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震災の教訓はどこへ…ずさんな避難計画のまま、原発再稼働が推進されている実態

集英社オンライン / 2022年9月30日 14時1分

政府が原発再稼働候補としている茨城県東海村の「東海第2原発」。しかし、再稼働の実施に欠かせない周辺自治体の避難計画策定においては、体育館のトイレや倉庫などの「非居住スペース」を避難所面積に含め、収容可能人数を約3万人も過大に算定していたことが判明。昨年3月には、こうした不備を理由に再稼働を認めない判決が水戸地裁より言い渡されている。なぜ、そのようなずさんな事態が起きたのか。この問題を毎日新聞でスクープしたジャーナリスト、日野行介氏の著書『原発再稼働 葬られた過酷事故の教訓』(集英社新書)より一部抜粋、再構成して紹介する。

問題発覚後も過大算定が「温存」の疑い

茨城県の東海村にある「東海第2原発」

2020年12月17日、茨城県に新たな情報公開請求をした。2018年再調査で茨城県から避難元(30キロ圏内)の14市町村に送られた「変更済み」の面積データだ。



牛久市、坂東市、桜川市のケースのように、非居住スペース分を除外するため総面積の6~8割を便宜的に居住スペースとしてはじき出したのであれば、厳密ではないにせよ、非居住スペースを除いて収容人数を算定するという再調査の趣旨に沿う変更と言える。

ところが2021年1月31日に初報を掲載した後、避難所不足が判明している8市町以外から、「うちは今も過大算定のままです」と取材に答える市町村が相次いだ。2018年再調査で是正しきれておらず、過大算定が現在も「温存」されている疑いが浮上してきた。

「温存」には2つのパターンがあるようだった。

1つは、市町村が体育館の総面積を県に回答していたにもかかわらず、牛久市や坂東市のように居住スペースを便宜的に算定する変更がなされず、「生回答」がそのまま避難元の市町村に送られたパターンだ。

つくばみらい市や結城市、美浦村がこのパターンだった。3市村はいずれも、再調査後の茨城県のヒアリングに対して「非居住スペースを除外している」と回答していた。県原対課(茨城県原子力安全対策課)がこれをうのみにして、過大算定を見落とした可能性が高い。

もう1つは県原対課の「作為」が疑われるパターンだった。

つくば、古河の両市は2015年、福島県からの照会を受け、2013年調査時より計約2万4000人分少ない収容人数を、茨城県を通じて福島県に提出していた。ところが茨城県が2018年再調査の結果をまとめた一覧表では、計約2万4000人分が再び増えて、ほぼ2013年調査時の収容人数に戻っていた。いわゆる「先祖返り」を起こしていた。

情報公開請求によって福島県から入手した資料では、つくば市と古河市が2015年に提出した避難所の居住スペースは総面積の7割で算定されていた。繰り返しになるが、2018年の再調査は居住スペースに基づき収容人数を算定し直すのが目的のはずだ。それなのに茨城県原対課は2013年の過大算定のデータを引っ張り出し、それに書き換えた可能性がある。

つくば市議会の議事録に、茨城県の作為をうかがわせる答弁を見つけた。

2019年3月4日の市議会一般質問で、受け入れ可能な人数を試算しているのかを問われ、市長公室長は「原発避難の収容人数の計算方法は、県内の統一した基準のもとの算出となります。それによると、共有スペースなどは考慮せず、1人あたり2平方メートルとされていますので、つくば市は約3万人という数字になります」と答えている。

「共有スペース」とは、トイレや玄関、倉庫などの非居住スペースを指しているのだろう。それを「考慮しない」ということは、非居住スペースを含めて収容人数を算定している。つまり過大算定しているということになる。

原対課の担当者が過大算定と知りつつ、数字を書き換えたとすれば重大な問題だ。つまり避難計画が「絵に描いた餅」と分かっていながら、策定していることになる。この作為を裏付けるには、変更済みのデータを入手する必要があった。

県立高校の収容人数も過大算定

茨城県原対課の作為を疑わせる材料がもう1つあった。避難所に予定されている茨城県立高校の面積データだ。やはり公表されていなかったが、県立高校約60校(中高一貫校含む)の体育館や武道場などが避難所に使われる予定になっていた。

きっかけになったのは、筑西市の担当者が漏らした奇妙な情報だった。

筑西市の担当者によると、2019年はじめごろ、茨城県原対課の職員が前触れもなく筑西市役所に現れ、市内にある県立高校4校の居住スペースの面積を伝えていったという。なぜ日時が不明なのか、本当に前触れがなかったのか、面積を伝えただけだったのか、多くの疑問が残る証言ではあったが、内容には信ぴょう性があった。

茨城県内で県立高校を指定避難所にしている市町村は多くない。指定避難所にしていない場合、市町村は県立高校の図面を持っておらず、県から照会を受けても体育館や武道場の面積を答えられない。確かに、すでに開示されていた2018年再調査の「生回答」を見ると、避難所一覧に県立高校が載っていない市町村が多い。こうした場合、茨城県原対課が県立高校の面積データを書き加えて避難元市町村に送ったと考えられた。

筑西市内の県立高校4校も指定避難所になっていない。原対課が筑西市に伝えた市内4校の居住スペースの面積は以下の通りだ。参考情報として公表資料から参照した体育館と武道場の合計総面積を併記する。

・下館一高 1934㎡(2385㎡)
・下館二高 2319㎡(2477㎡)
・下館工業 1389㎡(1767㎡)
・明野高校 1495㎡(1821㎡)

原対課が筑西市に伝えた居住スペースの面積は、確かに合計総面積より小さい。だが牛久市や坂東市のように一定の割合にはなっておらず、どうやら便宜的にはじき出した数字ではないようだ。そうすると、図面をもとに算出した厳密な居住スペースの面積だろう。原対課は県立高校の居住スペースの面積データを持っていると思われる。

分からないのは、筑西市以外には同様の情報を伝えられた形跡がないことだった。ここまで綿密に取材を重ねてきて、引っかからなかったとは考えにくい。もしかしたら、原対課は県立高校の居住スペースの面積データを持っているにもかかわらず、筑西市以外には伝えていないのではないか。だとすれば、避難元市町村に伝えられた県立高校の面積データは非居住スペースを含む過大算定の数字である可能性がある。これも変更後の回答が開示されれば、裏付けられるはずだ。

そして、県原対課が居住スペースのデータを保有していると仮定すれば、提供したのは茨城県教育委員会以外に考えられない。県教委にも問い合わせを繰り返したが、箝口令でも敷かれているのか、担当者は言葉を濁すばかりでまともに答えない。だが、「提出していない」とは言っていない。しつこく食い下がった。

2021年2月、県教委の担当者が「原対課からの依頼で県立高校の居住スペースの面積データを提供した」と認めた。担当者によると、2019年はじめごろ、県教委で保管している図面をもとに県立学校69校(特別支援学校などを含む)の体育館や武道場の居住スペースや、合宿所など避難に使えるスペースの面積をまとめた一覧表「原子力災害時における県立高校の避難県民収容可能面積」を作成し、原対課に提出したという。

県教委への取材と並行して、避難所に使われる予定の県立高校にも直接問い合わせた。ホームページで公表されていた耐震関係の資料から体育館や武道場の総面積は把握しており、体育館のアリーナといった居住スペースの面積を尋ねた。

驚いたのは、県立高校の校長や教頭、事務長たちが、自分たちの学校が原発事故時の避難所に予定されていることを知らなかったことだ。「うちが原発避難計画の避難所?」「寝耳に水の話」「県教委からは何も聞いてない」と異口同音に驚いていた。

30キロ圏内に市の北側が入る鉾田市は2020年3月に避難計画を策定済みで、県立高校については、市内の2校と県立鹿島灘高校(鹿嶋市)の計3校を避難所として使う予定になっていた。ところが鹿島灘高の担当者は「県教委や鉾田市からは何の連絡もなく、私は個人的に鉾田市のホームページを見て初めて知った」と打ち明けた。

鉾田市の担当者に問い合わせると、「伝えたと思っていたが、伝えた記録が残っていない」と、何ともはっきりとしない答えが返ってきた。こんな有り様で、いざ事故が起きたとき、避難者を受け入れられるとは思えない。

裏付けられた「作為」

2021年2月18日、2018年再調査における「変更」後の回答が茨城県から開示された。黒塗りはほとんどなく、ほぼ全面開示だった。これは茨城県が観念したというよりも、市町村が提出した「生回答」をほぼ全面開示しているため、変更後のものだけを不開示にする理由がなかったのだろう。

結論から言えば、変更や県立高校分をめぐって抱いていた「作為」の疑いはすべて裏付けられた。

つくば市、古河市、結城市、つくばみらい市、境町、阿見町、美浦村――の少なくとも7市町村が、変更後のデータでも非居住スペースを含む総面積で収容人数が算定されていた。独自に非居住スペースを除外して試算したところ、過大算定は計約3万人に上り、予定している避難者数を差し引くと、少なくとも計約1万5000人分の避難所不足が生じる結果になった。茨城県が2月1日に不足を解消できていないと認めた6900人分と合わせると、不足は2万人分を超える。

2018年再調査で是正した結果、避難所不足が生じた8市町と合わせて、避難先30市町村の半分にあたる15市町村が過大算定をしていたことになる。

新たに過大算定が判明した7市町村のうち、結城市、つくばみらい市については、ヒアリングで「非居住スペースを除外している」と回答したため見落としたことを、原対課も認めた。

問題なのは、わざわざ総面積の数字に書き換えた、つくば市、古河市、境町――の3市町のケースだ。わざわざ過大算定の数字に書き換えた「作為」が疑われたからだ。

内閣府からすでに開示されていた2014年当時の面積と、変更後の面積の数字を比べると、ピタリと一致する避難所が数多く見つかった。言うまでもなく、この数字は体育館や武道場の総面積の数字である。つくば市幹部が市議会で「県は共有スペースを考慮せず、1人2平方メートルで算定した」と答弁した通りだった。

また避難所に予定されている県立高校約60校についても、変更後の面積と「体育館+武道場」の総面積を比べたところ、全体の3分の1にあたる20校でピタリ一致かあるいは近似していた。一方、県教委が提供した居住スペースだけの数字に変更されていたのは、やはり筑西市内の4校だけだった。

この不可解な変更の謎を解く説明は1つしかない。

過大算定をすべて是正すると、避難所不足が深刻になって、避難計画を一から作り直さなければならなくなる――。

これまで避難協定の締結時には、記者会見まで開いて避難先の確保をアピールしてきたはずだ。後になって実は確保できていないことが判明したのに、今度は発表しないというのでは、原発避難計画、ひいては役所に対する信頼など得られるはずもない。

これまで入手した証拠を総合して、「絵に描いた餅」と知りつつ数字をいじった作為の疑いが裏付けられた。だが、取材の窓口になっていた県原対課の富嶋稔夫氏(原子力防災調整監)に問い合わせても、「記録が残っておらず、当時の担当者に尋ねても分からなかった」と、うやむやに答えるばかりで、作為については明確に認めなかった。本当に記録が残っていないのか、また本当に当時の担当者に問い合わせていたのかは確かめようがない。

このころになると、東海第2原発の避難計画について、持っている情報量が私と富嶋氏の間で逆転したように感じる場面が増えてきた。

例えば、県立高校の面積について問い合わせた際、富嶋氏が「実は私も土浦市内にある県立高校の面積をどのように算定したのか疑問に思い、(避難元の)ひたちなか市に問い合わせたのですが、分かりませんでした」と明かしたことがあった。シラを切るだけなら、ひたちなか市に問い合わせる必要はない。過去の資料が十分に引き継がれておらず、本当に知らないとしか思えなかった。

基本的な作業すら満足にできていない状況に愕然とする一方、それも無理はないとも感じていた。外部から検証を受けられるよう策定プロセスを公開しなければ、資料の保管や引き継ぎがおろそかになるのも当然だからだ。

だが、策定プロセスを公開すれば、避難計画が「絵に描いた餅」であることがバレてしまう。一方、公開しなければ、計画は果てしなく杜撰なものになっていく。そもそも地方自治体には本来、原発の避難計画を策定する動機はないのだ。このジレンマを解決する方法はおそらく1つだけだ。原発再稼働を諦めることしかない。

水戸地裁判決で原告勝訴

2021年3月18日、周辺住民ら224人が東海第2原発の運転差し止めを求めた民事訴訟で、水戸地裁は「実現可能な避難計画及びこれを実行し得る体制が整えられているというにはほど遠い状態で、防災体制は極めて不十分」として、東海第2原発の運転差し止めを命じた。避難計画の不備を理由とする原告勝訴の判決は初めてだった。

避難計画を争点と認める訴訟指揮ぶりを踏まえ、原告側勝訴の判決が言い渡される可能性が高いと以前から考えていた。だが、まさか一連の報道とタイミングが一致するとは考えもしなかった。

判決の論理は以下の通りだ。

まず、自然災害の発生は確実な予測ができないことから、放射性物質が放出されないという絶対的安全性の確保は困難であることを前提に、通常の品質管理といった第1の防護レベルから、放出による影響緩和を目的とした避難計画の整備といった第5の防護レベルまで、5層にわたる深層防護のいずれかが欠落または不十分な場合には安全とは言えないという判断の枠組みを定めた。

このうち第1~第4の防護レベルについては、「原子炉等規制法の定める許認可の要件に係る安全性があると認められる場合には、原則として欠落または不十分な点があるとは言えない」として、規制委の安全審査が適正に行われている前提で問題にはしなかった。

一方、オフサイトの安全に関する第5の防護レベルの達成については、実効性のある避難計画と遂行できる体制の整備を前提条件として示したうえで、東海第2原発の場合はPAZ(5キロ圏内)の6.4万人、UPZ(5~30キロ圏内)の87.4万人(計約94万人)の住民が無秩序に避難した場合、重度の渋滞を招いて短時間での避難は困難であり、全域の調整と合理的な避難経路の設定および周知が必要不可欠だと指摘。

30キロ圏内14市町村の避難計画を見ると、策定済みなのは人口の少ない5市町にとどまるうえ、この5市町の計画も、大地震などの自然災害による道路の寸断といった事態に備えた代替経路の確保といった検討課題が残されたままで、第5の防護レベルには欠落が認められると判断した。

役所がひた隠しにしているためやむを得ないが、判決は避難計画の策定プロセスについては触れていない。避難計画の実効性、いや信頼性の確認には策定プロセスの検証が不可欠だ。日本原子力発電は1審判決を不服として控訴しており、今回の調査報道は2審・東京高裁において審理の材料になるかもしれない。

知事の軽々しい捨て台詞

私は4月9日、大井川知事の定例記者会見に臨み、これまでの調査報道で明らかにした過大算定の問題を直接問い質した。

――茨城県の対応は妥当と言えるのでしょうか?

「避難する市町村と避難先の市町村との間で、(避難所の)居住できる面積を算定するという話で対応をお願いしていたわけです。でも、実は居住面積以外も含まれていたという指摘を県議会で受けて、また算定し直して、後になってその半分が実は総面積と分かりました。やはり県も間に入っていたとはいえ、十分な対応ではなかったのかなと今は感じます。すべての避難所について、総面積とか、要するに避難先としてふさわしくないところまで算定していないか再確認する予定で今、指示しています」

――全県的に調査をやり直すということですか?

「いやいや、公立高校はもう十分調査が終わっていますので、それ以外について再確認するということ。各市町村との関係ではですね、十分な面積を確保できたことになっているけれど、実際そうなのかというのを図面で確認するという意味です。避難先市町村にヒアリングします」

――2013年と2018年の調査は公表されていません。こうした不透明なプロセスが杜撰な避難計画につながっているのではないでしょうか?

「どういうところを避難所にしているかの公表については今後検討する余地があると思っている。良かったですか? 毎日新聞さん。特集組んだ価値がありましたね」

最後の捨て台詞の真意は分からない。ただ、真摯に実効性のある避難計画を策定しようと思っているのなら、こんな軽々しい言葉が出てくるはずはなかった。

文/日野行介 写真/AFLO

原発再稼働 葬られた過酷事故の教訓

日野行介

2022年8月17日発売

990円(税込)

新書判/288ページ

ISBN:

978-4-08-721228-0


電力不足キャンペーンでなし崩し的に原発再稼働支持が広がる現状に異議あり!
―政治家・役人を徹底的な調査報道で追及する!―
悲劇に学ばない日本の現実

◆内容紹介◆
2011年3月、福島第一原発事故で日本の原発は終焉を迎えたかに見えた。大津波の襲来という知見が事前にあったにも関わらず、規制当局は運転継続を黙認して過酷事故につながった。
安全神話に依存していたため防災体制はないに等しく、住民避難は混乱を極めた。そして国内の原発はすべて停止し、「原子力ムラ」は沈黙した。国民は学んだはずだった。
だが、「懺悔の時間」はあっという間に終わった。あれから10年以上が経ち、ハリボテの安全規制と避難計画を看板に進む原発再稼働の実態を、丹念な調査報道で告発する。著者の政治家、役人に対する鬼気迫る追及は必読。

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