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佐々木朗希、大谷翔平らを指導した名コーチの理想は「存在感のない指導者」

集英社オンライン / 2022年9月20日 16時1分

投手コーチとして日本ハム時代はダルビッシュ有、大谷翔平を、ロッテでは最年少で完全試合を達成した佐々木朗希を指導したことで知られる吉井理人。現在はロッテのピッチングコーディネーターのほか、「侍ジャパン」の投手コーチも務める。そんな吉井が考える「名コーチ」の条件とは。ベースボールライターの髙橋安幸の著書『「名コーチ」は教えない プロ野球新時代の指導論』(集英社新書)より一部抜粋、再構成して紹介する。

「最低な職業やな」と思いながらコーチになった

吉井理人は、現役時代、今はなき近鉄で野球人生をスタートさせた。

1983年、和歌山・箕島高のエースとして夏の甲子園で活躍したあと、同年のドラフト2位で入団。プロ2年目には一軍初登板を果たし、4年目に初勝利を挙げるのだが、その当時、若かりしころから、「コーチは選手のためになっていない。プレイの邪魔になっている」と感じていた。



「僕は結果的にモチベーション高くコーチをしてましたけど、はじめは、『最低な職業やな』と思いながらコーチになったんです(笑)。なぜかというと、自分が選手だったときのコーチの存在がすごく嫌だったから。

現役を終わって、野球に携わる仕事がほかになかったこともあって、とりあえずやってみよう、という感じで引き受けたんですね。だから、そのときのモチベーションはめっちゃ低かったですし、はじめはもう、どちらかといえば仕方なしにやってたんです」

引退後に日本ハムの投手コーチに就任したとき、はじめに球団から要請があったのではなかった。エージェントが各球団に売り込んだ結果、日本ハムから連絡が入った。まして、吉井本人の意向でエージェントが動いたわけではなかったから、「とりあえず」という感覚になるのも仕方なかっただろう。

秋季キャンプからチームに合流し、コーチとして初仕事を終えたばかりの吉井に、当時、話を聞く機会があった。コーチの存在が嫌だった理由は、その時点で語られていた。

「このままでは、自分が選手のときに『へぼコーチ』と思ってた人のようになってしまう可能性があります。〝へぼ〟って言い方は悪いですけど、要は、経験でものを言う人。『オレはこうやったからおまえもこうやれ。絶対こっちのほうがいいから』とは言うものの、なんでやらないといけないのか、納得のいく説明をしてくれない。それも頭ごなしに言われるから腹が立つんです」

参考になった指導者は野村克也と権藤博

一方で、「名コーチ」といわれる指導者に巡り合ったことも明かされ、「あくまでも選手がベストパフォーマンスをするために助けてあげる、そんな人間関係を保てるコーチを目指したい」と目標が語られていた。さらには、吉井がMLBのメッツに入団したとき、コーチから言われた言葉が参考になったという話。

「ピッチングコーチのボブ・アポダカさんが僕に初めて言った言葉が、『オレはおまえのこと全然知らんから、おまえがオレに教えてくれよ。おまえのピッチングをいちばんよく知っているのはヨシイなんだから』でした。日本ではそんなふうに言われたことがなくて、とても新鮮に感じました。

つまり、コーチから教えるんじゃなくて、選手が何をやりたいか、はじめに聞いて、それに沿ってアドバイスを出すんです。お互いに話し合いながら決めていこうと。これは僕がコーチになったときに採り入れました」

それから13年、指導者経験とコーチとしての実績を積んだ今、あらためて振り返って、その教えが参考になっている指導者は、ヤクルト時代の監督だった野村克也、近鉄時代の投手コーチだった権藤博だという。特に権藤は1988年から2年間就任。吉井が抑えとして活躍し始めた時期と重なっている。

「権藤さんは結構、お手本にしているところがあります。迷ったときに聞いたり、権藤さんの本が何冊かあるので読ませてもらったりしてますね。ただ、選手のときに直接言われたことって特にないんです。もう『向かっていけ!』しか言われてなかったんで(笑)。技術的なことは一切、言われなかった。『どんどんいけ。向かっていけ。あとはオレが責任取るから』って。本当に、それだけだったんです」

いいコーチこそ選手の記憶に残りにくい

にわかには信じがたい権藤の話だが、抑えをつとめるレベルの投手には、細かい技術指導の言葉は必要なかった、ということなのか。

とはいえ、吉井は1987年までの3年間に合計17試合登板で、翌88年、一気に50試合登板を果たした投手だ。年齢的にもまだ23歳と若く、完全な主力とは言えない。ならば指摘されることも少なくなさそうだが、あるいは、起用法で気づかせるなど〝無言の教え〟があったのだろうか。

「起用法は野村さんですよね。ヤクルトでは僕は先発ピッチャーだったので、交代の時期などによって『すごく信頼されてるな』と感じていました。もうこの回で交代か、と思っていたら続投だったときもあって。本当に信頼されていたかどうかはわからないですけど、そう感じただけでモチベーションはすごく高まりましたね。

その点、権藤さんはコーチでしたから、起用法は最終的に監督が決めることですし、提案もどこまでできていたか……。だから『向かっていけ』と。『マウンドではいつでもバッターに挑戦的な態度でいろ。そのかわり、逃げるときはもうサーッと逃げろ』と。つまり、中途半端なことは言わなかったですね」

とすると、吉井がコーチとして選手たちをサポートしていくなか、その場で出ていた言葉は何だったのか。言い換えれば、吉井が選手に対して「向かっていけ」だけで終わっていたはずがない。

ここで想起されるのが、吉井が特に大事にする〈振り返り〉という作業だ。選手が試合での投球を振り返り、疑問、問題が出たときにコーチは答えを言わず、ヒントを与える程度にして、選手自身で解決する力を身につけてもらう。理想は「選手から話が始まり、選手同士だけで話が進んでいくこと」で、そこにコーチはいない。

権藤と吉井の関係性は、その理想の状態に近かったのではないか。じつは吉井が気づかないうちに権藤が巧みにサポートし、技術を向上させていた。が、吉井自身は「自分で成長できた」と思っている。ゆえに言葉としては「向かっていけ」しか憶えていない。「名コーチ」とは、選手の記憶に残りにくいコーチなのだろうか。

「それはそうだと思いますよ。大学院のとき、コーチングの授業のなかに〈いいコーチに育てられた選手はいいコーチになる〉というような項目があったんですけども、僕はそうじゃないと思ったんですよ。

やっぱり、選手は自分のことしか考えてなくて、いいコーチングされたことなんか憶えてないし、いいコーチはそれを気づかせちゃダメだ、というふうに思ってたので。だから、その授業ではすごい議論になって面白かったんですけども」

「名コーチ」って言われるのは嫌でした

コーチとしてチームの投手陣に専心する吉井自身、現役時代は自分のことしか考えていなかった。権藤に限らず、ほかの指導者からも、そうとは気づかずに成長させられていた可能性はあるだろうか。

「あるかもしれないです。でも、本当のところはわからないです。自分で気づいてやっているように感じているけれども、じつは気づかされていることがあると思うので。僕はまさにそこがポイントだと思うんですよ。

『自分でやったんだ』っていう感じ、難しい言葉で自己効力感っていうんですかね。『自分はできるぞ』というような、そんな感じを選手が持てれば、モチベーションが上がったり、自信がついたりしていくので。自分でできた、自分でやった、という感覚に持っていくのが、コーチのいちばんの役目だと思っています」

逆説的だが、いいコーチほど、選手から見てその存在は消える--。実際にはいるのに、いない。そんなことがひとつ、言えそうだ。

「そうであってほしいですよね。だから僕自身、あんまり『名コーチ』って言われるのは嫌でした。まずはチームのためにやっていることを極めたいな、と思っていただけで、今の立場の自分もまだ駆け出しですから」

最後に吉井に取材したのは「今の立場」になりたてのころだった。そのため、佐々木朗希の完全試合については聞けなかったが、自身が執筆する『吉井理人オフィシャルブログ』で快挙を絶賛していた。

バッテリーを組んだ新人捕手の松川虎生についても〈佐々木の投げたい球を投げさせ、良いリズムを作っていました〉と称え、〈ほんとに、素晴らしいゲームでした〉と振り返り、あくまで全体を見通しているところが吉井らしいと感じた。

さらに吉井らしさを感じたのは、4月17日の対日本ハム戦、2試合連続の完全試合も見えた佐々木が8回で降板したあとのブログ。その投球を称えつつ、こう続けていた。

〈そして、マリーンズベンチもよく8回で降板させました。(6回で代えてほしかったけど)ついつい目先の勝利や記録にとらわれ、選手に無理をさせてしまうことがあるのですが、良い判断だったと思います〉

ベンチにいない「今の立場」だからこそ、〈8回〉ではなく〈6回〉という見解になったのだろうか。あるいは、コーチの立場であっても〈6回〉だったのか。

いずれにしても、「チームの勝利よりも選手の幸せを考えてやる」という吉井の軸は、まったく揺れ動いていない。

文/髙橋安幸 写真/共同通信社

「名コーチ」は教えない プロ野球新時代の指導論

高橋 安幸

2022年7月15日発売

902円(税込)

新書判/224ページ

ISBN:

978-4-08-721223-5

「チームの勝利よりも選手の幸せを考えてやることです」(本文より)

大谷翔平や佐々木朗希など、野球界にはかつての常識を覆すような才能が次々と現れる。彼らを成長へ導くのは、従来のコーチング論とは一線を画した、新しい指導スタイルだ。本書は、すぐれた職能を認められているプロ野球の現役指導者6人──石井琢朗、鳥越裕介、橋上秀樹、吉井理人、平井正史、大村巌に取材。新世代の選手とどう接するのか。どんな言葉をかけるのか。6人のコーチの実践は、野球界のみならず、若い世代を「指導」「教育」する立場の職務にも有効なヒントを与えてくれる。

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