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“ワンオペ寺院”を救え! IT寺院エバンジェリストのデジタルお寺革命

集英社オンライン / 2022年9月27日 10時1分

「寺院」と「デジタル」。もっとも縁遠い組み合わせだと感じる人が多いのではないだろうか。しかし、社会の仕組みが目まぐるしく変化する今の時代、寺院も旧態依然としたやり方ではやっていけない。そんな中、寺院のデジタル活用を研究し、ノウハウを広く伝えている人がいる。「寺院デジタル化エバンジェリスト」の小路竜嗣(こうじ・りゅうじ)さんだ。寺院のデジタル化の実情について話を聞いた。

膨大な事務作業に追われる日々

小路さんは、長野県塩尻市にある浄土宗善立寺の副住職。元々リコーのエンジニアだった彼は、寺院の一人娘との結婚を機に僧侶への道を選んだ。しかし、修行を終えて善立寺に入ると、今まで知らなかった寺院運営の大変さに直面することになる。加盟団体への諸連絡、檀家さんの名簿管理、法事の通知…。目がくらむほどの事務作業が控えていたのだ。



「お坊さんというと、“濡れ手に粟”で、高級車に乗って……というようなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実際はまったく違っていました。実は、日本にある寺院の約半分は、専業ではやっていけなくて。別の仕事を掛け持ちながら、なんとか続けているところが多いのです。人を雇う余裕もありませんし、膨大な仕事を家族経営でやりくりしている寺院がほとんどです」

そこで小路さんは、デジタルを活用することで事務作業の負担を軽減しようと考えた。

手始めは、寺院が管理する墓地の管理だった。それまではお墓の位置と名前を紙に書いて管理しており、お墓参りに来た人に「◯◯さんのお墓はどこですか?」と聞かれると、紙を端から見渡して探し出す必要があった。長いときには10分くらいかかることもあったという。

そこで小路さんは、まずお墓の区画に番地を振り、はがき作成・住所録管理ソフト「筆まめ」に入れていた檀家情報にその番地を登録していった。この方法で、お墓の場所をわずか1分ほどで探し出せるようになった。

「10分かかっていたものが1分に減ることで、『どちらからいらしたのですか?』と世間話をしたり、来てくださった方との関係性を深める余白が生まれました。デジタルによる効率化と言うと冷たい印象がありますが、新しいことをする時間を作り出せるのが、本当のメリットだと思います」

浄土宗善立寺の副住職・小路竜嗣さん。株式会社リコーにて機械系エンジニアとして勤めた経歴を持つ

長野県塩尻市にある浄土宗の寺院・善立寺

「書いただけで伝わった」と思ってはいけない

小路さんはバックヤード業務だけでなく、人の目に触れる部分でもさまざまなデジタル活用を行っている。その1つが檀家さん向けの会報誌、いわゆる寺報の発行だ。

作り始めたきっかけは、地域の人に顔を知ってもらうためだった。冊子づくりの知識があったわけではないが、編集と執筆、レイアウトまで、1人で試行錯誤しながら作り上げた。しかし、第2号目を発行した直後、小路さんはショッキングな光景を目にしてしまう–––––精魂込めて作った寺報が、お寺のゴミ箱に捨てられていたのだ。

「ショックでしたが、仕方のないことだと思います。私だって、つまらなそうだったら捨ててしまうし。最初の頃の寺報は文字がびっしりと詰まっていたんですけれど、『書いただけで伝わったと思ってはいけない』ということを、そのときに痛感しました」

小路さんは、それからコピーライティングやデザイン制作の本を読み漁り、人に見てもらえるモノづくりのノウハウを磨き上げていった。今や寺報の発行も10年を迎え、最初の頃とは段違いの出来栄えになっている。ホームページ上でPDFが公開されているので、是非、見比べていただきたい。

善立寺の寺報「香蓮」。右が第1号で、左が最新の20号。バックナンバーはWEB上で公開されている(https://zenryuji-jodo.com/backnumber/

善立寺のホームページも、すべて小路さんの手づくりだ。寺院の紹介に留まらず、仏教に関するコラム記事やインタビュー記事が何本も掲載されており、さながらWEBマガジンの様相を呈している。やはりこちらもすべて独学だというが、高品質なホームページを制作する技術的な手腕もさることながら、読み応えのある記事を何本も公開する「発信力」の高さに、ただただ感服するばかりだ。

そもそも善立寺の場合、ホームページがどれだけ充実しても、直接的な利益にはほとんどつながらない。多くのWEBメディアのように広告収入があるわけでもないし、寺院の知名度が上がって売り上げが伸びるというビジネスモデルでもない。それなのに積極的に更新していくモチベーションはどこにあるのだろうか。

「寺報をWEB化しようというのがスタートで、寺院や仏教のことをとにかく知ってもらいたいという思いが原点です。例えば、お焼香の方法をインターネットで調べると、だいたい葬儀屋さんが説明しているホームページに辿り着きます。でも、中には間違ったことが書いてあることも多いのです。だから、寺院側で正しい情報や教えを伝えていくことが大切かな、と思っています」

善立寺のホームページ。インタビューやコラム記事など、誰が読んでも楽しめる記事が満載

キャッシュレス化にはプライバシーの懸念も

最近、寺院のデジタル化という文脈で「お賽銭のキャッシュレス化」が話題になることがある。コロナ禍により非接触のキャッシュレス決済が浸透し、それが寺院にも波及した形だ。さらに、銀行に硬貨を入金する際の手数料が痛手となるという、寺院側の事情も影響している。

キャッシュレス決済を導入する寺社仏閣は、2020年ごろから徐々に増えてきた。デジタルへの関心が高い小路さんならお賽銭のキャッシュレス化にも意欲的なのでは……と思って聞いてみたが、意外にも慎重な意見が返ってきた。

まず、そもそも「PayPay」の場合、個人-法人間の送金(寄付など、物品の売買やサービス提供を伴わないもの)は規約違反になるという。また、QRコード決済全般が抱える問題として、悪意のある人によって別のQRコードを重ね貼りされてしまう懸念があり、実際に事件も起きているという。

「プライバシーの問題もあると思います。決済業者は、キャッシュレスのサービスを提供する代わりに、利用者の消費行動を収集しています。お賽銭など信仰に関わるケースでは、その情報収集が問題になる可能性もあると思うのです。例えば、子宝に恵まれるとされる神社に、高額のお賽銭を入れた人がいるとします。もしその情報が入手できれば、業者が妊活などのプロモーションを送るかもしれません。寺院側がそうしたデータ収集に加担するのはどうなのか……という疑問が残ります」

個人-法人間の送金ついては決済業者によって扱いが異なるため、規約上問題ないケースもあるが、いずれにしてもお賽銭のキャッシュレス化に関しては、まだいくつか乗り越えなければならない課題がありそうだ。

コロナ禍は、ほかにも寺院に対してさまざまな変化をもたらした。葬儀も家族葬が増え、四十九日などの法事も取り止めになることが増えた。寺院にとっては、それがそのまま収入減につながった。コロナ前と比べると収入が半減した寺院もあるという。

そんな中、小路さんは「DX4Temples」という事業を起ち上げた。書類のデジタル化や社内事務の効率化、WEBサイトの構築やSNSの運営など、寺院のデジタル化に対するさまざまな悩みに耳を傾け、それぞれの規模に合った解決策を提案するという。

小路さんが起ち上げた「DX4Temples」のホームページ(https://dx4temples.org

コロナ禍で遠方から法事に参列できない人のために、善立寺の本堂にはスマートフォン用の三脚を設置。Wi-Fiも完備されているため、「ZOOM」などのビデオツールを使ってオンラインで参加できる

人手不足、膨大な業務、さらにコロナ禍による深刻な収入源。そこに後継者問題なども加わり、寺院の数はどんどん減っているという。これは寺院だけの問題ではなく、日本の風景や人々の生活習慣にも影響を与える大きな問題ではないだろうか。寺院の抱える過酷な状況を乗り越えるには、やはりデジタルの活用が鍵になるのだろう。寺院デジタル化エバンジェリストである小路さんの活躍によって、全国の寺院の抱える負担が少しでも減ることを期待したい。


文/小平淳一 写真提供/小路竜嗣

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