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2.5次元のコンテンツが「マンガ・アニメ原作の実写映画」とは大きく異なる2つの個性

集英社オンライン / 2022年9月30日 15時1分

2次元のマンガやアニメを原作とする、舞台やライブといった3次元のコンテンツを総称して「2.5次元」という。しかし、それはマンガやアニメを実写化した映画・ドラマとは何が違うのだろうか。久保(川合)南海子氏の著書『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(集英社新書)から一部を抜粋、再構成して紹介する。

2次元と3次元のあいだの人気ジャンル

マンガやアニメが映画やドラマとして実写化される場合、作品の中心となるキャラクターには、一般によく名の知られた俳優が起用されます。それは興行的な価値も考慮されていると思いますが、その俳優がすでに個人として備えている表象も含めて、キャスティングされていると考えられます。



それゆえに、配役が発表された時にキャラクターのビジュアルが公開されていないにもかかわらず、すでに「似てる/似てない」「合ってる/合ってない」といった議論が熱心なファンのあいだではなされるのです。原作ファンたちは発表された俳優の表象を参照しながら、原作のキャラクターの表象と俳優という対象のすりあわせをしています。

マンガやアニメなど2次元のキャラクターを、実際の人間として3次元で表現しようと試みた場合、どうしても生身の人間として演じる俳優の表象が介在することになります。

知名度のある原作に知名度のある俳優をキャスティングする背景には、たくさんの人の耳目を集めたいというだけでなく、観客の中にある程度の表象のある俳優を使うことで、作品中のキャラクターの表象を投射しやすいという利点もあります。あるいは反対に、これまでの表象を逆手にとって、それを覆すような表象を投射させることで、新たな面を表現したいといったこともあるでしょう。

不特定多数の観客が想定されるような大規模な作品がある一方で、よりコアなファンを対象にして制作される実写作品があります。それは「2.5次元文化」と呼ばれている、マンガやアニメやゲームを原作としたミュージカルや演劇の舞台作品です。近年、市場が急速に拡大しているエンターテインメントの一ジャンルです。

2.5次元ミュージカルや演劇の市場規模は、2000年には15作品26万人の動員で14億円でした。それが2018年には197作品278万人の動員で、その市場規模は226億円です(2019年、ぴあ総研資料)。

2018年末の『NHK紅白歌合戦』の企画コーナーには、世界で人気のジャパンカルチャーとして、ゲーム『刀剣乱舞―ONLINE―』を原案としたミュージカル『刀剣乱舞』の俳優たちが出演しました。ゲームのキャラクターとして演じ、歌と踊りのパフォーマンスを披露したのを観た人もいるでしょう。

2.5次元文化の演劇やミュージカルといった舞台作品では、実写化映画やドラマと同様に、マンガやアニメ、ゲームなどに登場するキャラクターたちを生身の人間である俳優らが演じます。しかし、先ほどまでの実写化作品と比べて、2.5次元文化の演劇やミュージカルといった舞台作品には大きく異なる点がふたつあります。それはいったいなんでしょうか?

最大限に楽しむには「予習」が前提

ひとつは、2.5次元文化の観客には基本として、原作を知っている人(原作のファン)であることが想定されていることです。原作をまったく知らずに2.5次元文化の作品を観ると、その作品世界がよくわからないままおいてきぼりになってしまうことになります。

映画やテレビドラマの実写化作品の多くは、原作を知らない人でもわかるように作られています。しかし、2.5次元文化の演劇やミュージカルといった舞台作品は、原作を好きな人がさらに楽しめることを重視しているのです。もちろん、原作をまったく知らずに2.5次元作品を観てファンになった人もいることでしょう。ですが、そのような人も後でしっかり原作を「自習」して作品世界をより深く理解しようとしているのではないでしょうか。

2.5次元文化の元祖であり、いまも大人気コンテンツのひとつである『ミュージカル・テニスの王子様』の舞台を観にいったことがあります。これは許斐剛さんの人気少年マンガ『テニスの王子様』をミュージカルとして舞台化したものです。

私は物語の概要は知っていたものの原作マンガをほとんど読んでいなかったのですが、そのような状態で2.5次元文化の作品を観るとどうなるのかという実験のつもりで、あえてまったく「予習」をせずにいました。会場でパンフレットも購入しましたが、それも舞台を観た後まで開きませんでした。

そうしてはじまった舞台の上での物語は、あるテニス大会の準々決勝に焦点をあてたもので、私にはそれがどのような状況なのかほとんど把握できませんでした。はじまってみれば、役者の熱演と観客の盛りあがりや巧みな演出で次第に引きこまれ、舞台はとても楽しいものでした。

けれど、そこで私が痛感したことは、もっと情報を知っていたならもっとおもしろかっただろうなあ! という悔しさに近い気持ちでした。観劇の後に、私がパンフレットや原作マンガやSNSにある観劇レポートなどを読みあさったことはいうまでもありません。

私の実験(のつもりの実体験)からわかったことは、2.5次元文化を有意義に鑑賞するためには、観客も事前の準備が不可欠であるということです。つまり、演者が作品世界の表象を持ってキャラクターを演じるのはもちろんのこと、観客としても投射できる表象を備えていることが求められているのです。

私はこの経験を通じて、2.5次元文化における作品とは、演者と観客の双方のプロジェクション(投射)がなされることで作りあげられるということがよくわかりました。

ステージというかぎられた時間と空間でなにを表現するかという時に、2.5次元作品は原作を知らない人へ向けて最初から説明をすることよりも、原作をよく知ったうえでのさらなる楽しみや驚きを追求しているのです。2.5次元作品には、観客のプロジェクションを最大限に活用して、さまざまな意味に彩られた魅力的な作品を成立させようという試みがあるといえます。

重要なのは「そのキャラクターに見えること」

2.5次元作品が映画やテレビドラマでの実写化と異なるもうひとつの点は、主役級であっても一般的にはあまり知られていない役者のキャスティングが珍しくないことです。

2.5次元作品にはすでに原作のファンがついているために、スター俳優がいなくとも着実な観客動員が見込めることや、2.5次元作品の制作費と役者のギャラの問題も大きいとは思います。しかし、一般的にはあまり知られていない俳優を起用することは、プロジェクションとしては実に重要な側面なのです。

2.5次元ミュージカルを手がけてきたアニメ・ミュージカルプロデューサーの片岡義朗さんは、2.5次元ミュージカルの役者に求められるのは「キャラに見えること」であって「技量」ではないと言います。演技経験の少ない俳優であっても、それは問題にはなりません。公演を通して俳優が成長していく過程も、鑑賞の醍醐味のひとつとしてとらえられているからです。

2.5次元作品の愛好家でもあるマンガ家のやまだないとさんは、「キャラクターというのは輪郭であり、印象であり、ラインである」と言っています。演者が観客の表象を投射されるスクリーンだと考えれば、片岡さんとやまださんの言っていることはとてもよくわかります。

先ほどの実写化映画やドラマのように、スター俳優がキャスティングされると、多かれ少なかれどうしてもその俳優自身の個性や観客があらかじめ抱いているイメージなどがキャラクターにでてきます。しかし、2.5次元作品では、観客の表象をできるだけ鮮明に投射してほしい、ならば輪郭やラインがしっかりした真っ白なスクリーンが最高です。2.5次元作品にはキャラクターの明確な表象が存在する一方で、演者には「匿名性」が求められているのです。

2.5次元作品では、演者は2次元でのキャラクターの外見的造形をできるだけ詳細かつ忠実に再現します。現実の人間ではありえない髪の色や瞳の色をしているキャラクターに、生身の人間である演者を近づけていきます。ウィッグによるカラフルな髪色や奇抜な髪型、カラーコンタクトによる鮮やかな目の色、原作とできるだけ同じようなデザインの衣装など、可能なかぎりの装飾が演者に施されます。

装飾と同様に重要なのは、立ち姿の身体のラインです。2次元で表現されているそのキャラクターらしさ、それは外見的な造形だけでなく立っている姿や歩き方にも個性として色濃く反映されています。演者はそのようなポーズや動きの特徴をつかみ、2次元の表象を3次元の身体へ投射します。

それは実写化映画やドラマの演者も同様なのですが、2.5次元作品では、実在する人間らしさよりも現実的ではない「2次元らしさ」が3次元において追求されます。3次元に実在していながら、2次元らしさがうまく再現できる演者が、2.5次元作品の俳優として称賛されるのです。

このようなプロジェクションにより、虚構(2次元)のキャラクターが現実(3次元)のなかで立ちあがってきます。その人物(演者によるキャラクター)はまさに虚構(2次元)と現実(3次元)のあいだに存在しており、「2.5次元」とはたしかに言い得て妙だと感心します。

プロデューサーの片岡さんは、2.5次元作品の人物について観客が「マンガから出てきたようだ」と感じるのは「もともと2次元のものが受け手の頭の中で生きているから」と語っています。これは、観客のなかの表象のことを指しているのでしょう。あらかじめ観客が持っている表象が演者に投射されることで「マンガから出てきたようだ」と観客は感じるのです。

2.5次元作品では、キャラクターの表象をできるだけ鮮明にすること、そしてその表象をできるだけスムーズに投射させて観客に気持ち良くなってもらうことを目指しているといえます。キャラクターの表象は、演者によって演者の身体へ投射され、また観客によって演者へ投射されています。

それら個人と他者のプロジェクションが共有されてはじめて、2.5次元作品は成立します。そんな演者と観客による共同作業の魅力があるからこそ、ほかにはないエンターテインメントとして人気を誇っているのでしょう。

文/久保(川合)南海子 写真/shutterstock

「推し」の科学プロジェクション・サイエンスとは何か

久保(川合)南海子

2022年8月17日発売

946円(税込)

新書判/256ページ

ISBN:

978-4-08-721227-3

認知科学でみる 人間の知性

漫画やアニメの登場人物に感情移入し、二次元の絵や映像に実在を感じる。はたまた実際に出会い触れることはほとんどないアイドルやアーティストの存在に大きな生きる意味を見出す。
これらの「推す」という行為は、認知科学では「プロジェクション・サイエンス」と呼ばれる最新の概念で説明ができる。
「いま、そこにない」ものに思いを馳せること、そしてそれを他者とも共有できることは人間ならではの「知性」なのだ。
本書では、「推し」をめぐるさまざまな行動を端緒として、「プロジェクション」というこころの働きを紐解く。

(本文より)
「推し」に救われたという経験は、「推し」が自分に直接なにかしてくれたということではありません。「推し」によって自分がなにかに気づいたり、自分がなにかできるようになったり、自分をとりまく世界のとらえ方が変わったということなのでしょう。
あらためて考えてみると、このような自分のありようとこころの変化は、本書のテーマである「プロジェクション」がもたらす事象そのものです。はじめて聞いたという人が多いと思いますが「プロジェクション」とは、こころの働きのひとつで、認知科学から提唱された最新の概念です。

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