合は「事務所所在地」を公開する手もあるが、個人事業主の場合は自宅が事務所を兼ねる場合が多く、住所バレに繋がる恐れがある。

つまり、この問題はペンネームや芸名で活動するクリエーター(VTuber・YouTuber・作家・アーティスト・俳優・声優 等)全員に対して、「地獄の三択」を迫っているといえる。

① 取引先との関係悪化を覚悟して、「屋号」「事務所所在地」の追加公開を断る→取引の停止・縮小などの不利益を被る可能性が高い

②「屋号」を追加公開する→国税庁ウェブサイトで氏名と屋号がセットで公開されるため、本名バレする可能性が極めて高い(屋号に芸名・ペンネームが含まれる場合、芸名・ペンネームで検索すれば誰でも一発で本名と紐づけられてしまうため)

③ 「事務所所在地」を追加公開する→何らかの理由で「登録番号」「氏名」が流出した場合、芋づる式に事務所所在地もバレる。自宅住所を兼ねる場合は住所バレとなる

*本名バレ問題の詳しい解説(弁護士・税理士の見解)はnote「【弁護士&税理士に聞く】インボイス制度で本名バレ? しかも個人情報が一括ダウンロード可能&商用利用OKって本当??」参照

さらに、この問題は芸名・ペンネームを使っていない個人事業主にとっても廃業を考えるほどの致命傷になる恐れがある。例えば、家族や元パートナー、ストーカーなどから逃げて、個人事業主として生計を立てているケース。

この場合、相手は最初からこの個人事業主の本名を知っているため、国税庁ウェブサイトで本名で検索すれば、確実にヒットする。その際、屋号や事務所所在地もセットで公開されていれば、事業内容や居場所のヒントを与えることになり、生活が脅かされる恐れがある。

Jリーガーの自宅にサポーターが押し寄せる

これに関連して言うならば、例えばJリーガーの場合、住所バレが深刻な被害を生むことが予想される。

まず大前提として、Jリーグ関係者(選手、監督、スタッフなど)の大半は個人事業主のため、インボイス問題の当事者である上に、若手、J2・J3の大部分は年収1000万円以下のためインボイスによる実質的増税で年間1割程度(消費税相当分)の収入減が見込まれる。

さらに、現役Jリーガーの「屋号」登録は一般的ではないことを踏まえると、クラブ側は選手の「登録番号」を特定するために「事務所所在地」の追加公開を求めることが予想される。

一握りの有名選手を除いて個人の事務所などを持っていないため、代わりに自宅住所を登録せざるを得ない。つまり「氏名」と「事務所所在地」(=自宅住所)がセットで公開される可能性が高い。そうなれば、ざっと考えただけでも以下のような被害が予想できる。

・試合でミスした後、熱狂的な一部サポーターが自宅に押し寄せる
・試合や遠征時に自宅が空き巣や強盗に狙われやすくなる
・代表クラスなど人気選手の場合、熱狂的な一部サポーターやストーカーが自宅まで付きまとう

例としてJリーガーを挙げたが、このようにインボイスは、収入減少だけでなく生活の安全すらも脅かす制度と言える。

そもそも、なぜインボイス制度は個人事業主の本名バレ・住所バレに繋がる制度設計になっているのか。その答えはズバリ、「個人のプライバシーよりも大企業の利便性を優先したから」である。この事実が明らかになった、2022年8月8日の財務省の衝撃の答弁については、財務省が衝撃の回答。“本名バレ”不可避でもインボイス制度を導入する「本当の理由」で具体的に紹介する。


文/犬飼淳

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