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アンコンシャスバイアス―無意識の偏見は「思いやり」がないから生じるのか?

集英社オンライン / 2022年9月30日 14時1分

「ジェンダー平等」がSDGs目標に掲げられる中、日本企業でも差別や偏見をなくそうという動きは広まっている。しかし、それは「思いやりが大事」といった「心の問題」にすり替えられてしまうことが多い。LGBT法連合会事務局長の神谷悠一氏の著書『差別は思いやりでは解決しない』(集英社新書)より一部抜粋、再構成して紹介する。

無意識の偏見はアンケートでわかる?

「アンコンシャスバイアス」という言葉が最近いろいろなところで聞かれます。企業や経済団体なども、このテーマについて盛んに取り上げています。

「アンコンシャスバイアス」は平易に言えば「無意識の偏見」です。無意識の偏見をなんとかしようという問題意識があるのであれば、「思いやり『だけ』では解決しない」ことが認識されているはず、と思っていたのですが、そうでもないようです。



私の友人が「これって本当にアンコンシャスバイアスの調査だと思う?」と言って見せてくれた、あるアンケート調査では、「女性に力仕事はかわいそう」「育児や介護をしながら働くのは難しい」「LGBTは普通の職場にはいない」といった設問がずらっと並び、これらにチェックを付けていくことで自身のアンコンシャスバイアスを測る、という内容になっていました。

アンコンシャスバイアスというのは、まさに無意識の偏見ですから、「女性に力仕事はかわいそう」とか、「育児や介護をしながら働くのは難しい」など、カテゴリーで一般化して人を排除する方向に働く言説について尋ね、その内容について認知して回答したとしても、それはアンコンシャスバイアスとは言えないはずです。

アンコンシャスバイアスと聞いて思い浮かぶのは、採用面接をしていて自分が「男性」ばかりに高い点を付けていた、とか、業績評価をする際に、客観的には同じ仕事ぶりであるにもかかわらず、「男性」は評価がA、「女性」はCになっていた、というような事例ではないでしょうか。

後者の評価の理由を聞くと、なぜか「女性」にだけ「協調性がない」「わがまま」など、特に根拠もない理由が返ってくることも往々にしてあるようです。こうした傾向は、過去の女性差別の裁判事例などにも表れているかと思います。

つまり、アンケート調査の例は、「アンコンシャス」ではなく「コンシャス」な偏見を測るものだと思うのです。しかし、意外とこのような誤った認識、あるいは認識の不思議な接合は、あちらこちらで見られるようです。

ハラスメントは「気をつけていれば」なくなる?

私がハラスメント関連の研修であるところに伺った際のことです。開会挨拶として、そこのトップが自らのエピソードを通して、アンコンシャスバイアスについて触れる場面がありました。

具体的に、家で親が料理や裁縫を子どものためにした、というエピソードを一通り話した上で、料理や裁縫を子どものためにした人について、「男性」と「女性」、頭の中でどちらの性別の人が浮かびましたか、というようなことを参加者に質問していました。なかなか粋な挨拶ではないか、トップ自らこのような話をしてくれると後の研修もやりやすいと、その時は思ったものです。

しかし、その直後におやと思うことが起こりました。それは、そのトップの挨拶の締めの一言でした。せっかくアンコンシャスバイアスに気づいてもらえるようなエピソードを話したにもかかわらず、「だからこそ、思いやりをもって取り組みを行っていこう」というような話で締めてしまったのです。加えて、いつもそういうことに気をつけていると疲れてしまうので、疲れないように「時々」気をつけよう、というおまけが付いていました。

「え、自分の意識に上がってこない、まだ気がついていない無意識の偏見を、思いやってどうにかしようというのはどういうことだろう」。そう思ってしまったのは、私だけでなく、聞いている人の中にもいたのではないかと思います。

あえてそのトップの想いに寄せて考えれば、自分が気づいていないことを気づけるように思いやる、ということでしょうか。自分の言動を振り返り、無意識のことを意識化していこう、ということを言おうとしていたのかもしれません。

でも、そうだとしても、それは本当に「思いやり」の一言で済むことなのでしょうか。もうちょっと言葉を補足してほしかったところです。

なんだか「思いやり」が魔法の言葉と化していて、そう言っておけばいいとか、たいていのことは対応できるという認識がこのように表れているのではないか、と思ってしまうのは考えすぎでしょうか。

せっかくアンコンシャスバイアスという言葉も広まったのですから、「思いやり」だけでは済まないということも、同時に振り返って検証してもらえたら、と思うところです。

人権やジェンダーは仕事に落とし込めない?

学生たちの授業の感想やレポートを見ていると「社会に出てジェンダーのテーマを就職先で扱うことはできないけど、個人で思いやることはしていこうと思います」といった記述や、「こういう自分の考えを就職した会社で通すのは難しいと思うけど、この課題をウォッチしていきたいと思います」といったような記述を見かけることがあります。

こういうコメントを見かけるたびに「え? なんで扱うことができないの?」と思ってしまいます。もしかしたらそもそもやる気がない人もいるのかもしれませんが、簡単にシャットアウトせずにどうしたら扱えるか考えることはできないでしょうか。

職場で、自分のやりたいことを実現する方法というのは、業種業態で違いはあるでしょうけれども、だいたい以下のような段取りが考えられます。

その「やりたいこと」について調査し、資料を作り、どうにかしてアピールの機会をつかみ、プレゼンし、企画を通す。時にアピールの機会を見つけるのに時間がかかる、数年越しになる、それでもチャンスを窺う、このようなケースも少なくないように思います。

そのやりたいことが、オンライン活用による業務の効率化に関することかもしれないし、新しい広告展開の企画かもしれないし、全く新たな発想による商業施設の展開かもしれません。斬新すぎて、すぐには上司に理解されなくとも、さまざまなデータや手がかりを駆使しながら、なんとか通していくというのが職場で自分のやりたいことを実現する方法ではないでしょうか。

これと、ジェンダーに関わることを職場で取り組む段取りに、どれほど違いがあるでしょう。ジェンダーに関する企画は、今の時代さまざまなところで散見します。ジェンダーよりも遠ざけられがちとも思われる「フェミニズム」に関する事柄も、少なくない分野で扱われています。

躊躇する理由として一つ考えられるのは、「ジェンダー課題に取り組んだら周囲から色眼鏡で見られるのでは(そしてキャリアに関わるのでは)」ということでしょうか。

けれども、今や良くも悪くもSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)が声高に叫ばれ、目標の5番は「ジェンダー平等を実現しよう」となっています。SDGsに絡めて提案することはできるのではないでしょうか。少なくとも、部署などの配置とタイミングを見て、機会を探ることくらいはできるはずです。

もう一つ想定される躊躇の理由として、大上段に構えてしまう、ということも学生たちから感じられます。ジェンダーとか人権とかというと、なんだか真面目にきちんと大掛かりなことをしなければならないのではないか、といった雰囲気が滲み出ていることがあるのです。

私が勤めていた時にやってみた最初の些細な取り組みは、資料の色遣いでした。資料を作る時に、男は青、女は赤、といった固定的なイメージの配色ではなく、オレンジや黄色、紫を使いながら、ぱっと見ただけでは「性別」が分からないような動物のフリー素材を使い、既存の規範をちょっとずらしてみる、ということをやってみました。伝わる人には伝わるものだし、反響があればやる気にもなります。逆に、こういう取り組みは、分からない人には分からないものなので横槍も入りにくいものです(そもそも反対する理由もありませんが)。

当たり前すぎて、些細すぎて、小手先だと怒られそうだと思うかもしれませんが、最初の一歩として、「資料の色遣い」など、地道にできることはあるのです。

偏見の解消には専門的なスキルを

そんなことを考える中で最近目についたのは、P&Gジャパン合同会社の取り組みでした。同社は、ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みの三本柱として、「文化」「制度」「スキル」をあげています。「文化」や「制度」はよく見かけますが「スキル」というのは、あまり他では見られないので、目を引くものでした。

P&G社のWebサイトにはこのスキルについて「社員が日々の業務の中で多様性を引き出し、活用し合うスキル(能力)の育成」と書いてあります。

取り組む動機が「思いやり」であれ、学習した結果であれ、その動機を形にし、ビジネスなどに活かしてアウトプットしていくためには、ジェンダーに関する知見に加えて、各分野の知見が必要であり、その各分野に落とし込むためにはまさに「スキル」が必要になるはずです。

例えば、ビール・スピリッツメーカーとして有名なキリンビールでは、「女性」社員が子会社としてSPRING VALLEY BREWERY株式会社を立ち上げたといいます。ビールは中高年の男性が飲むもの、という固定的なジェンダーのイメージを覆し、見た目も色とりどりで、飲みやすいクラフトビールが、新たなビール文化をもたらしつつあり、ビール消費者の間口を広げることに貢献しているといいます。

このように、職場や組織のさまざまなレベルで、ジェンダーに関連する取り組みを展開することは不可能ではありません。そして、すでにいくつかの先進的な企業はジェンダーの視点をビジネスの場面でも展開しています。そのような企業には、ビジネスを通じてどのようにジェンダー平等の構造的な構築につなげられるかまで、さらに切り込むことが期待されます。

文/神谷悠一 写真/shutterstock

差別は思いやりでは解決しない
ジェンダーやLGBTQから考える

神谷 悠一

2022年8月17日発売

902円(税込)

新書判/224ページ

ISBN:

978-4-08-721226-6

思いやりを大事にする「良識的」な人が、差別をなくすことに後ろ向きである理由とは――。「ジェンダー平等」がSDGsの目標に掲げられる現在、大学では関連の授業に人気が集中し企業では研修が盛んに行われているテーマであるにもかかわらず、いまだ差別については「思いやりが大事」という心の問題として捉えられることが多い。なぜ差別は「思いやり」の問題に回収され、その先の議論に進めないのか?

女性差別と性的少数者差別をめぐる現状に目を向け、その構造を理解し、制度について考察。「思いやり」から脱して社会を変えていくために、いま必要な一冊。「あなたの人権意識、大丈夫?
“優しい”人こそ知っておきたい、差別に加担してしまわないために――。価値観アップデートのための法制度入門!」――三浦まり氏(上智大学教授)、推薦!

LGBTQに関して「自分は口説くわけじゃないから、何も気にしない」が問題な理由 はこちら(10月1日14時公開予定)

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