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侵略されるヘルソン州出身・たったひとりで闘いにきたウクライナ美女格闘家の信念

集英社オンライン / 2022年10月8日 9時1分

朝倉未来とフロイト・メイウェザーの世紀の一戦が行われた同日、同会場で彼女は試合をした。ウクライナ人女性格闘家のアナスタシア・スヴェッキスカ。朝倉vsメイウェザーが格闘技の「エンターテインメント」を体現したとするなら、アナスタシアの試合には平和を願う「スポーツ」としての魅力が確かにあった。

朝倉vsメイウェザーに隠れたベストバウト

試合が終わると、その健闘を讃える投稿がTwitterには溢れていた。

「アナスタシア選手、ウクライナ出身っていう背景があるのと普通に可愛いし強いんでまたRIZIN出てほしい」

「マジでアナスタシア選手また出してください。試合が面白すぎる。伊澤とここまでやれる選手そういない」

「涙した人は多いのではないでしょうか? 大変な状況の中でウクライナから日本へ来て下さったアナスタシア選手 強くて美しい女性は本当にかっこいい」



「アナスタシア選手の入場、本当に美しかった。生で見ると迫力が凄くて、存在が尊くて自然に涙が出てきた」

RIZIN王者・伊澤星花との一戦 ⒸRIZIN FF

戦争が続くウクライナから1週間かけて来日したアナスタシア・スヴェツキスカ選手(24歳)。9月24日にさいたまアリーナで開かれた格闘技イベント「RIZIN.38」で、RIZINスーパーアトム級王者・伊澤星花選手(24歳)と対戦した。その模様は、入場シーンから母国への思いが滲み出ていた。

ブルーハーツの『夢』をBGMに、セコンド3人を伴ってあらわれた伊澤選手とは対照的に、アナスタシア選手は青と黄色に染まった国旗を掲げながらひとりで入場した。やや遅れてついてきたセコンドはひとりだけ。会場に流れていたのは、ウクライナの国民的歌手ティナ・キャロリの『Ukuraine is you』。そのタイトルからして愛国心をあらわすこの楽曲のイントロは、哀愁漂うアコースティックギターの音色で始まる。選曲の理由について、アナスタシア選手はこう説明する。

「この歌はウクライナという国を象徴しており、わたしたち国民を団結させてくれます。ずっと心に残る歌です」

試合前の記者会見では「ウクライナを全世界にアピールすることが私のモチベーション」と語っており、入場時からその言葉通りのパフォーマンスを見せた。しかし、試合には負けてしまった。アナスタシア選手は、伊澤選手の寝技に粘り強く抵抗するも、2ラウンド終了間際に1本取られた。その直後、伊澤選手に駆け寄られ、2人はウクライナ国旗をリング上に高々と掲げた。

勝利した伊澤選手に促されてウクライナ国旗を掲げた ⒸRIZIN FF

「ウクライナは独立している国、力強い国、素敵な国だと言いたかった」

そう語る彼女が抱く母国への思いとは–––––。

「全世界に自国の素晴らしさを伝えたい」

試合前、都内のホテルで取材に応じたアナスタシア選手は、「格闘家」というイメージからはおよそかけ離れた、華奢な体つきだった。そんな彼女が格闘技に目覚めたのは、大学3年生の頃。ウクライナ北中部ジトーミル州にある国立大学で心理学の勉強をしていた時のことで、健康のためにスポーツをやろうと始めたのが、格闘技だった。

すでに場数を踏んでいた友人に誘われて試合に出場してみると、めきめきと頭角をあらわす。2019年のヨーロッパ選手権、それに続くアマチュア世界大会でも優勝を飾った。その後、プロデビューを予定していたが、新型コロナウイルスの影響で延期され、2021年末に実現した。しかしそのわずか3カ月後、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まった。

プロとしての一歩を踏み出した矢先のことだった。

「ロシア軍に侵攻された後は、気持ちに変化が起きました。今はウクライナの国旗を掲げ、ウクライナの代表として、全世界に自分の国の素晴らしさを伝えたいと思うようになりました。そして私の試合を見て、子供でも大人でも、私のような女性になりたいと思ってもらえるよう、インスパイアしたいです」

戦争によってあらたに目覚めた自国への思い、そして誇り。

初参戦でのRENAとの一戦 ⒸRIZIN FF

首都キーウに住んでいたアナスタシア選手は、約300キロ南下したウクライナ中部のクロピヴニツキーへ夫(26歳)とともに避難した。夫はブラジル柔術を専門にしている選手で、彼女はスポーツ一家だ。キーウと近郊のイルピンにジムを所有しているが、戦争で閉鎖を余儀なくされた。そして避難先では、トレーニングを継続できるかどうかが懸念だった。

「夫と一緒に3カ月ぐらいそこで避難生活を送りましたが、私自身のトレーニングにはあまり穴が開いていません。戦争が始まった直後の1週間はできませんでしたが、それからは避難先のジムで少しずつトレーニングを始めました。私の他にもトレーニングをしていた選手はいて、皆、戦時下によるストレスを感じていたので、気分転換に1日1回、もしくは2日に1回というペースで練習していました」

プロの格闘家として、果たしてそれで満足に練習できているのだろうか。

「国の状況を言い訳にしたくない」という信念

アナスタシア選手はRENAと対戦した7月末の来日時、記者会見で「国の状況に言い訳を作りたくないんです」と力強く語っていたが、戦時下においてすらトレーニングができないのは「言い訳だ」と言い切っている。逆境に立たされても、決してネガティブな発言はしない。どこまでもポジティブなその姿勢が、彼女を支えている信念だった。

一方で遠く離れた母国は、目を覆いたくなるような現実に直面していた。

「私のジムがあるイルピンはとても激しい攻撃を受けた街で、破壊されたビルが多かったです。攻撃はキーウにもあり、同じく建物が損壊しました。空襲警報は今も頻繁に鳴っています。私が住んでいた場所がこのような惨状に置かれ、それを目の当たりにするのはとても辛かったです」

砲撃されたキーウ近郊の都市、ブチャの民家 撮影/水谷竹秀

戦争勃発後、キーウ近郊のイルピンでは、ウクライナ軍とロシア軍が激しい戦闘を繰り広げていた。ビルの窓ガラスはバリバリに割られ、至る所が砲撃で黒焦げになった。ショッピングセンターも大破して鉄骨がむき出しになり、瓦礫の山と化していた。路上に放置されたロシア軍の戦車や車両、激しい銃撃の跡が残る車の数々……。

ブチャの路上に放置されたロシア軍の戦車 撮影/水谷竹秀

これまで当たり前に存在していた日常の光景が、一瞬にして非日常のものへと変わった。

「最も辛かったのは、ロシア軍による残虐行為です。その犠牲になった人たちがたくさんいました」

イルピンに隣接するブチャでは4月上旬、ロシア軍によって殺害されたとされる民間人の遺体が約420体見つかり、集団埋葬された。ウクライナ東部の要衝イジュームでも9月半ば、民間人の遺体400人以上が集団埋葬されていたことが発覚した。アナスタシア選手が続ける。

「でも先日はいいニュースもありました。アゾフスターリ製鉄所にいたウクライナ軍の兵士が解放されたことです。ウクライナ軍は今、徐々に領土を奪還しています。もちろん心配はありますが、彼らは決してあきらめない。いずれは全領土を奪還し、戦争が終わって平和な1日が戻ってほしいと思います。辛い日々と涙には、早く決別したいです」

「日本の皆さんには心から感謝」

母国への思いを一身に背負い、遥かウクライナから日本の地を踏んだアナスタシア選手。前回試合と合わせて2連敗してしまったが、その闘志はしっかりと日本人の目に焼き付けられたことだろう。

「もちろん日本人のファンのみんなは、日本人選手を応援するかもしれませんが、私のことも少しでも応援してくれると嬉しいです」

戦争勃発後、日本政府は防弾チョッキやヘルメットなどの装備品を送っているだけでなく、避難民の受け入れでもウクライナを支援してきた。そうした海外からの援助については、アナスタシア選手もニュースで耳にしていたという。

「日本が自分の国を応援してくれていると考えると、心の中が温かい気持ちになります。そんな日本と日本人の皆さんには心から感謝したい。その援助はウクライナとウクライナ兵士の命を守ってくれています」

RIZINの試合から1週間後の9月末、ロシアはウクライナの東部、南部の4州を併合すると一方的に宣言した。そのうちの1州、ヘルソン州はアナスタシア選手の故郷だ。戦況がますます混迷を深める可能性がある中、彼女は今も、その現実と向き合いながらウクライナでトレーニングを続けている。

取材・文/水谷竹秀 撮影/井上たろう

ウクライナの美人アスリート・アナスタシア選手のアザー写真(すべての画像を見るをクリック

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