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巨大組織に二度も裏切られた男が、それでも「組織で働くこと」にこだわる理由

集英社オンライン / 2022年10月5日 17時1分

平成を代表する巨大経済事件「北海道拓殖銀行破綻」「雪印乳業集団食中毒事件」の当事者だった髙橋氏は現在、アルミ建材メーカーの代表を務める。「会社に頼らない生き方」に共感が集まる今「それでも組織で働く」意味とは。

平成を代表する巨大経済事件「北海道拓殖銀行(以下、拓銀)破綻」と「雪印乳業集団食中毒事件」の当事者であり、二つの事件で敗戦処理を担った髙橋浩二氏。

事件から20年以上を経た現在、髙橋氏は従業員約200名の中小企業の社長を務めている。巨大組織に二度も裏切られた人物は、今なお組織の一員として日々を送っていた。「会社に頼らない生き方」に多くの共感が集まる今日においても、髙橋氏は「組織で働くこと」にこだわり続けている。波瀾万丈の道を歩んだ髙橋氏に、その仕事観やキャリア観を聞いた。


事件後には「経営再建」が本業になった

髙橋氏は拓銀を離れたあと、拓銀の大株主でもあった雪印に転職し、国際部や医薬品部でいくつかの功績を挙げた。しかし日本企業独自の内輪な風潮は根強く、そこに馴染まなかった髙橋氏は、退職を考えながら経営企画室へ異動する。そして起こったのが、集団食中毒事件。社内に残り、症状のある人々へのクレーム対応に奔走した。

あの事件はなぜ起きたのか。当時を思い返して、髙橋氏はこう話す。

「当時の再建計画の軸として、事業再編や事業譲渡など経済合理性から鑑みた施策と、社内文化の変革が挙げられました。しかしこの後者が非常に難しかった。私が『トップダウンの関係性をやめた方がよい』と提言しても、結局採用されませんでした。つまり、社内に蔓延っていた『忖度が働く文化』が原因だと思うんですよね。雪印側はそう思っていなかったかもしれませんが…。このあと複数の大企業が大規模な不祥事を起こしますが、その根っこは全て同じだと思いますよ」

集団食中毒事件への対応やネスレ・スノーの設立を終えた髙橋氏は、2005年にコンサルタントとしての関係も含めて雪印乳業を離れ、拓銀出身者5人で経営コンサルティング会社に専念する。コンサルタントとしては、主に中小企業の資金調達やM&Aなど財務金融分野を担当した。特に得意としたのは、海外事業の撤退。不採算事業を清算し、経営の痛手を最小限に抑える案件だった。拓銀や雪印乳業の事件を経て、いつの間にか髙橋氏は「組織の崩壊を食い止めること」を本業としていた。

アルミ建材メーカー・ツヅキで、5年連続黒字を叩き出す

現在髙橋氏は、大阪府東大阪市に本拠を置くアルミ建材メーカー・ツヅキの代表取締役社長を務めている。社長就任から今年で10年が経つ。

ツヅキへの社長就任も、創業者から同社の経営の刷新を求められたのがきっかけである。髙橋氏の就任以後、ツヅキの従業員は50名ほど増加し、新規事業を複数打ち出して経営の安定化を図った。コーポレートサイトに公開されている財務情報によれば、ツヅキの営業利益は2018年から5年連続で黒字だ。

「就任時点から人件費は2億円以上増えていますけど、黒字決算が続いています。事業計画はぼちぼち上手くいっているので、あとは後の世代に会社をどう引き継いでいくか、でしょうね。『髙橋さんに騙されて入社しました』と言ってくれる若い社員もいるので、その子たちに不幸な思いをさせないようにするのが 、今の僕の仕事です」

今年、髙橋氏は65歳。経営者として残された時間には限りがある。どのように会社を継承していくのかが目下の課題だ。それを知ってか、M&Aによる事業継承を提案してくる金融機関やコンサルティング会社は多い。しかし、その誘いは一貫して断り続けている。

「中小企業や零細企業を存続させるという名目で、その実は食い物にしているM&Aが目につきますね。M&Aは資本効率が良くないし、中間業者だけが儲かっているケースも多いと思います。だから、僕は会社を売りたくもないし、買いたくもない。もし仮に合併するにしても、中間業者は必要ありません。合併相手は新聞に全面広告を出して見つけて、交渉は全部、僕がやりますよ」

M&Aを提案してきた初対面の金融機関の担当者に「僕の経歴を調べてから来た?」と尋ねたことがあるそうだ。担当者は意味が分からず、ポカンとしたまま黙っていた。まさか目の前にいる経営者が、組織の建て直しに生涯を賭けてきたエキスパートだとは、思いもよらなかったに違いない。

転職によって自身の「ヒストリー」が途絶えてしまう

一方で、髙橋氏の経歴を知る人物からは、転職の悩みを相談されることが多いという。組織の崩壊によって、キャリアを転換せざるをえなかった人物の転職観は、たしかに気になるところだ。だが当の髙橋氏自身は、転職に必ずしも肯定的ではない。

「転職は、自身のヒストリーを途絶えさせることなんですよね。例えば僕だったら、拓銀でどんな仕事をしてきて、どんな性格で、どんな上司に可愛がられてっていう…そういうヒストリーが、転職するとごそっとなくなっちゃってしまいます。

これは雪印乳業に転職してから思い知りました。組織に信用されないのは当たり前なんだなと。だって、僕がどこの誰で、どんな仕事ができるのか、雪印乳業では誰も知らないんだから。だからもし転職するなら、そういう不条理は受け入れなきゃいけないんでしょう」

ビジネスメディアなどでは、しばしばビジネスパーソンの「個の力」が強調される。その背景には、先行きの不透明な社会において会社に頼る生き方は危険であり、個人のスキル習得やキャリア形成に力を注ぐべきといったキャリア観がある。もちろん転職はキャリアアップの手段であり、ポジティブなものとして捉えられることが多い。しかし、こうした論調についても髙橋氏は疑問を抱いている。

「『会社に頼らずに生きていく』って、例えば感染症が大流行したり、治安が急激に悪化したりという悪条件が重なったとしても、その地域にクライアントがいるならなりふり構わず行くっていう、そういう覚悟を持つことだと思うんですよね。組織が守ってくれないんだから、難局は自分ひとりで乗り越えないといけない。会社に頼らずに生きていくって、それほどの決心が必要なんですよね。

あれこれ悩むより、会社を最大限に活用しながら自由に生きたらいいと思います。組織の力を借りれば、自らの実力の何百倍も大きな仕事ができる。それが会社員の醍醐味です。起業を進める人は多いですけれど、そんな無責任なことを言うなって(笑)。結局会社員に戻る人も多いんだから、だったら会社のなかで能力を磨き、評価してくれる人を探したらいいのでは」

髙橋氏は、今もなお「組織で働くこと」にこだわり、深い意義を見出していた。その言葉には、実際に組織に裏切られた人物にしか醸し出せない重みがあった。

「もう一度生まれても、この人生でいいかな」

バブル経済から失われた30年に至る時代の渦のなかで、波瀾万丈なキャリアを歩まざるを得なかった髙橋氏は、自らの歩みをどのように総括しているのか。

そのキャリアを振り返ることはあるか、と尋ねると「そんなこと滅多にありませんけど、幸せですよね」と漏らした。

「不幸なことはないですよ。会社がなくなったって、飢えたわけじゃないですし、健康ですから。もう一度生まれても、この人生でいいかなって」

続けて、もう一つ尋ねてみた。「『拓銀が破綻していなければ』と考えることはあるか」。エリートコースを順調に歩んでいた若手銀行員時代。その先にあるはずだった輝かしいキャリアに思いを馳せ、悔やむことはないのだろうか。

髙橋氏は「それはありました」と答えたあと、拓銀時代の上司であるWとのエピソードを話した。Wは破綻処理時に頭取代行を務めた人物で、髙橋氏の人生の親ともいえる存在だった。

「拓銀が破綻してからずっと後、Wが引退した際に一緒に食事をしたんですよ。そのときに言ってくれたんです。『拓銀が残っていたら、浩二(髙橋氏)も俺くらいには偉くなれたよ』って。

この言葉が僕にとっての宝物なんですよ。それで、もう十分です。これでいいじゃないかって。難局においてトップに登り詰めた人間に『お前も同じくらいにはなれたよ』って言ってもらえたんだから。だから、拓銀のことはもう悔やまないって、そのときに決めました」

人生には何が起こるのかわからない。多かれ少なかれ、誰もが不条理に翻弄され、思い描いた未来とは異なる場所に立っている。その葛藤を乗り越え、目の前の現実を肯定するためには、“あり得たかもしれない未来”とどこかで決着をつけなくてはならないのだろう。

「何が幸せで、何が不幸かなんて分からないけれど、僕は幸せだと思います。ごく普通の中小企業の社長ですが、健全な経営ができているし、何より部下を飲みに誘ったらご馳走できるくらいの給料はもらっていますから。僕はオーナー社長じゃないから、銀座のクラブで一晩に何十万も使うような遊び方はできませんが、部下に『千円ずつ出せ』なんて情けないことも言わずに済んでいます。それって幸せなことなんじゃないかな」

歴史に刻まれる二つの巨大経済事件に巻き込まれ、大きな挫折を味わった人物は、そのキャリアの終盤を満足げな表情で過ごしていた。

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