「野球選手の鳥谷敬というものを一生懸命、演じている感じだった」
引退会見で話したように、野球選手である時とプライベートな時間は、完全に別物だと考えていた。世間を欺あざむこうと思っていたわけではない。野球選手として最良のパフォーマンスを発揮するために、自分にはそれが必要だった。
鉄仮面を脱いだ素顔は? 本人が明かす「現役時代、鳥谷敬を懸命に演じていた」理由
集英社オンライン / 2022年9月25日 14時1分
現役時代の鳥谷敬はあまり感情を表に出さない選手で、それゆえ「無愛想」「覇気がない」と批判されることもしばしば。だが、鳥谷自身はそれらを意識的に、明確な目的をもってやっていたという。誰にも言わなかった苦悩を初めて明かした著書『明日、野球やめます 選択を正解に導くロジック』より一部抜粋、再構成して、その理由をお届けする。
「お前は試合に出るな」
2004年、プロに入って初めての春季キャンプ。阪神タイガースが前年に18年ぶりのリーグ優勝を果たしたこともあり、キャンプ地である沖縄県宜野座村野球場には、多くのファン、マスコミが集まっていた。ルーキーでなんの実績もない自分にも、想像以上の注目が集まる。
何をしていても人の目にさらされている感じだった。正直、これが続くと、精神的にも肉体的にも疲れてしまうと思った。
当時は朝の散歩が全員に課されていて、そこにも取材陣がたくさんつめかける。指名制で回ってくる朝の声出しも、本当に嫌だった。マスコミの方とフランクに接したい気持ちがなかったわけではないが、全員に同じ対応をできるような状況ではなかった。
対応を同じにするために、あまり積極的に話をしないという選択をしたのだ。注目度の高い阪神タイガースという環境のなかでは、常に淡々とプレーに徹することが、結果的に自分のためにもチームのためにもなると思った。
ルーキーイヤーは101試合に出場させてもらったが、先発出場はその半分ほど。翌2005年は、なんとしてもレギュラーをつかまなければいけない年だった。自分としてはチームのことを考える余裕はなかった。
結果的には、チームはリーグ優勝を果たしたのだが、ただ自分のことだけを考えて、毎日を必死に戦っていたにすぎない。今思えば、周りの先輩たちがものすごいメンバーだったので、勝ったのは当然だったのかもしれない。
自分は主に2番を打たせてもらっていたのだが、1番に盗塁王の赤星さん、3番になんでもできるアンディー・シーツ、不動の4番・金本知憲さん、5番に打点王の今岡誠(現・真訪)さん。どの打順に、どう回しても点が取れるようなメンバーが並んでいた。
遊撃手として、守備はまだまだ未熟だったこともあり、下柳剛さんからはよくお𠮟りを受けた。うまく打者のタイミングを外して、打たせてとるタイプの投手なので、飛んでくるゴロのスピードが予想と違ったり、不規則な回転をしていたりと、守る側には非常に高い技術が要求された。
エラーをして、「お前は試合に出るな」というような厳しい言葉をいただいたこともあった。しかし、普段から何を言われてもあまり感情を出さないことを意識していたので、反応も薄く、かわいい後輩ではなかったかもしれない。
この年、リーグ優勝を決めたあと、下柳さんの最多勝がかかったレギュラーシーズン最終戦で、同点ホームランとサヨナラホームランを打った。この時ばかりは下柳さんも喜んでくれたと思う。
感情を表に出さなかった理由
現役の間は、まったくと言っていいほどテレビ番組に出演することがなかった。取材依頼があっても、シーズン中はお断りすることがほとんどだった。そもそも、自分がついつい口に出してしまったことで、後日「あの時はこんなことを言っていた」などと言われると、余計なプレッシャーになる。
自分からマイナス要因を作るようなことは、できるだけしないほうがいいという判断だった。結果として不愛想になり、「鳥谷はしゃべらない」というイメージもついてしまっただろうし、「鳥谷は覇気がない」というようなこともしょっちゅう言われた。批判する人も多くいたとは思う。
でも、自分で決めてやったことなので、まったく気にならなかった。言い訳をするつもりもない。ある程度の結果は残せたのだから、あながち間違った選択ではなかったのだと思う。
人からどう思われるかを気にしない反面、自分の価値を高めることについてはかなり意識をしてきた。
例えば、宝石でも磨かれていなければ、ただの石だと思われて手に取ってもらえない可能性が高い。手に取ってもらったとしても、その価値に気づかず捨てられてしまうかもしれない。
常に磨いておきさえすれば、必ずそこに価値を感じてくれる人がいる。自分は置かれたところで自分の価値をどうやって高めるか、ということだけを考えればいいと思っていた。
余計なことは言わないと決めていた現役時代は、質問をされても、できるだけ感情を入れないような答えを返していた。会見で話した内容ですら、ほぼ覚えていないぐらいだ。
「この時こう言っていましたが、実際はどうでしたか?」と聞かれても、考える労力を割きたくないのだから答えようがない。
あくまでもグラウンドで結果を出すことが自分の価値であり、インタビューで面白いことや、人に勇気を与える発言をすることが自分の価値ではないと思っていたので、そういった対応になってしまっていたのだ。
記者の方も、自分の考えを聞きたいというよりも、イメージする見出しに合う言葉を求めて、聞いてくることが多いと感じていた。それにうまく乗っかっておけばいいという発想だったし、自分の考えを言葉で伝えるということをしてこなかった。
野球をやめた今は、自分の考えをしっかり伝えないと、相手の受け取り方によっては誤解を生んでしまう。プロ野球中継の解説などで、いざ自分の考えを伝えようと思った時にうまく言葉が出てくるかどうか、少し不安な部分はあった。
実際にやってみて、自分でも驚いたのだが、伝えたいことを決めて、筋道を立てながら話すという作業が、思ったよりもできている気がする。鉄仮面と言われるぐらい無口なイメージがついていたので、自分の考えを普通にしゃべっただけで、良く思ってもらえているだけなのかもしれないが、いずれにせよ、これからは人に伝わるような話し方をしていきたいと思っている。
写真/共同通信社
明日、野球やめます
選択を正解に導くロジック
鳥谷 敬
2022年6月24日発売
1,650円(税込)
四六判/224ページ
978-4-08-781722-5
プロ野球界屈指の遊撃手として、阪神タイガース・千葉ロッテマリーンズで活躍し、2021年シーズンをもって引退した鳥谷敬、引退後初の著書。
「40歳まで遊撃手を守る」「試合に出続ける」という目標をみごとに体現したプロ野球人生18年間。
NPB歴代2位の1939試合連続出場、遊撃手としては歴代1位となる667試合連続フルイニング出場という輝かしい軌跡を辿るとともに、誰にも言わなかった苦悩の日々を初めて本書で明かします。
さらに、プロ野球という個性派集団の中で“ポジション”を守り抜いた著者ならではの思考・発想も紹介!
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