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JCJ大賞受賞「教育と愛国」の監督がなぜ「ベルばら」を語るのかー「お前たちの心まで服従させることはできない。心は自由だからだ!」

集英社オンライン / 2022年9月24日 10時1分

日本ジャーナリスト会議(JCJ)は9月4日、優れたジャーナリズム活動・作品に贈る今年のJCJ賞を発表。大賞には、斉加尚代監督のドキュメンタリー映画「教育と愛国」が選ばれた。毎日放送で20年以上にわたり教育現場を取材してきた斉加尚代監督。その取材活動の原点には、あの名作マンガがあった。

池田理代子さんからいただいたコメント

映画の予告編を「トレイラー」と呼ぶことさえ知らずにいた私が、映画監督と呼ばれて「教育と愛国」の舞台挨拶に立った初日から4か月余り。「背筋も凍る政治ホラーだった」と評され、「マジ、やばい」と憤怒の声があがり、「よくぞ、つくった」と熱気にも包まれて、本作は確かな一歩を踏み出しました。


ここまでの道のりは平たんではなかったし、身体はいまも緊張がほぐれません。けれど試写会前の重苦しい心境とは雲泥の差です。

新型コロナ禍で教育への政治介入の弊害を痛切に感じ、学問の自由も脅かす日本学術会議問題が起きたことで「絶対に映画にするぞ」と自ら走り出し、なのに完成直後になって不安に襲われた私は、一通の手紙をしたため、試写版DVDとともに投函しました。

漫画「ベルサイユのばら」の作者、池田理代子さんに本作へのコメントを書いてもらいたいと思い立ったのです。2022年1月下旬、憧れの人に恋文を手渡すような気持ちで文章を手書きしました。

そして1か月後、幸運にも願いが叶いました。後に予告編の冒頭に一部紹介することになるそのコメントを見たとき、私は息をのみました。

「学者とは、真理を追求する者であるべきであり、教科書とは、その時代その時点での真実を子供たちに教えるべきものである。そこに、政治の入り込む余地は本来ない。そのことをはっきりと教えてくれる映画である。」 池田理代子(漫画家・声楽家)

コメントそれ自体が美しい真理のようです。真理は暗がりを照らす道しるべになります。この文章が灯りとなり、揺れる私の心を支え、初めての体験であった試写会からプロモーション、取材対応、トークイベントとここまで走破できたと言えるでしょう。

そして私は池田さんの作品にあった眼差しの中に、人間が大事にすべきものをかつて見つけ、その原点が記者になって以降も大きく影響していたと再認識したのです。

「ベルサイユのばら」の連載のスタートは1972年5月。半世紀前、池田さんは当時24歳、1965年生まれの私はまだ7歳。幼くて読めない字もあったのに、男装の麗人オスカルと悲劇の王妃マリーアントワネット、ふたりの女性の成長を軸とした物語にすっかりハマります。宝塚歌劇で舞台化もされた漫画を友人から借りては読みふけっていました。

我が家は宝塚大劇場が建つ武庫川沿いにあり、庭の松の木の向こうに川面が見え、劇場までは歩いてすぐ。6年生に進級した春、愛蔵版全5巻(1976年4月初刷発行)を入手します。「小学校の卒業祝いを卒業前に買って!」と親に泣きついたのです。人生の節目節目で数えきれないぐらい読み返してきました。

「ベルばら」は、少女漫画の革命である

「ベルばら」の中で誰が好きですかと問われれば、やはり女性で貴族なのに革命に身を投じるオスカルです。池田さんは「オスカルは私の分身のようなもの」と語ります。

「女の幸せは結婚し、子どもを産み育てること」とされていた時代、池田さん自身がペンをとって果敢に抗っていたのではないでしょうか。

実際「ベルばら」を連載するにあたり、「おんなこどもに歴史がわかるわけがない」とベテラン男性編集者が猛反対したというのは有名な話です。ところが読者の女の子たちは熱狂し、「ベルばら」と宝塚が結びついて大勢のファンたちを狂喜させる一大ブームへと発展しました。

愛蔵版3巻のあとがきで手塚治虫がこう述べています。
「どこかの時期に少女漫画は、“少女”の肩書をぬぐい捨てて、おとなになってしまったのだ」「女の子の漫画の革命でもある」

この革命を呼び寄せたのは、女性ファンたちの自立を望む意志だったに違いありません。

オスカルのせりふに重なる「日本国憲法」

貴族のオスカルに対し、そばで仕えるアンドレは平民です。彼はいつかこの命をオスカルに捧げようと、むくわれない愛を誓います。

生まれながら身分によって命や暮らしが平等ではない不条理を池田さんは情熱的に描き、ふたりはやがてお互いの愛を確かめ合うのですが、これがベッドシーンと理解したのは中学生になってから。こうして年齢を重ねながら読みが変わっていく楽しさを感じていました。

社会学を専攻した大学時代には、ひとつの考えが結ばれて確信に変わります。オスカルのセリフが人間の尊厳を語っていると気づいたのです。日本国憲法の精神が池田さんのペンを通しオスカルの全てに体現されていると実感します。

戦前、南方で闘い負傷した帰還兵の父をもつ池田さんが、民主主義へと導いた憲法とフランス革命を重ねたのは、自然なことかもしれません。

オスカルが、貴族の自分は権力を持つが行使しない、衛兵隊の兵士の反乱に対して、こう叫ぶ場面にその精神が現れます。

「おまえたちの心まで服従させることはできないのだ。心は自由だからだ!」
「みんな ひとりひとりが・・どんな人間でも・・人間であるかぎり・・だれの奴隷にもならない・・だれの所有物にもならない心の自由をもっている」

出典『ベルサイユのばら』6巻
Ⓒ池田理代子プロダクション

このセリフには続きがあります。「自由」に“つけくわえる”とオスカルがその後こう宣言します。

「自由であるべきは心のみにあらず!! 人間はその指先1本、髪の毛1本にいたるまですべて神の下に平等であり、自由であるべきなのだ」

橋下徹氏からの面罵とネット炎上

教育現場をずっと取材してきた私は、この自由の精神がまさに壊されそうだと感じる事態に直面します。大阪維新の会が教育関連条例を次々に可決、その最初が「君が代を歌わない」先生を処分してガバナンス(支配)を強めることでした。

国歌を歌うかどうか、それは内心の自由です。ところが歌っているかどうかの「口元チェック」までする府立高校校長が現れ、当時の橋下徹大阪市長がその管理行為を「素晴らしい」と称賛、自由を跪かせる政治に危機感を抱いた私は大阪府立高校の全校長に急いでアンケートを送付して意見を求めました。

すると回答した校長の多くが、口元を管理職が監視するというのは、大切な人間への信頼と敬意を損なう行為だと批判を寄せます。その結果を市長の囲み会見で示し、心の自由に対する見解を問い質そうとしますが、ただ面罵されてネット炎上を招く結果になりました。しかし、あれは今も必要な取材だったと考えます。

人権は最初からそこにあったのではなく、血を流し、尊い犠牲を出して、掴み取ったものだと私は「ベルばら」に教えられました。

オスカルは自らの言葉を行動に移します。自由と平等と博愛のために、市民に大砲を向ける監獄への進軍を決意し、「バスティーユへ!」と叫ぶのです。国王の衛兵隊が市民革命に舵を切った瞬間でした。

民衆の側に立ったオスカルとアンドレは、激しい戦闘の末、ふたりとも命を落としますが、遺志を継いだ者たちの手によってついに「フランス人権宣言」が採択されます。

ベルサイユ行進と呼ばれる場面も登場します。それは、「女たちの大集団がずぶぬれになり、泥まみれになり、飢えとはげしい怒りにふるえながらベルサイユへの壮絶な行進」をした事実に触れるもの。女性たちは、槍やこん棒などの武器を携えて立ち上がり、この革命に多大なる貢献をしたのでした。

しかし、革命後の事実は残酷でした。池田さんはその後の著作「フランス革命の女たち」で次のように触れます。

「如何に、進歩的と言われる革命家の男性たちが、女性の社会進出を恐れ、憎み、知性を持ち目覚めた女性たちを家庭に押し込めようとやっきになっていたことか」

実のところフランス革命で誕生した人権は、男性だけのものです。あの命がけのベルサイユ行進を行った女性たちは報われなかったのかと私も知った時はショックでした。フランスで女性に参政権が与えられたのは第二次世界大戦が終結した直後。日本国憲法第24条が「男女平等」を示して日本の女性が参政権を得たのとほぼ変わらないのでした。

1.17からの挫折と遊園地

男女の役割を考える時、私にとって忘れがたい遊園地があります。それは2003年に閉園した宝塚ファミリーランド。両親とよく出かけた楽しい思い出の地ですが、そこには苦い記憶も残っています。

1995年1月の阪神淡路大震災。県外から応援に来た記者たちは「すごい現場だ!」と嬉々として取材しているように見えました。私自身は多くの命が奪われた街で喪失感と無力感に苛まれてモチベーションが下がり、その年12月に長男を出産し職場から離脱します。

ですが、入社時の目標は「定年まで働く」。結局、仕事は辞められず5か月後に復帰、MBS初のママさん記者になります。その後は保育園の送り迎えを一人でやりくりし、息子は愛おしいがきつい日々。

そんなある日、1歳をすぎた長男をバギーに乗せてファミリーランドへ。ところが園内の歓声が聞こえてくるにつれ、楽しいはずの遊園地で無性に悲しくなり、涙が溢れて止まらなくなったのでした。

自身の意志で働き続けたものの、幼子を抱えて現場で思うように取材できなくなり、良き母親であれとの期待感に負けて仕事を自己抑制しているやるせなさがどっと込み上げたのです。心は自由でありたいと願うのに、育児・家事などの責任が重くのしかかる女性たちは、否が応でも葛藤を抱えます。

その背景に戦前から続く家父長制があり、保守政治家と結託する宗教勢力も家庭に女性を縛りつける教条を掲げます。

5年前、安倍内閣の最大のテーマが「人づくり革命」だと耳にしてあ然としました。「個人」を「人」へと軽んじ、「家族」に対し責任と義務を一層強く求める憲法改正を目指す政権がそんな「革命」を実行できるはずありません。

革命とは内側から生まれる自由意志。上から押し付けられるものとは相いれないのです。革命をまるで理解していない。「ベルばら」を読んでほしい、私がそう思った出来事でした。

「愛国」ではなく、子どもたちへ愛を

映画の公開後、全国40か所以上の劇場で善き人たちとの出逢いを繰り返し、これらの僥倖に感謝しています。新潟県上越市の「高田世界館」ではこんな出来事がありました。

近くの上越教育大学の学生さんが上映後「望ましい日本人像をどう教えたらよいのか」と悩みながら質問してくれたのです。その時、ぱっと浮かんだのが、映画に出演する平井美津子教諭の教え子で高校3年のT君からの感想です。

「僕は、大切なのは日本人であることに自信を持てる教育ではなくて、ただ一人の自分であることに自信を持てる教育ではないのかなと思います。自分がかけがえのない存在だと思うこと、それは大人に押し付けられるのではなくて自分で見つけたい」

教育は、子ども一人一人が主体的に学び、自ら成長できるよう導くものです。それには自由があって多様性を重んじる社会が欠かせません。まさに心は自由なのです。戦前の日本は、命は天皇に捧げるとする公教育が徹底され、自身の尊厳を重んじる自由はなく、特攻隊といった人命無視がまかり通ったのです。

いまロシアでは、戦前の日本と同じように愛国教育が行われ「特別軍事作戦」が支持される一方、ウクライナでは何の罪もない人びとがその侵略戦争によって無差別に殺されています。誰もがこの凄惨な現実に戦慄を覚え、戦争を止めたいと願いますが、進行するこの戦争を止めることができるのはロシア国内の人びとです。

「教育と愛国」を考えるとき、時の政権に対して従順な民が果たして愛国者なのか、教育現場はそんな愛国者を育てたいのか、といった重要な問いが生じます。これは左右のイデオロギーの問題ではありません。批判的に物事を考え、自由に表現できる民こそが自由と平等の守護神なのだと私は感じます。

この映画をなぜ製作できたのかと自分に問えば、それは私が「おんなこども」だったからです。これは性差を指すのではなく、日ごろのポジションです。なぜ自分はここにいるのかと問わずして仕事を続けられませんでした。教育現場で出会った大切な人たちの声、その声に連なる小さな良心を支えにしたからこそ映画にいきついたのです。

この国では本作で描いた通り、検定を通った教科書でさえも政権の閣議決定でいかようにでも変えられるようになってしまいました。学問の真理がときの権力しだいで歪んでしまうものにされた今、教師や子どもを守るには一刻の猶予もないのです。

戦争を遠ざけて平和を築く「教育」とはどうあるべきか、歴史と戦争をどう子どもたちに教えるべきか、ひとりひとりの思いが勇気へと膨らんでほしい、そう願います。それぞれの地の子どもたちにできうる限り愛を注いで。

文/斉加尚代

2017年度ギャラクシー賞を・大賞を受賞した話題作
追加取材を加えついに映画化! 全国で上映中

公式サイト https://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/

「教育と愛国」
監督 斉加尚代
プロデューサー 澤田隆三、奥田信幸
語り 井浦新

公式サイトhttps://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/
全国で絶賛公開中!

何が記者を殺すのか
大阪発ドキュメンタリーの現場から

斉加 尚代

2022年4月15日発売

1,034円(税込)

新書判/304ページ

ISBN:

978-4-08-721210-5

久米宏氏、推薦!
いま地方発のドキュメンタリー番組が熱い。
中でも、沖縄の基地問題、教科書問題、ネット上でのバッシングなどのテーマに正面から取り組み、維新旋風吹き荒れる大阪の地で孤軍奮闘しているテレビドキュメンタリストの存在が注目を集めている。
本書は、毎日放送の制作番組『なぜペンをとるのか』『沖縄 さまよう木霊』『教育と愛国』『バッシング』などの問題作の取材舞台裏を明かし、ヘイトやデマが飛び交う日本社会に警鐘を鳴らしつつ、深刻な危機に陥っている報道の在り方を問う。
企画編集協力はノンフィクションライターの木村元彦。

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