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「追っかけ人生の集大成です」 インド料理店主が買い付けたインド映画が異例の大ヒットで全国展開へ!

集英社オンライン / 2022年10月16日 12時1分

10月1日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで封切られたインド映画『響け!情熱のムリダンガム』の客足が好調だ。実はこの映画、配給しているのは映画業界とはまったく畑違いの小さなインド料理レストランの店主。個人が映画を買い付けて配給・公開するのは、日本では初めてではないかといわれている。

宣伝、広報、パンフ作り……未経験の素人が「配給」に挑戦

荒川区にある南インド料理店「なんどり」。都電荒川線が走るのどかな音が聞こえてくる店内には、インド映画のポスターや切り抜きやチラシがびっしりと張られ、奥のほうには関連書籍やDVD、昔のVHSまで並び、深すぎるインド愛を感じさせる。ここの店主である稲垣夫妻が、その情熱で今回の作品を個人で買い付け、配給・公開までやってのけた。協力している映画宣伝会社「スリーピン」の原田徹さんは、



「個人が映画買い付けの出資をすることはありますが、配給して公開まで持っていくというのは初めてのケースかもしれません」

と、感心する。

「なんどり」は都電荒川線の荒川遊園地前停留所から徒歩2分。こぢんまりとして家庭的な雰囲気だ

そもそも配給とはどういう仕事なのか。
店主の稲垣紀子さんは「ひと言でいえば、買ってきた映画を映画館に上映してもらうお仕事です」という。

上映してもらうために、集客や宣伝などあらゆる広報活動を請け負う。それを素人の個人がやらなくてはならない。そのためにはインパクトの強いタイトルが必要だ。そこで稲垣さんたちがまず手を付けたのは、なんと……。

「思い切ってタイトルを変えちゃったんです」

原題は『世界はリズムで満ちている』だったが、パッションあふれる映画の内容そのままに『響け!情熱のムリダンガム』と命名した。ムリダンガムとは、作中で重要な役割を果たす南インドの伝統的な打楽器のこと。

「情熱、って入れちゃったんですけど、配給を情熱かけてやろうって、自分たちを鼓舞するところもありましたよね」(紀子さん)

さらにポスターやチラシといった宣材を制作するのも配給の大きな仕事のひとつ。プロのデザイナーに依頼してしっかりしたものをつくると、パンフレットにはインド映画ファンの熱量とトリビアを詰め込んだ。映画の解説や文化背景、インド音楽や楽器の紹介、劇中で演奏される曲の説明に、ロケ地マップ……。自分たちのお店そのままに、情熱をたっぷり注いだ。

「素人なんで、手加減がわからなくて暴走しちゃいました。でも『お宝』と思ってもらえるようにパンフを作ったんです。情報量だけはすごいと思います!」

稲垣さんらが作った映画の公式ポスター。ムリダンガム製作職人の息子である主人公が演奏者を目指して情熱を傾けるが、そこにカースト問題や伝統芸能継承の軋轢が立ちふさがるというストーリー

さらにSNSで映画情報を発信したり、メディアに取材に来てもらえるよう公式サイトを工夫したり、興味を持って問い合わせてきた映画館の応対をしたりと、いままで付き合いのなかった業界の人々とのやりとりに忙殺される。

ちなみに本当はパンフレットもムリダンガムのように丸く長い形状にしたかったのだが、見積もりを取ったら印刷代がけっこうお高いことを知り、断念したのだとか。

こうした作業にかかる諸費用は稲垣夫妻の手弁当に加えて、クラウドファウンディングを活用した。「なんどり」に通うお客やインド映画ファンが次々と参加し、目標の100万円を上回る159万3000円が集まった。協力してくれた231人の熱意も合わせて、作品は全国10館を超える劇場での上映が決まり、さらに増える勢いだ。前代未聞の快進撃は続く。

インド映画を追っかけて20年以上

紀子さんの「情熱」の原点は1998年にある。日本でも大ヒットした映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』を見たことがきっかけだった。

「主演のラジニカーントがめちゃくちゃ好きになって、同じ空気を吸いたくて初めてインドに出かけて、彼の家まで行ってみたら本人に会えちゃったんですよ」

それからはもうインド一色だ。映画を観ては現地に「聖地巡礼」に赴き、書店で売っている「スター・ディレクトリ」という本を買ってそこに掲載されている関係者の事務所に突撃する。

「事務所かと思ったら俳優本人のご自宅だったことも」

わざわざ日本人が来てくれたと、インドの映画関係者は大いに歓迎してくれた。インド映画にほとばしるエネルギーだけでなく、インドそのものの大らかさや優しさにも惹かれ、さらに「追っかけ」にのめりこんでいく。

そのころ、後に夫となる稲垣富久さんもまたインドにハマっていた。

「ITエンジニアだったんですが、よく多国籍な料理を食べ歩いてたんです」

その中で南インド料理を紹介した本に衝撃を受けた。自分で作ってみようと思い立ち、同好の友人たちを集めて食事会などをしていたそうだが、富久さんと紀子さんが出会うのも必然だったのかもしれない。ふたりは結婚し、富久さんは仕事を辞め、2013年に南インド料理店「なんどり」をオープン。南インドの定食「ミールス」と、インド映画のDVDやグッズ販売が売りという、コアな店として知られるようになっていく。

「なんどり」の店主、稲垣富久さんと紀子さん

そして2018年のことだ。紀子さんは東京国際映画祭に出品されていた『世界はリズムで満ちている』を観る。映画にほとばしる情熱や、ムリダンガムの豊かなリズムだけでなく、その背景としてカースト問題にも切り込み、なおかつ明快でわかりやすいインド映画ならではのまっすぐさにも魅了された。

しかし、映画祭で買い手はつかなかった。

それでもどうにか日本での上映を、とふたりは「推し活」を続けていたのだが、その一環のオンラインイベントになんと本作品のラージーヴ・メーナン監督が飛び入り参加。これを機に、日本での配給権を買い取る話が進んでいった。

「権利を買うだけで、配給は誰かに任せてもよかったのですが」(紀子さん)

すでにふたりのまわりにはインドの専門家が揃っていた。あの人にこんな解説を頼める、インド好きなデザイナーがいる、エスニック料理ファンのイラストレーターがいる……そんな人々の情熱を結集し、自分たちで配給を手がけることにした。

「追っかけ人生の集大成です」

と紀子さんは笑う。それに、インドで世話になった人々への恩返しでもある。

「なんどり」でのランチタイムは南インドの定食「ミールス」(1000円)。スープものをご飯にかけて食べる。優しい味わいで日本人の味覚に合う

「インド映画ってエモーショナルなんです。表情が思いっきり豊かで喜怒哀楽が激しくて。開放感があって、自分も感情を出せるようになるというか」

そのエモーションでひとつの作品を日本に送り出せたわけだが、これは画期的な出来事かもしれない。

「ほかの人も、異業種からでも『推し』の映画を公開してくれたら、一般の配給会社が買わないような作品が観られるようになるじゃないですか」

本当に大好きな作品を世に送り出す、格好の「前例」となるかもしれない。

稲垣夫妻が情熱を傾けた本作、富久さんは「とにかく元気をもらえる映画です」と語る。観ればきっと、その情熱が伝わってくるだろう。

取材・撮影・文/室橋裕和

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