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北朝鮮の核問題が軍事的手段では決して解決できない複雑な事情

集英社オンライン / 2022年10月1日 11時1分

日本の安全保障にとって北朝鮮の核放棄は不可欠だが、それは軍事介入によって現体制を崩壊させれば解決できるといった単純な問題ではない。その現実を知るためには、朝鮮半島の紛争構造をまず理解する必要がある。朝鮮半島の政治・外交問題を専門とする福原裕二氏の『北朝鮮とイラン』(吉村慎太郎氏との共著、集英社新書)より一部抜粋、再構成して紹介する。

南北朝鮮間に「国境」はない

北朝鮮の金正恩総書記

朝鮮半島に韓国・北朝鮮というふたつの国家が並立していることは、周知のことである。だが、日本や韓国・北朝鮮、その他の国々で市販される世界地図(や朝鮮半島図)では、周知の 「あるべきもの」が図示されていない。それはいったい何であろうか?



正解は「国境(線)」である。とりわけ、韓国・北朝鮮で市販されている朝鮮半島の地図では、どこまでが韓国・北朝鮮の領域なのか示されていないばかりか、相手方の存在すら明示されていないことが多い。このような周知の事実と地図表記の間に存在する虚と実は、朝鮮半島が抱える苦悩をよく表している。

それでは、なぜ地図上には国境線が引かれていないのだろうか。

その理由は、そもそも国境(線)が存在せず、それを引くことができないからである。ご存じの方も多いだろうが、韓国・北朝鮮の境界を隔てるのは国境線ではなく、「軍事境界線」という呼び名の分割線である。

この軍事境界線は、2018年に南北朝鮮の首脳と米朝首脳が、軍事境界線上に位置する板門店で会談した際、一躍脚光を浴びた。金正恩と文在寅は対面の際に、軍事境界線を挟んで握手し、相互にそれをまたいでそれぞれの領域に足を踏み入れるというパフォーマンスを演じた。金正恩とトランプが対面した際も、同様のパフォーマンスが見られた。

それらがテレビで放映された際に画面に大映しにされた幅50センチメートルほどのコンクリート製のラインが軍事境界線である。

軍事境界線の設定は、1950年6月に勃発した朝鮮戦争を停戦へと導くため、国連軍司令官(米国)と朝鮮人民軍最高司令官(北朝鮮)、中国人民志願軍司令(中国)間で合意に達した、いわゆる「朝鮮停戦協定」(1953年7月)の規定を根拠にしている。

すなわち、「軍事境界線(MDL)を確立し、非武装地帯(DMZ)を設定するため、双方の軍隊は、この線から2キロメートル後退して、その非武装地帯は、敵対行為を防止するための緩衝地帯にする」(第一条一項)という旨の規定である。

したがって、より正確には戦争の再発防止のため、155マイル(約248キロメートル)に及ぶ軍事境界線を中心に、南北にそれぞれ2キロメートルの「非武装地帯」という緩衝領域が設定されていることから、韓国・北朝鮮は全体として約1000平方キロメートルの領域を挟んで隔てられているのである。

そのように、70年以上前の戦争とその後始末の結果として生じたからといって、この状況は一過性の遺物ではない。今も朝鮮半島の地図に国境(線)がないことから分かるように、南北朝鮮間の敵対関係が終結しないために設定され続ける現実のひとつである。

言い換えれば、排他的な「朝鮮半島の統一」という至上命令から逃れられない未完の国家(韓国・北朝鮮)が分断される形で朝鮮半島に誕生し、その後同族相食む戦争(朝鮮戦争)過程で、この地域に利害関係を有する諸外国が参戦・介入して凄絶な国際戦争(米中戦争)へと発展した。ところが、戦争目的も何ら達成されることなく、停戦という形でしか処理できずに、結局戦争はいまだに終わっていないということである。

冷戦の産物による分断が根本的課題

その現実に基づき構築されてきたのが朝鮮半島の紛争構造である。それを整理すれば、次のように言うことができる。

朝鮮半島では、いまだに戦争が終わっていないという現実において、

①対決関係を前提とする体制が韓国・北朝鮮の双方でともに築かれ、これに基づいて
②排他的な統一が追求される状況が成立し、
③その状況を周辺国が補完するとともに、
④過去の遺物的な取り決め(朝鮮戦争の休戦協定)も作用して、何とか平和が維持されている、

という状況が継続しているのである。

このような紛争構造と、そのもとでの不確実な平和状態という事態の根本的な解決に対処しようとする大きな動きが2018年に起こった。それが3度の南北首脳会談(4月27日、板門店。5月26日、板門店。9月18~20日、平壌など)と、史上初となる米朝首脳会談(6月12日、シンガポール・セントーサ島)の開催である。

また、そこではいわゆる「板門店宣言」(4月27日)、「米朝共同声明」(6月12日)、「9月平壌共同宣言」(9月19日) 及び「板門店宣言軍事分野履行合意書」(9月19日)がそれぞれ合意に至っている。

これら一連の会談や合意文書の発表は、直接的にはいわゆる「北朝鮮の核問題」の解決を目標に行われた。しかし、たとえば「板門店宣言」の前文に記載されているように、より本質的には「冷戦の産物である長年の分断と対決を一日も早く終息させ、民族的和解と平和繁栄の新しい時代を果敢に切り開く」ために行われたのである。

これは「米朝共同声明」にも、「何十年にもわたる緊張状態や敵対関係を克服し、新たな未来を切り開く」と記されている。つまり、冷戦終結後に発生した北朝鮮の核兵器・ミサイル開発をめぐる問題の原因は、冷戦を反映した分断と対立に始まり、そこにまで踏み込まねばならないという本質的な問題意識はすべての文書において通底している。

さらにかみ砕いて言えば、「北朝鮮の核問題」の解決を目指し、北朝鮮及び韓国・米国が2018年に着手しようとしていたのは、対症療法――北朝鮮の核放棄をいかに進めるか――ではなく、原因療法――歴史的に構築された紛争構造の解体――であったということである。

戦争による統一の「莫大なコスト」

「朝鮮半島の非核化」は、朝鮮半島の紛争構造とそのもとでの不確実な平和状態にメスを入れようとするものであるから、その進展は第一に「朝鮮半島の完全非核化」、第二に「朝鮮半島における平和体制の構築」、そして第3に「南北朝鮮関係の改善と発展」の大きく3つの実践を包括していくことが想定されている。

また、その3つの実践は、前述の番号を付した整理に基づけば、「朝鮮半島の完全非核化」は、①(対決関係を前提とする体制が南北双方に築かれる)と③(その状況を周辺国が補完する)の解消に対応し、「朝鮮半島における平和体制の構築」は③と④(過去の取り決めによる平和の維持)の解消に対応し、そして「南北朝鮮関係の改善と発展」は①と②(排他的な統一が追求される状況)の解消に対応する。

つまり、「北朝鮮の核問題」と呼ばれている事象は、このような朝鮮半島の紛争構造の解体を包摂する問題である。北朝鮮が核を放棄すれば解決する、という単純な問題ではない点を確認しておく必要がある。

そうした「北朝鮮の核問題」の解決を図るアプローチとして、朝鮮半島の紛争構造の解体と敵対の克服にまで踏み込まねばならないのは、直接的な外科手術――軍事的手段による北朝鮮の変革――に伴うコストが甚大であり、選択しがたいという制約があるからにほかならない。

たとえば、1994年5月19日に米国統合参謀本部議長ジョン・シャリカシュビリがクリントン大統領に報告したところでは、「朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の90日間で米軍兵士の死傷者が5万2000人、韓国軍の死傷者が49万人に上る上、北朝鮮側も市民を含めた大量の死者が出る見通しだ。財政支出も610億ドルを超えると思われる」という(オーバードーファー、2015年、323頁)。

また、韓国の「大統領諮問未来企画委員会」(李明博大統領傘下)の報告書によれば、「急変事態が北朝鮮の崩壊と吸収統一につながる場合、統一費用が30年にわたり2兆1400億ドル(2550兆ウォン)程度かかる……北朝鮮が漸進的改革開放を通じて合意統一に至る場合、統一費用は約350兆ウォンで、吸収統一の7分の1程度であれば十分……朝鮮半島に戦争が発生し、その結果による統一、いわゆる武力統一が発生する場合、統一費用は莫大な人命の損失はもとより、8000兆ウォン以上の戦後復興および統一費用がかかる」と推定している(小此木・文・西野編著、2012年、141~142頁)。

つまり、「北朝鮮の核問題」の合理的かつ理性的な解決を模索するなら、軍事的手段や北朝鮮の崩壊を招くような方策は取ることができない。このようなアプローチ上の制約は、米韓のみならず北朝鮮にも当てはまり、無論日本や中国も同様であろう。

戦争が引き起こされれば、北朝鮮の体制存続自体が危機に陥る可能性が高いだけに、この制約を等閑視できないという現実は、北朝鮮にとってより深刻かもしれない。

文/福原裕二 写真/shutterstock

北朝鮮とイラン

福原裕二 吉村慎太郎

2022年8月17日発売

946円(税込)

新書判/256ページ

ISBN:

978-4-08-721229-7

ウクライナ戦争後、国際政治上の最大の焦点。

時のアメリカ大統領に「悪の枢軸」と名指されてから20年。
2つの国家は、なぜ「核」を通じて既存の秩序に抗うのか。
そして、今後の展望とは――?

現地の情勢を知悉する専門家が、その正体に迫る!

◆内容紹介◆
二〇〇二年、米国ブッシュ大統領の一般教書演説で「悪の枢軸」と名指された北朝鮮とイラン。負のイメージで覆われた二つの国家は、なぜ「核」問題を通じて既存の国際秩序に抗い、二〇年後の現在もなお、世界の安全保障の台風の目であり続けるのだろうか?

本書は、長年にわたって現地調査を行い、両国の「素顔」を知悉する専門家がタッグを組み、その内在的な論理に接近した注目の論考である。核兵器拡散の脅威が日々高まるなか、負のレッテルの向こう側にある「正体」の理解抜きに、混乱を極める国際政治の将来は語れない。

イランの「反米」はアメリカへの期待と失望から始まった はこちら(10月2日11時公開予定)

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