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みちのく車中泊の旅で最大の失敗は、犬を連れてきたことだった

集英社オンライン / 2022年9月17日 11時1分

スタインベックに憧れて、愛犬とともに念願の車中泊の旅に繰り出してはみたものの……思いもかけぬ事態に、これからは犬を連れてのひとり旅は断念したコラムニスト・佐藤氏。その理由とは……

車中泊の旅に出るなら #9

スタインベックのように、愛犬を連れて車中泊の旅に出発

文豪・スタインベックが58歳にして特注キャンピングカーを駆り、母国アメリカを一周する旅をしたとき、同行したのは愛犬である老プードルのチャーリーだった。
スタインベックが旅に犬を連れていった理由は、自分が強面で、しかも社交性に乏しい性格だと知っていたからだった。
犬がいれば、旅先で見知らぬ人と会話をはじめるきっかけになると考え、実際に道中では、チャーリーがたびたびそうした役割を果たしている。


ジョン・スタインベック著「チャーリーとの旅」新訳版と旧約版

そんなスタインベックを見習ったわけではないのだが、ちっとも強面ではないものの人見知り気質の僕も、みちのく車中泊の旅に、相棒として愛犬クウを連れていくことにした。
クウはヨークシャーテリアを母に、トイプードルを父に持つ6歳のオスで、飼い主の欲目かもしれないが特別に賢い犬だ。
ときどき、こちらの言うことをほとんどすべて理解しているのではないかと思うほどのクウは、頭がいいだけに神経質、臆病でカッとしやすいところもある。
やたらと頑固だったり、他の犬を威嚇しがちだったりと厄介な面も多い複雑な犬だが、6歳という年齢からか、そうした傾向も前よりだいぶ落ち着き、人間に近い思索的な一面も見せるようになってきた。

ドライブが好きな僕や家族に付き合って、しょっちゅういろいろなところに出かけているので、車に乗ることには慣れている。
本人も、乗ればどこか新しいところに行ける車が大好きで、ドアを開けるとみずから飛び乗ってくるほどだ。
朝夕にたっぷりと散歩をさせてやれば、日中はのんびりと寝て過ごすことが多い大人な犬のクウなら、今回の小さな車でのロングドライブのお供も問題ないはずだと思った。

東北旅行中の一コマ

ということで、クウと一緒に車中泊東北一周の旅に出たのだが、結論から言えば、犬を連れてきたことは、この旅最大の失敗となってしまった。
次に車中泊旅行を計画するときは、もう犬は連れていかないことにしようと考えている。

犬をきっかけに地元の人と何気ない会話を交わすことができた

夏は犬にとって受難の季節だ。
もちろん住んでいる地域によって違うはずだが、ヒートアイランド現象で灼熱の日々が続く東京23区内の我が家周辺では、真夏の日中は犬を散歩させることすらできない。
アスファルトが焼石のように熱くなるので、特に足が短くて体が地面に近い小型犬は、一発で熱中症になってしまうだろう。
だから夏の間の散歩は、まだ涼しい明け方か地面の熱が冷める夜になってからしかできないが、それでも熱気にやられてすぐにバテるので、秋冬春に比べると短時間で切り上げなければならない。

今回の旅に出発したのは、暦の上ではすでに秋とはいえ、実際は一年で一番暑い8月半ばだった。
行き先を東北にしたのは、犬を連れた旅であるということも大きい。
暑くて満足に散歩もさせられない日が続いていたので、少しでも涼しい気候の土地で、気持ちよく歩かせてやりたいと思ったのだ。

東京を発ってから国道6号を一気に北上して宮城県に入った我々(僕とクウ)は、翌日の早朝、まだ観光客もまばらな松島をゆっくり散歩した。
海から吹いてくる風は涼しく、愛犬クウは実に気持ちよさそうな顔をしていた。
車に戻って朝食をあげるとペロリと平らげ、水もいっぱい飲んで満足そう。
走り出すと、少し開けた窓の隙間から入る風を浴び、旅を満喫しているように見えた。

松島散策中

気持ち良さそうに外の空気を感じるクウ

その日はそれから、ホームセンターに立ち寄って旅の不足品の買い出しをした。
犬連れで入れる店だったので、クウをペット用カートに乗せて商品を探していたら、僕と同い年くらいに見える女性とその母親らしい老女の二人連れから声をかけられた。
宮城弁なのだろうか。お国言葉丸出しの二人は、自分たちも家でプードルを飼っていたと言い、プードルの可愛さや賢さについてしばし立ち話をすることになった。
「何歳?」と聞かれたので「6歳」と答えると、「ああ、じゃあまだこれから10年以上元気だよ。いいねえ。うちの子は今年の春に、17歳で死んじゃった」と少し寂しそうに言った。
「僕はこの子を連れて、車で旅行をしているんですよ」と話すと、とても面白がってくれた。そして、「いいね〜、いろんなところ見てきな」と、頭を遠慮なくクチャクチャに撫で回されたクウは、とても嬉しそうにしていた。

文中に出てくるホームセンターにて

彼女たちと別れたあと、見知らぬ土地で、見知らぬ人と普通に会話していたことに気づいた。
これぞまさに“犬効果”なのだ。

地方は犬に冷たいのか、フレンドリーなのか

3日目、秋田から青森を目指していたこの日は、朝から一日中雨で、僕もクウも車の中に閉じこもりっぱなしで過ごした。
そんな日もクウは、水を飲みたいときやオシッコをしたいときは、その意思を必ず僕に伝えてくる。
犬用のペットボトルか食器を前脚でカリカリと掻くのは、喉が渇いていることを伝える仕草だ。
オシッコをしたいときは、車の助手席の窓の下あたりを前脚で掻き、外に出たいという意思表示をする。

車内にもいつでも用を足せるように、一応、ペット用トイレシートを敷いているのだが、居住スペースと認識している車内でするのが嫌らしく、この旅の間は大も小も必ずこうして僕に知らせ、外で済ませていた。

ね。賢い子なのだ。

クーラーボックスの上を定位置にして、窓外の景色を眺める雨の日のクウ

これは“地方あるある”なのかもしれないが、田舎の方へ行けば行くほど、東京ではあちらこちらの公園に設置されているドッグランが見当たらないことに気づいた。
それどころか、公園自体を「犬 立ち入り禁止」にしているところも多い。
最初は、なんて犬に冷たいんだと思ったが、よく考えてみればそれもそうかと気づく。
都会とは違って一軒一軒の家は敷地が広く、自宅の庭で十分に犬を走らせることができるだろう。
それに、どこへ行っても人や車や犬にぶつかりそうになる都会とは違い、リードから外して犬を思いきり走らすことができる場所も多そうだ。
犬を遊ばせるために、わざわざ整備された公園を選ぶ必要などないのだろう。

だが、旅行者である僕が慣れない場所で犬を解放して走らせ、もしも迷子にでもさせてしまったら大変だ。
だから常にリードにつないで散歩させることしかできなかったのだが、5日目に立ち寄った青森の道の駅三沢で、広々とした芝生のドッグランを発見。
久しぶりにクウのリードを外し、思う存分走らせることができた。

青森の道の駅三沢には乗馬クラブも併設されていた

青森の道の駅浪岡アップルヒルにて

反面、地方でも観光地に行けば、犬にフレンドリーなことが多い。
6日目に行った秋田県の角館は、江戸時代の武家屋敷がそのまま残された街並みの、とても興味深い観光スポットだ。
その日は秋田とはいえかなり気温が上昇していたので、持参していた犬用バギーにクウを乗せて武家屋敷見学に行った。
バギーに乗せておけば、熱くなったアスファルトを歩かせなくても済むのだ。

角館の中央通りにある武家屋敷の何軒かは、家の中まで見学することができる。
中に入って見たかったのだが、犬連れはさすがにまずいだろうと庭でウロウロしていたら、係の人が「ワンちゃんも一緒にいいですよ」と声をかけてくれた。
聞くと、抱っこしていれば屋敷の内部も、犬と一緒に見学可能なのだそうだ。
きっと観光地は犬連れ旅の人が多いので、こうした対応を考えてくれているのだろう。
ありがたく、クウと一緒に見学したのは、武家屋敷の中でもひときわ大きな「石黒家」だった。

犬にフレンドリーだった角館、武家屋敷・石黒家の前

犬の様子がおかしくなってきたので、旅の予定を大変更

そんなこんなで順調に“犬連れ旅”を楽しんでいたのだが、この頃から少し困ったことが起こっていた。
3日目くらいからその兆候は出ていたが、5日目を過ぎた頃から明らかに、愛犬クウの食欲が落ちていたのだ。
いくら慣れているといっても、犬にとって車移動の旅はストレスも溜まるだろうと思っていたので、ドッグフードはクウが一番好きで、家にいるときなら間違いなくあっという間に平らげるものを持参していた。
最初はそれを喜んで食べていたのだが、徐々に与えても残すようになり、5日目からはほんの一口か二口だけしか食べなくなった。

ドッグフードを食べ残す日が続いた

どこか具合が悪いのかと思ったのだが、散歩に連れ出せば元気よく歩くし、犬用のおやつや僕の食事の切れ端を少しやると、それは喜んで食べる。
車酔いしたとき特有の症状も見られない。
痛いところでもあるのだろうかと全身をくまなくチェックしてみても、撫でられて嬉しいらしくただ気持ちよさそうにしているだけで、不快なところはなさそうだ。
しばらく様子を見るしかないだろうと、そのまま旅を続行したが、食欲は一向に戻らず、8日目にはお気に入りのおやつさえ口にしなくなってしまった。

そしてやたらと甘えん坊になってきて、すぐに僕のひざに乗りたがる。
しまいには遠くを見つめて「ふう」とため息までついている。
薄々気づいていたのだが、これはもう間違いない。
ホームシックなのだ。

育て方を少し間違ってしまったのか、クウはもともと分離不安症の傾向があり、家にいるときも留守番が大の苦手な犬だ。
前述したようにカッとしやすい性格だったので、子犬の頃から厳しめのしつけをしたため、僕のことは恐れている面もあるが、目一杯の愛情のみで接してきた僕の妻のことは自分の本当の母親のように認識し、激しい愛着を示している。

その妻から引き離して長く旅をしているので、精神的に落ち込んでいるようなのだ。
きっと最初の数日は、すぐに家に戻れると予想していたから元気だったのだろう。
しかし5日目を過ぎた頃から「これはもしかしたら、二度と家に帰れないのではなかろうか」と心配になっていたのかもしれない。
もの言わぬ犬の気持ちを勝手に解釈するのもよくないが、6年の付き合いで分かったこの犬の性分からすると、まず間違いなさそうだ。

ため息をつき、物思いに耽ることも増えた

9日目、新潟県三条市にいた僕は、最終判断をすることにした。
ドッグフードではなく、スーパーで買った人間用の牛肉をコンパクトバーナーで煮ながら少し味付けし、クウに与えることにしたのだ。
東京の家にいるときなら、目の色を変えて食いつくメニューなので、これを食べないようならいよいよヤバい。
果たして、美味しそうに出来あがったその牛肉を、クウは小さな欠片二切れだけ食べ、またため息をついて寝転がってしまった。

コンパクトバーナーを使って牛肉を調理してあげたが、ほとんど食べなかった

「分かったよ、家に帰ろう」
僕はクウに語りかけると、車を走らせてそのまま関越自動車道に乗った。
計画では、新潟から群馬、そして長野を回ってから帰るつもりだったのだが、予定を三日繰り上げての急な帰還となった。

クウは関越自動車道の終点である練馬インターを降りた頃、ムクリと起き上がり、やたらと外を気にするようになった。
窓を少し開けてあげると、車だらけの環八から流れ込んでくる空気の匂いを嗅ぎ、興奮しはじめた。
家に近づいていることがわかっているのだ。

東京に戻ってきたことを悟り、気分が上がってきたクウ

そして世田谷の家に到着し、妻と娘の歓迎を受けると、狂ったようにはしゃいだ。
我が家で待っていた妹分のジャックラッセルテリア、まだ生後五ヶ月の子犬であるホクとも再会を果たし、本当に安心したようだ。
もしも家に帰っても食欲が戻らなかったら、獣医に連れていかなければと思っていたが、その心配は杞憂に終わり、ガツガツとペットフードを食べている。
ほぼ絶食の日々が続いたので少し体重も落ちていたのだが、その後の数日ですっかり回復した。

「お前のせいで、旅が中途半端に終わってしまったよ」と文句を言いつつ、僕もクウが元気になって心底ホッとした。

車中泊の旅に、犬は必要ない。

家族に愛着が強い犬を、無理に長旅に付き合わせるのは本当に気の毒だということがわかった。
そういうわけで今後は、家族揃っての旅以外では、犬を連れ出すのはやめようと思っているのだ。

家族や同居犬と一緒で嬉しそうなクウ

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