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話題の「PTA代行サービス」。ありがたいけど“丸投げ”したらダメなわけ

集英社オンライン / 2022年10月16日 17時1分

近畿日本ツーリストが「PTA代行サービス」の提供を始めた。確かに面倒なPTA活動を外注したいという人がいてもおかしくはない。しかし「代行サービスを利用する前に考えなければならないことがある」と、PTA問題に詳しい大塚玲子氏は警笛を鳴らす。業者に丸投げではダメな理由を寄稿いただいた。

面倒なら、やめてもいい

「そんなにやりたくなかったら、やめていいのですよ?」
最近話題の「PTA代行サービス」については、まずこう言いたい。

「やめる」のには、いくつか方法がある。「代行サービスに出そうとしている活動をやめる」でもいいし、「あなたがPTAをやめる」でもいい。なんなら「PTAごとやめる(廃止する)」という選択肢だってなくはない。要は「代行サービスに出してまで継続する必要があるのか?」を考えてほしいということだ。



「PTA代行サービス」は、広報紙やWebサイトの作成、行事の運営作業などの活動を、業者がビジネスとして代替するものだ。数年前からちらほら聞くようになり、PTAの取材を続けてきた筆者のもとにも、「PTAをラクにする事業を考えているので、話を聞かせてほしい」といった業者からの相談が、ときどき寄せられる。

PTA向けの事業を全否定する気はない。たとえばIT系のサービスなど、人力で行うより明らかに手間暇が減り、クオリティが上がるものについては、どんどん広がったらいいと思う。無料で優れたサービスも今はいろいろある。

でも「PTA代行サービス」はそういうものではない。これまで会員が担ってきた手間暇を、雇われたほかの誰かが代行するのが基本であり、利用に賛同するのは「負担が大きいから」「自分がやりたくないから」という人が大半だ。

「時間や労力を奪われ、めんどうな人間関係に巻き込まれるよりは、代わりにお金を払ってほかの人にやってもらうほうがマシだ」という、その気持ちはわかる。わかるのだが、だったら代行サービスを頼む前に「PTAをやめたら?」と思う。

そもそもPTAは本来、任意加入の組織であり、入退会は自由だからだ。

活動はやめられない。それ、ほんと?

PTA会長や役員を長く経験した人からは、こんな声も聞こえてくる。

「やめればいいなんてことは、百も承知だ。でも『現実にはやめられない』から、こういうサービスに需要があるのだ。そこをわかっているのか」と。

その気持ちも、わかる。筆者はこれまで、数百人にのぼる保護者や教職員にPTAの取材をしてきた。改革の成功例も失敗例も、山ほど聞いた。筆者自身も「なり手」がない活動を廃止したり、付随する人間関係に悩んだりもしてきた。

PTAを変えるのはたしかに難しい。いつでも誰にでも可能なこととは思わない。そのときの校長先生の考え方や、役員さんなどのめぐりあわせによって、変えたくても変えられないことは、実際多い。

それでも言いたい。今は無理だとしても、タイミングを待てば変えられることもある。「もう、無理」とあきらめて代行サービスを頼んでしまえば、そのまま定着して、変えるチャンスが失われかねないと思うのだ。

保護者の財布をあてにしないで

業者の側にも考えてほしい。この国では「義務教育は、これを無償とする」と憲法で謳っておきながら、戦後80年近く経つ今も教育予算は非常に乏しく、学校教育に必要な費用の多くを保護者が負担している。

保護者たちは、小学校なら算数セットに鍵盤ハーモニカ、書道セットに体操着、上履き等々の教材を購入し、中学校なら制服の夏服冬服、ジャージ、体操服、運動靴等々を揃えねばならず(買い替えが必要になることもある)、そのほかに給食費を払い、修学旅行の費用も積み立てている。

これらに加えてPTA会費も納め、多くの場合、この会費からも学校に対して「寄付」が行われているのが実状だ。

これ以上、保護者の私費をあてにしないでほしい。個々の保護者が利用を選べるサービスならいいが、そうでないものは公費など、保護者の財布以外から提供する方法を考えてもらえないだろうか。

付け加えると、PTA会費を払っているのは保護者だけではない。いまも多くの学校では、教職員もPTAに自動加入させられている。自分たちのポケットマネーが学校への寄付にあてられている現状に疑問を抱く教職員は多い。

もし、これまで保護者が行ってきた活動を代行サービスに頼み、その費用を教職員も負担することになるのであれば、不同意の声も当然あがってくるだろう。

保護者も教職員も、もう我慢するのはやめにしたい。賛同できない活動があるのなら、そのように意見して、労働力やお金を黙って差し出すことをやめてもらえたら…。

根本の問題を解決せずに先送りして、その場をやり過ごすだけのやり方を今後も続けるのなら、我々の子どもの代はもちろん、孫の代になっても、PTAは、この社会は、変わらない。

本当に必要なのは、どんな団体?

PTA、あるいは保護者が集まる団体が存在する意味は、各々の団体で、各々の会員が考えることだろう。

だから押し付ける気はないのだが、それでもあえて筆者の考えをいえば、こういった団体のいいところは、保護者同士がつながれる部分だと思っている。

もちろん「そんなつながりは不要だ」という人もいる。それはそれでいいのだが、「そのつながりが楽しい」という人も実は意外と存在する。

人と人がつながることは、めんどうなことだ。気の合わない人、イヤな人がいて「こんなつながりは、ないほうがマシ」と思うこともある。だが運がよければ、気の合う知人や友人を得られることもある。「めんどうだけれど楽しい」という両立は、そう珍しいものではない。

代行サービスを使えば、その両方を手放すことになる。めんどうなこともなくなるが、楽しいこともなくなる。お金を払うだけだ。

だったらもうますます、無理に続ける意味はない。保護者と学校に必要なのはどんな団体か、ゼロから考え直してもらえたらありがたい。

大塚玲子

主なテーマは「PTAなど保護者と学校の関係」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』(辰巳出版)『ルポ 定形外家族』(SB新書)『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)ほか。ひとり親、定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表

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